耳を疑った、そんな昼下がり。




始まりの合図





珍しく平日休みが取れた日だった。
私はと言えばこちらの世界に来てからというもの、ろくに友達も作れずじまいで今に至る。
しかし総悟伝いで知人くらいの関係に当たる人はわりと何人かいた。

「よう、名前ちゃん」
ブラブラとかぶき町で買い物をしていると、銀色の髪が目に付く。
そしてその人は私の数少ない知人の一人でもある。
「銀さん、こんにちは」
コンビニでお客さんとして何度か見かけた事のあった銀さんは、よく全蔵さんとジャンプを取り合っていた。
噂通りと言うか、まさにあの銀さんだ、というのが率直な感想だった。
そしてたまに嬉しそうな顔をしてコンビニスイーツを買っていく時もあり、やっぱり甘党だったんだ、などと私は心の中でちょっと芸能人でも見ちゃった感覚に陥ったものだ。
後に総悟に軽く紹介され、現在のこの知人関係を築けている。

「そういや名前ちゃん聞いたぜー?」
二ヘラ、と何とも生気のない感じに笑った銀さんは相変わらず死んだ目をしていて、それでも男前だなーなんて思ってしまうあたりがやっぱり主人公の魅力というものなんだろう。
いや、でも土方さんのが男前だけど!と言うのは心の中で声を大にして言っておく。
「聞いたって、何をですか?」
バッタリ出くわしたまま、私たちは路上で立ち話を始めた。
「沖田くん家に泊めたって」
「……ああ、はい」
何の事かと思えばその事か、みたいなトーンで私が返せば銀さんは信じらんねー!と言わんばかりの顔で声を張った。

「いやいやいや!そこフツーなの?!え?!つーかガチだったの?!いつの間に付き合ってたの?!そんなの一言も聞いてないよ銀さん!なんの報告も無いですよ?!何だよあのクソガキ抜け駆けしやがってよー!」
明らかに誤解されているのは分かるけど、私も誤解を招く事をしたのは確かだった。
でも問題はそこじゃない。
「あの、なんで銀さんが知ってるんですか?」
「ジミー山崎が言ってたんだよ、早朝偵察帰りに近く歩いてたら沖田くんが名前ちゃんの部屋から出てくるの見たって、なんだよー銀さんマジで聞いてないんだけどぉーショックでけーんですけどぉー」
「あれは……」

あの日は結局、私が少しずつ飲むはずだったお気に入りの果実酒を半分以上飲んだ総悟は疲れもあったのだろう、そのままコタツで寝てしまったのだ。
一度起こしてみたものの、気持ち良さそうに警戒心もなく寝こけている総悟を起こすのも可哀想で、そのまま毛布を掛けてコタツで寝かせてあげた。
朝早い時間に起きた総悟は「無断外泊で土方さんにどやされる前に見つからねェよう帰る」と言って帰っていった。
それだけの事っちゃそれだけの事だ。
ただそれをまさかの真選組の誰かに見られていたなんて。
何より私より総悟がヤバイ気がする。

「あれは違うんです、総悟が酔ってそのまま寝ちゃって…」
「家飲みしちゃう仲なの?!」
「あの日はたまたま総悟が仕事で飲みに行った帰りだったらしくて、普段は家で飲む事なんてほとんど…って言うか、これってみんな知ってるんですか?!」
「どうだろうな、副長さんの犬であるジミーくんの事だから報告済みなんじゃねーの?」
マズイ!!マズすぎる!色んな意味でマズすぎる!総悟の安否は……うん、多分大丈夫だろう。確実に大丈夫だろう。
それより土方さんの耳に入ってると言うことは!?……ヤバイ気がする!

「で、どうなの?やっぱ付き合ってんの?」
「付き合ってませんっ!」
力強くそう言う私に少し驚いた銀さんは、その後すぐにニヤニヤと笑い始め“そーかそーかまだ誰のもんでもないのか”と、一人でうなづいていた。
それとは反対に私はひとつの考えが頭をよぎる。
まさか、先日土方さんの様子がおかしかったのは、まさか。
その噂を耳にしてぎこちなくなっていたとしたら、自分の部下とデキてるなんて気まずくて話しにくくなってしまったとしたら。
そう思うと土方さんのあの変な態度は納得出来るものになってしまう。

まずいよ、これはまずい。
誤解されたままここ数日過ごしてきたとか有り得ない。これは一刻も早く誤解を解かねば。
そう思い立った私は銀さんに別れを告げ、急いで真選組へと向かった。
しかし屯所に行ってみたものの、土方さんは不在。
どうやらこんな時に限って仕事で外に出ているようだ。
隊士の人たちが私を見るなり“沖田隊長を宜しくお願いします!”と頭を下げて来たので盛大に断ってやった。

