少しくらいは仕掛けたい。



微距離




恋の駆け引き、なんてもの私の人生においてしたことなんてない。
そんな小悪魔キャラな訳もなく、ただの普通の女で大した可愛げもなく愛想がとびきりいいわけでもない。
それでも難なく生きてこられたし、恋していないと生きていけない人種でもない。

だからか今まで極々普通の恋愛しかした事のない私。
その恋愛も大した回数ではなく、人並みと言っていいのかと悩む程には恋愛経験は浅かった。
そんな私がモテ男であろう土方さんに対して何かアクションを起こせる根性もなく、のらりくらりと近くに居られるだけで幸せだと、アグラをかいていたのは確かだった。

「え、今なんて?」
私がそう問うと土方さんはいつもより深めに眉間にシワを寄せて、何回も言わすなと言う顔をした。
「見合いだとよ」
「だ、誰がですか?!」
「だから俺がだよっ!」
いつもに増して恐い顔をした土方さんはあからさまにイラついていて、何故かそれを私にぶつけていた。
バイトの休憩前、ちょうど土方さんが現れ話があるとかで近くのファミレスにてお昼ご飯を土方さんととる事になった。
こんなこと初めてだったので何事かと終始ドキドキしていたのは先程までの話。
土方さんから放たれた言葉は私にとってはとんでもない爆弾だった。

「お……お見合い、ですか…」
絶望する、とはまさにこのことだ。急に頭の中が真っ黒な闇に包まれて何も考えられなくなる。
ショックだ。かなりショッキングな内容だ。
土方さんが他の女の人とお見合い?ダメだ、そんなのショックすぎる。
無理、泣きそうなんですけど。

「何でそんなこと私に言うんですか…」
「え、いや…」
私の顔は多分、今にも死にそうな顔をしていただろう。
いっその事ここから消えてしまいたいと強く思う。
「松平のオヤジが持ってきたんだよ、近藤さんは一回してるから次はお前に持ってきてやったとか余計な事を…」
「また政略結婚ですか…」
それなら余計に結婚しなきゃいけない流れじゃないですか、断れないやつじゃないですか。
もう絶望以外の何ものでもないよコレ。
だいたい見合いばっかしてんじゃないよ真選組!

「土方さん彼女とか居ないんですよね、だったらいいんじゃないですか」
「…簡単に言ってくれるな」
土方さんにじっと見られているのは分かったけど、私は今それどころではなかった。
あまりのショックさに半分自暴自棄になりつつあった。
お見合いしたら相手は絶対断らないだろう。
あとは土方さん次第ってやつだ。
相手がゴリラじゃない限りはきっとそのまま結婚、てなことになるんだろう。
ああ、終わった。私の恋はこんなに呆気なく終わってしまった。

「お相手の写真見たんですか」
「あ、ああ、まあ…普通、だったな」
「そうですか…」
この後の会話は全く覚えていない。
ファミレスで頼んだご飯もあまりうまく喉を通らなくて、せっかくの土方さんとの初ランチもよく覚えていないと言う最悪の思い出となった。
きっと最初で最後のランチなのに。

フラフラと職場に戻り夕方まで仕事して、またフラフラと家路に着いた。
頭の中ではこれからどうしよう、と頭がそればかり考える。
心に穴が空いた、どころではない。
生活の一部がゴッソリと抜け落ちたような、生き甲斐を奪われたような絶望感に満ちていた。
アパートの部屋でグッタリとして何もやる気が起きなくて、溜息ばかりが出てしまう。
ああ、生きる希望を完全に奪われた。

カバンに入れたままだった携帯が音を鳴らす。
気だるい体でカバンを寄せてそれを取り出すとメールが一通。総悟からだった。
メールを開けると“これが相手”とだけ文章に書いてあって添付画像がひとつ。
それを開けると綺麗な晴れ着を纏った女性が映し出され、その画像は土方さんのお見合い相手の写真だとすぐに検討がついた。
「めっちゃ綺麗な人だしっ!!」
独りで部屋に響く程の大きな声でツッコミを入れる。
何が「普通」だよ土方さん。このレベルの女性が普通ならばどんだけ面食いなんだアナタは。
いや、土方さんなら面食いでも許されるか。

