「名前…俺と、夫婦になってくれ」





明日の話をしようか





明らかに痩せたであろう土方さんはいつも程の覇気はなく、そしていつもより少し低い声でそう言った。

「な、なに…を…?」
何を言っているんだ。この人は一体何を考えているんだ。
頭の中がグルグルと回る。
一体何を思って何のためにそんな言葉が出るのか。

「やり直せねぇなら、一からまた俺と始めて欲しい」
「それでなんで、結婚なの…」
「それしか方法はねぇ」
「なに、方法って…」
「お前が万事屋んとこ行ったり、総悟のやつに手ぇ出されたりすんのは我慢ならねぇ」
「だからって、それで私を縛るの…?」
「そうじゃねぇ…! 俺は…ただ…お前をそばに置いておきたいんだよ…」

ただの独占欲か、プライドか。
今のこの状況で土方さんは私のことを好きだとか愛してるではなく、他の男に奪われる形になるのが許せないのだと思う。

「私はいつまで土方さんの言うこと聞いてなきゃいけないの…? そんな人生嫌だ…っ」
「お、おい、泣くなよ」
何だか自分がドロ沼にはまって抜け出せない感覚に陥っていた。

分かり合えない悔しさと、伝わらない気持ち。
土方さんの事が好きだとか、そう言った気持ちより、どうして私だけ知らないことが多すぎるのかと言う理不尽な気持ちだけが大きく膨れ上がっていた。

「これからはもっと俺を叱ってくれて構わねぇ、言いたいこと言ってくれて構わねぇ…遠慮なんかしなくていい、お前の好きにしていい、だから他の奴のところにだけは行くなよ」
いつもなら強い口調で言われそうなその言葉も、今日に限っては優しく促されるような口調だった。

「俺はお前に嫌われねぇように、これからは努力する…お前が居ない生活はもう無理なんだよ…」
まさかのえらく下手から出た言葉に一瞬驚いてしまう。
プライドの塊のような土方さんが、ここまで譲歩している。
今までも優しいときはもちろんあったけれど、どこか心を許してくれていない部分があったような気がしていたからだ。

「俺はお前に、甘えすぎてたんだな…分かってたつもりが、目の前から居なくなって思い知らされた…」
視線を下げる土方さんは、やはり心身共に疲れているのか疲労の色がやけに目立っていた。

「私は…土方さんと対等でいたかった」
「ああ…」
「私は隣に居て、くだらない話をして笑ってたかった…」
「ああ…」
「仕事って分かってても女の人のところに行くのもいい気はしなかった…」
「二度としねぇ」

本当に悪かった、それだけ言って久しぶりの土方さんの匂いを感じた。
タバコの匂いと土方さんの匂いが混じったこの逞しい胸に、いつしかずっと包まれていたいと思っていたのに。
私はこの匂いが大好きだった。

私は軽く土方さんの背中に手を置いた。
すると土方さんが回している腕が更に強まった、それはまるで縋りつくような行為だった。
「許してくれ、名前…」
何度も謝られたことはあっても、許しを請う土方さんはこれが初めてで。
何だか目の前にいる土方さんが別人のようにも感じた。



*****



「なーんだよ、名前ちゃんヨリ戻しちゃったの?」
「うーん、ヨリ戻したって言うより…やり直し…みたいな?」
「ふりだしに戻る、ってやつですか」
「うん、そんな感じ」

昼下がり、銀さんは相変わらずうちの店で銀時丼を食べていた。
昨日の今日で銀さんに報告するのも少し勇気がいったが、銀さんはいつものように気だるそうな物言いで、“まあ頑張れよ”と言ってくれた。

「てことはだ、また飲み会激減しちゃう系?!」
「それは大丈夫!」
そこは土方さんにちゃんと交渉済みだ。
行ってもいいけど迎えは必ず行く、という約束で。
土方さんがどうしても迎えに行けない時は山崎さんがまたパシリにされるらしいけど…

「だったら毎日のように飲みに誘っちまおっと」
だはは! と笑いながら悪い顔をしている銀さんは、いつも通りだった。
たくさん巻き込んで、たくさん迷惑を掛けたのにこうやってまた笑い掛けてくれる。それだけで救いだった。

「お前相手の場合は月一しか許さねぇ」
「あ、土方さんいらっしゃい」
「まぁた出たよコイツ! なに? お前俺と名前ちゃん二人の時にすげぇ確率で現れるよな?! なんなの? 盗聴器でも仕掛けてんの?!」
「たまたまだよ! むしろ俺が名前を見つけるとお前がオマケで居るんだろーが! お前こそストーカーかなんかだろ! いい加減しょっぴくぞ!」

こちらも相変わらずと言っていい程の勢いで安心する。
銀さんの席から二つ開けた席に座ると、“いつもの”と言ってタバコに手を付けた。が、いつかのやり取りを思い出したのか土方さんはタバコをまた懐に戻していた。

「これからはちょくちょくコッチにも顔出すからな」
「あ、うん」
「テメーのがよっぽどストーカーみたいじゃねーか」
「仕事は出来るだけ早く切り上げるから、夜もちょくちょく行く」
「うん」
「それもいつまで続くやら、だな」
「うっせんだよっ! てめぇはいちいち横槍出すんじゃねーよ!!」

横から野次を飛ばしていたのはやはり銀さん。
半ば鋭い横槍を入れて、まるで女子友達のように土方さんに探りを入れながら疑いの視線を送っていた。

内心、もっと釘刺しといて! と銀さんに言いたかったのは心の中にしまい、それを笑って見ていると土方さんと目が合った。すると思いも寄らぬ優しい目で見られていたことに気付く。
私は何だか気恥ずかしくて、さっき洗ったばかりのお皿をまた洗い直して気を紛らわす。
そんな時間が少しだけ経ち、銀さんが“ごちそうさん”と言って立ち上がった。

「名前ちゃん、お代はこのマヨラーさんに請求しといてね」
「ハァ?! なんで俺がお前の分払わなきゃなんねーんだよ!? ふざけんな!」
「おいおい、お前に傷付けられた名前ちゃんのそばに居たの誰だと思ってんの?」
「お前が勝手にくっ付いてただけだろうが!」
「そうだよ土方さん、私がどれだけ銀さんに助けられたと思ってんの?」
私の横からの一言に黙りこくった土方さんを尻目に、銀さんはしめしめとした顔をして店を出ていく。

「んじゃ副長さんよろしく頼むわー、またね名前ちゃん」
軽快な足取りで店を出て行った銀さんとは逆に、土方さんは心底納得の行かない顔をしていた。

「すっかりあいつの味方じゃねぇか…」
「そんなことないよ?」
しれっとそう言ってやると、ぶっきらぼうに“そうかよ”とだけ言って、今度こそタバコを咥えて火を付けていた。



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