山崎さんまで出て来たもんだから、誤解されている事を軽く説明すると彼は土下座して噂を広めてしまった事を謝っていた。
まあ私も誤解されるような事をしたので何とも言えず、とにかく総悟とはそういった関係ではないとだけはハッキリさせておいて真選組を後にした。


屯所を出た私はかぶき町のはずれにある河川敷を歩いていた。
まだ寒いけど今年の冬は暖かい。
風が冷たいながらも陽は暖かく体を照らしてくれていた。
散歩がてらにトボトボと歩く私とは逆に、河川敷で子どもたちが声をあげながら賑やかに遊んでいる。
ああやって何も考えずただ今を楽しめたならどれだけいいだろうか。
大人になったらきっと自由で楽しいことばかりだと子どもの頃は思っていたけど、大人になってみると意外にそうでもない。そんな寂しい事を思いながら私は河川敷の土手に腰を下ろし川を眺めた。
かぶき町なのに、思ったよりキレイな川だな、もっとドブ川かと思ってた。

「いくら陽が出てるからって風邪ひくぞ」
その聞きなれたようで毎回心臓が破裂しそうな程の威力を持った声の持ち主。
そんなのこの世で一人しかいない。
顔だけ振り向いて見ればそこにはやはり想像通りの人がこちらを見て立っていた。
右手にはお決まりと言っていい程、高確率で持っているタバコ。
その匂いで気付かなかったのは彼が風下に立っていたからだ。
いつもなら匂いで土方さんに気付けるのに。

「夕方になるとさすがに冷える」
この前の感じとは打って変わって、妙にいつも通りの土方さん。
ちょっと不思議になりつつも、今ここで土方さんが私を見つけて声を掛けてくれた事が純粋に嬉しかった。
「休みだったのか」
「あ、はい……もしかしてお店来てくれました?」
「ああ」
「すみません、急にお休み貰えたんで言うの忘れました」
「いや、別に構わねぇよ」
私の隣に少し距離を置いて座った土方さんは、さり気なく私に冷たい風が当たらないようにと今度は風上に位置する方へ座ってくれた。
それと同時に先程まで吸っていたタバコの残り香がふわりと香る。私の好きな土方さんの匂いだ。

「あの……総悟の件はすみませんでした…」
少しの沈黙が耐えられなくて、私は自らその話題を出した。
「私が不注意と言うか、総悟を甘やかしたせいで誤解されるような事を…どうか総悟に処罰は与えないであげてもらえませんか?」
「お前は別に……って、誤解?」
「あの日は総悟酔ってたみたいで、土方さんも参加してた上との飲み会の日の話なんですけど」
「ああ、あの日な…」
「来た時は機嫌悪くてそのままうちで飲み直してたら寝ちゃって……起こして帰らせるべきだったんですけど、疲れてたみたいだったから起こすのも可哀想になっちゃって」

弁解と言うか、軽く言い訳にも聞こえるそれは、果たして土方さんにはどう聞こえているだろうか。
それがどうした、と思われているだろうか。
淡い気持ちなんてこれっぽっちも期待はしていないけど、せめてそうだったのかと笑って済ませて欲しい。

「だから気安く男を部屋に入れるなと…」
そこまでボソッと言った土方さんはその後口を噤んだ。
「いや、悪い、俺が言う事じゃなかった忘れてくれ」
少しイラついた様子の土方さんは頭をガシガシと掻きながら小さな溜め息を漏らした。
そんな土方さんを見て、私は不安と期待が入り混じったよく分からない感情に戸惑った。
呆れられているのは分かったが、それと同時に気にされていると言う期待感も微量ながら持ってしまったのだ。
我ながらめでたい頭だとは分かっていても、土方さんの反応や行動に一喜一憂してしまうのはもう今となっては仕方ない。

「いえ、すみません、本当に浅はかだったと思います…」
“でも総悟とは何もない”と言うと土方さんは「今後は何かあっても責任取れねーぞ」と、念押しでそう言われた。
意味合い的には多分、忠告しておいたからな、とでも言うべきか。
今回のことでもう懲りただろ、と言われているような気がした。
正直、他の人にはどう思われたって良かった。
総悟とそういった仲だと言われようが強く否定する事もちょっと面倒になって来た頃だった。
でも土方さんにだけは言っておきたかった。
本当にそれだけだった。この人だけにはそうでないと、勘違いされたくなかった。





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