「さて、これで任務完了ですね」




また明日の約束




居心地のよいトーンで息一つ乱れていない彼の声は、静かになった戦場でやたらと響いた。
雨も小雨になり、霧がかる程の天候に変わっていた。
湿気の嫌な感じと、雨と血が混じって地面が濁る。
見慣れた真選組の屯所にいるのに、まるでここは別世界のような感覚で眩暈すら覚えた。

「助かったよ、佐々木殿」
いつの間にか帰っていた近藤さんは素直に佐々木さんにお礼を言っては頭を下げる。
「いーえ、別に構いませんよ、今日は素敵な方に出会えたのでそれで帳消しです」
「素敵な方?」
隊士の人たちがまだ息のある攘夷浪士を拘束して何人か連れていく。
そんな戦場後のど真ん中で世間話をしている局長二人は慣れているようで、私とは違って本人たちは思った以上にこの状況に対し何とも思ってないようだ。

「名前さんですよ、副長のいい人なんでしょう?羨ましいですねえ」
「トシの?」
「あーー!佐々木局長殿!お送りしますのでこちらへどうぞ!」
すかさず大声を上げて話を遮った山崎さんが佐々木さんを誘導する。
「御心配なく、外に車待たせてますから、これからまた取り締まりに行かないと…エリートは忙しいので」
無表情のまま佐々木さんは振り返ると玄関口にいるこちらの方をじっと見つめてくるので、私は会釈で返す。
「名前さんまたお会いしましょう、では」
ありがとうございました、と声を張ってお礼を言っても彼は振り返る事なく真選組を颯爽と後にした。

「なんだかとてもスマートな人でしたね」
「そうかあ?いけすかねぇ奴、の間違いだろ」
その一部始終を見ていた土方さんは皮肉を言っては嫌そうな顔をして門の方を見ていた。
「あんなのがタイプですかィ?」
タオルを首に掛けてひょっこりと現れた総悟は、返り血のせいなのか薄い色の髪が少し黒く汚れていて、それを気にすることもなく大雑把に拭いた為かまだその髪はしっとりと濡れていた。
「誰もタイプとか言ってないし」
「そんな事言って、助けてもらってちょっと心揺らいだんじゃねェのかァ」
明かにニヤニヤして仕掛けてくる総悟に若干イラついていると、屯所内の明かりがようやく付き始めた。

「お、やっと復旧したようだな」
玄関口にやってきたのは先程佐々木さんを送って来た近藤さんだった。彼もまた濡れていて、滴る水を逞しい腕で拭っては爽やかな笑顔をこちらに向けてくれた。
「無事で良かった、名前さん恐い思いをさせてすまなかった」
頭を下げた近藤さんに私はただ慌てることしか出来ずにいると、総悟が自分のタオルを近藤さんの首に掛ける。
「近藤さんこんな大変な時にドコほっつき歩いてたんですかィ」
「あー…いや、その……すぐ帰ってくるつもりだったんだけど、大雨降ってくるもんだからそのへんで雨宿りしててだなー」
「見え透いた嘘はやめてくだせェこのストーカーゴミクズゴリラ」
「トシィィ!総悟が冷たいィィ!いつも以上に冷たいィィ!そして目が怖いィィ」
「アンタが悪ぃよ近藤さん」
「トシまでェェ誰か味方してよォォ」

いつものやりとりに和やかムードが戻る。
屯所内はバタバタしつつ、門の応急処置もされていった。
私はとりあえずまだ危ないからと言われ、屯所に滞在することになる。
そして歓迎会は急遽中止になったものの、夕飯くらいは食べて行ってくれと近藤さんにお誘いを受けたので、大広間に向かい皆で廊下を歩いていた。

「そう言えば何で名前さんがトシのいい人になってるんだ?」
「近藤さん知らねェんですか、この二人とっくにデキて」
「ないから!全然そーゆーのじゃないですから!それは山崎さんが!」
「あっはっは!そーゆー事か!山崎のヤツさすがだなあ」
「な、何がですか?」
何に対して笑っているのかもわ分からず、ただキョトンと近藤さんを見た。
この話題で後ろを歩いている土方さんの方を見れるわけもなく、私はただ前を歩く近藤さんの背中を見つめることしか出来なかった。