「てゆーか、総悟もわざわざ送って来るとか酷いな…」
こんなの見たくなかった。
この人が土方さんの近い将来のお嫁さんなのかと思うとそれだけで嫌悪感しか湧かなかった。
そしてリアリティが一気に増しただけだ。
メールで総悟に「ショックデカ過ぎて死にそうなんですけど」と送るとすぐに返信が来て「明日の晩、飲みに付き合ってやるよ」とだけ返ってきた。
慰める気満々か、と少し笑いが漏れてちょっとだけ救われた。

お風呂に入ってテレビを付ける。
貰い物のテレビは古くてたまにノイズが走る。
それをボーっと見ていると少しずつ眠気が襲って来たのでそろそろ布団に入ろうか、と思っていると部屋をノックする音にびくりと体が反応して一気に眠気が吹っ飛んだ。
こんな時間に急に現れるのは一人しか居ない。
私がショックすぎて死にそうだとか言ったから総悟が面白半分にからかいに来たのか、はたまた本気で元気付けに来てくれたのか。
まあどっちにしろ一人で居るよりはマシかもしれない。
そう思って気軽にドアを開けた。

「っ……」
吸った息が止まる。
開けたドアから見えたのは見慣れた隊服なのに、それを纏った人物は総悟ではなく、まさかの土方さん。
「どっ、どうしたんですか…?総悟なら今日は来てませんけど」
ある意味いつもの事と言ってしまえばそれまでだったが、今日総悟は部屋にサボリに来ていない。
当の土方さんも何となくいつもの様子と違っていて、私の心臓はいつも以上に高鳴っていた。

「軽々しくドア開けんな、不用心だろ」
「あ……はい、すみません…気を付けます」
開口一番にお叱りの言葉を貰い、どうしたもんかとその後はお互い何となく黙り込んでしまう。
「な、何か?」
何も言おうとしない土方さんに戸惑う。
本日会うのは二度目だけど、昼間の話でショックを受けすぎた私としては気持ちの整理というか、もう少しそっとしておいて欲しかった。

「見合いを断りたい、と思ってる」
ボソッと低い声で呟いた言葉に私は大きく反応してしまう。
そしてつい再確認したくなってしまう。
「お見合い、断るんですか?!」
つい大きめな声が出てしまい、ハッとして口を抑えた。夜もいい時間に、これじゃ近所迷惑だ。
「えーと、良かったら上がってください…」
意を決してそう言うと案外普通な感じで土方さんは部屋に上がってくれる。

「悪いな、こんな時間に…すぐ帰る」
「大丈夫ですよ、明日は昼からの出勤なので」
そう言いながらキッチンでお湯を沸かす。
「お見合いの相手、すごく綺麗な人でしたね」
「見たのか」
「総悟がいちいち写真送って来ました」
「アイツ…早速ネタにしやがって」
「断るの勿体無い、とか思わないんですか?あんな美人…」
「顔じゃねぇだろ」
「顔も大事ですよ、やっぱり自分の好みの顔のがいいじゃないですか」
「じゃあ好みじゃなかったんだろうな」
「アレで好みじゃないって、面食いすぎですよ土方さん」
全く楽しくない話題に、どうしようと会話を模索する。
そんな事言いたい訳じゃないのに、私の口から出るのはそんなしょうもない言葉たちだった。

「もしかして、土方さん…」
インスタントコーヒーにお湯を入れ終わった後、私は振り返って土方さんを見た。
アグラをかいて座っていた土方さんと目が合うと、何故か彼は焦ったような表情をした。
「な、何だよ」
「他に誰か、いるんですか?」
お見合いを断るって事はそういう事情があってもおかしくはない。
相手が好みではなかった、と言う理由はなんだかしっくり来ない。
男性なら誰しもが「お!」と思うレベルの女性に、好みではないなんていくら土方さんでもちょっとどうかと思ったからだ。

そしてそこでやはり出てくるのは過去の女性、ミツバさんの事だ。
土方さんの過去の想い人は今でもきっと忘れられない人である事には間違いない。
もしそうだったとしたら絶対的に勝ち目はない。
この世にいない人に勝てるわけがないのは誰だって分かることだ。
でもそれを面と向かって聞く勇気もなく、私はオブラートに包んで若干不自然でもある質問をするしかなかった。

「どうだろうな」
淡々と言ったような、どこか寂しげなニュアンスを含めたその言い方は私の心をざわつかせるには充分だった。




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