「屯所に自由に女性が出入りしてるとなるとちょっとマズイからなあ、山崎はそれを察して咄嗟にそう対応したんだろ」
「一応うち建前上は女禁なんでねェ」
総悟がそう付け足すと、土方さんがすかさず“最初連れてきはじめたのはお前だろ”とツッコミを入れていた。
確かにここに来るようになったのは総悟がやたらと真選組に遊びに来いと言うところから始まっている。
ゲームの相手に始まり掃除の手伝いやら、たまには女中さんのバイトもさせられることもあったり。もちろん遊びに来るだけの時もある。
そんなこんなでわりとここの出入りは許されていた。それが今は普通だった。

「まあ奴らは滅多にここにゃ来ねぇから心配すんな」
土方さんは火のついてないタバコを咥えながら、ポツリとそう言った。
「名前が来なくなると張り合いねェですもんね、土方さん」
「はあ?お前らだってそうだろうが!」
「ハッハッハ!まあそういう事だ名前さん、ここの奴らはてんで女には縁がないのばかりだから名前さんの存在が癒しでもあるんだ、これに懲りずにまた遊びに来てやってくれないか」
にっこりと笑う近藤さんに少々ドキリとしつつも、首を大きく縦に振る。
この人たちがいるから私はここで生活出来ている、そう再確認させられた。

その後、皆でご飯を済ませて話をする。
それは先程まで命の奪い合いをしていた人たちとは思えない程に和やかな空気が流れていった。
帰り道は屯所からすぐ近くだと言うのに、いつものようにアパートまで送ってくれるのは有り難くも毎度の事で。
しかも今回は土方さんが送ってくれると言うのだから、私は心の中で盛大なガッツポーズをした。


「今日はすまなかったな」
「いえいえ!私こそ何も出来なくて…」
「…何もしなくていいんだよ」
静かな道は通り慣れた道。
今日の停電のせいなのか、電球がチカチカと消えかかりそうになっていたのが目に付く。
「お前は居てくれるだけでいい」
「っ…」
急に何を言い出すのかと、私の息が止まる。勘違いしてしまいそうなセリフ。
勘違いしてしまいたいと思いながらも、期待してはいけないと歯止めをきかせるもう一人の自分もいた。

「お前は俺の事……どう思ってる」
トドメの一言。殺し文句。
そんな言葉が頭を駆け巡った。
そしてそれはある意味とてつもない破壊力だった。
目の前の土方さんが、まるで土方さんじゃないかのような。こんなこと言う人だったんだ、とか。
予想打にしなかった言葉に思考回路が追いつかず、混乱してしまう。
私の中の土方さんは“俺について来い”とか“俺の女になれ”とか“気に入ったから俺の女にしてやる”とか、ちょっと上から目線の俺様系だけど実はすごく優しい、なんてそんな勝手な妄想ばかりを抱いていたのに。
これはとにかく想定外だ。

雨上がりの湿気った空気も気にならなくなるくらいに、私の体は熱を持ち始めた。
今ここで、土方さんになんて言ったら、なんて返事をしたら正解なのか。
そもそもどう思っているか、と問われれば「好きです!大好きです!」と答えるのが私の中での正解だと思う。
っていうかそれしか答えがない。そうだ、そう応えるのが私の正解だ。

「あんな、みっともねぇ姿晒しちまって…」
「へ?!」
「て、停電の時の事だよ」
少し照れくさそうに、そしてバツが悪そうな土方さんは髪をガシガシと掻きながら先に歩いて言ってしまう。
あ、そっちの話ですか。
「別に何とも思ってませんよ、土方さんがそういうの怖い人だって知ってましたから」
話題が違ったことにかなりガッカリしたものの、まあそんな訳ないか、とも諦めもついた。
この土方さんからそんな甘い告白もどきの話が聞ける日なんて、絶対に来ないとどこかで確信はあったから。
早とちりして焦ってた自分が恥ずかしくて、先走って変なこと口走らなくて良かったと心底思う。

「おま、そこまで知って…」
信じらんねぇ、と言わんばかりの顔をした土方さんは顔面蒼白した後、肩をガックリと落とした。
「歯医者が恐いのも知ってます」
「べべべ別に恐い訳じゃねーよっ!嫌いなだけであってだな!」
「大丈夫ですよ、何とも思いませんから」
そりゃそうだ、そんなのもひっくるめて好きなんだから。
こうやって話せるだけで充分で、そばに居られるだけで奇跡なんだから。
それ以上は望んじゃいけないのも分かってる。

「送っていただいてありがとうございました」
「…ああ、じゃあ…また明日な」
そう言って道のりたった五分の土方さんとの時間は呆気なく終わってしまった。
私たちはずっとこんな感じだ。
出会った頃から、なんの進歩もない時間だけが過ぎていた。




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