総悟が珍しく知らない女の子と二人で歩いているのを見かけた。





君への気持ち





それはコンビニの仕事帰り、いつもは人の通りが少ない河川敷を歩いて帰る道のりを、なんとなくその日は買い物がてらかぶき町の街中をブラブラとして帰った。

そういった時に限って、と言うのはお決まりのパターンだ。
いつもしない、慣れない事をするとあまりいい事が起きないとは知っていたが、まさかそんな物を見てしまうとは。


「沖田さん…!」
「まあ悪い話ではねェんですがねィ」
「お願いします…私……!」
「そういった頼み方されると弱いんだよなァ」
総悟の姿を見つけたので声を掛けようと駆け寄った矢先、そんな意味深な会話が微かだか耳に届く。
なんとなく声を掛けるのをやめ、足を止めて店の軒先に身を隠すように退いた。

心臓が嫌な感じに脈打つ。
ザワザワとするような、モヤモヤとするような。
それは確実に嫉妬と言うよりは、もっとこう、複雑で言い表せないような感情だった。

若い女の子。総悟と同じくらいの年頃だろうか。明らかに十代だと言うその綺麗な生脚を見せびらかすかのような短いスカート。
万事屋の新八くんが前にファンだと言っていたアイドルのような着物だった。
髪は総悟より少し赤めの茶髪。長い髪をこれでもかと言う程に巻いてあり、それはそれは華やかで可愛らしい女の子だった。
派手めな外見の割りにしおらしい態度や仕草。
きっとこんな女子が男ウケがいいんだろうな、と思わせる程だ。

「んじゃ、また」
「はい、また」
次の約束もしてるのか、と心の中が更に騒ついた。
はたから見れば若くてお似合いのカップルだ。茶屋の前で二人は別れて女の子は総悟の背中をずっと見つめていた。
あれはきっと総悟に惚れているのだろうと、誰がどう見ても分かる感じだった。

一方総悟は振り向きもせず、いつも通りと言うか、可愛い女の子に興味があるのかないのか分からない風でさっさと姿を消してしまう。
総悟も年頃の男の子なのだ。こう言った事のひとつやふたつ、あってもおかしくはないんだろう。
私は騒ついた気持ちを何とか落ち着けて、今回は見なかった事にしようと心に決める。



「あー、疲れたァ」
「いらっしゃい」
部屋のドアを開けると総悟はいつものようにズカズカと部屋の中に上がる。
総悟と付き合い始めてそろそろ三ヶ月が経つ。
夜に仕事がない日はほとんどうちに泊まりに来る生活が続いていた。

「…なんでェ」
「ん?」
「今日は“おかえり”じゃねェんですか」
「あ、間違えたごめんごめん」
「他の男と間違えたってか?」
「…なにそれ、どういう意味」
いつもなら“何言ってんの”とか“そんな訳ないでしょ”などと笑って済むような話も、今回は引っかかってしまうのは昼間のアレがあったからだ。

「どういう意味って、他の男が家に来た時と間違えたんじゃねェかって」
「…そういうの、面倒臭い」
「…おい」
総悟の声にいつもの気怠さがなくなった。
ああ、やってしまったと心の中で反省しつつも、半分は総悟に他の男どうこうと言われたくないと怒りも混じっていた。

「面倒くせェって、それこそどういう意味だよ」
「だ、だから、いちいち男の存在とか気にしなくていいから…」
フォローを入れつつ誤魔化してみたものの、総悟の表情は変わらずこちらを睨むような視線を向けていた。

「今日はやけにご機嫌斜めだな」
誰のせいだと思ってるんだ、ともう少しで口から出そうになったセリフを何とか飲み込む。
きっとこの先、総悟が私に飽きて他の人のところに行くのは目に見えていた。

だって総悟とは十近くも歳が離れている。
まだ十代の総悟がこの先、私だけに愛情を注ぐなんてあり得ないと思っている。
もっと色んな人と出会って、もっと綺麗で頭のいい人と出会って、もっといい恋愛をすると思う。

今は素性の分からない、いまいち掴み所のない私に興味を抱いているだけ。
普通の女だと分かったらきっと興味なんてなくなるだろうとも思う。
総悟の性格上、興味のあるものには猪突猛進だけれど、興味がなくなったものには急に熱が冷めてポイ捨てするくらいの勢いだ。
その私への興味もいつまで続くか分からない。

今日、仕事帰りに見たあの私の知らない総悟を考えるとそんな予想しかつかなくなった。
全部知った気でいたのに、そこには知らない総悟がいて、急に遠くに行ってしまった気になった。

「なんでェ、何かあるならハッキリ言ってもらえやせんかねェ」
「別に何もないよ、お風呂入る…」
その場を逃げるようにして風呂場へ向かう。
気にしないでおくつもりが総悟の顔を見たら居ても立ってもいられない感情が押し寄せて来た。

三ヶ月前まで、総悟は私を好きだ好きだと言ってくれた。
今でもそれは変わらないけど、やはり若さとは残酷なもので。
私は恋愛でそれなりに多くの傷を負ってきた。だからか出来るならもうこれ以上は傷つきたくなかった。全ての事に臆病になったのだ。

対して総悟はそれをまだ知らない。
恋愛で傷を負う事も、それに恐怖を感じることも。
きっとまだそれほどは知らない。
だから負わせる事に対しても然程何とも思わないだろう。


お風呂から上がると、総悟はベッドに寄りかかりうつらうつらと浅い眠りに入っていた。
「総悟…風邪ひくよ?」
眠りに入るとなかなか起きれない総悟を何とかベッドに横にして、脱がした隊服の上着をハンガーに掛ける。

自分に対してこんなに無防備で居てくれる。
どんどん総悟を好きになる。
それと同時に恐怖心も増えていった。いつ終わりが来るのだろうか。いつ言い出されるのだろうか。
最近はそればかりだ。
そして今日の事があったからだ。

総悟の顔を見れば泣きそうになる。
この人が自分以外の人を好きになるなんて絶対に嫌だ。考えたくもない。それでも自分の置かれている状況に、急に現実に戻されるのだ。

「総悟…ごめん…」
こんなんじゃ到底無理だ。この先の事も見えない。
どうしていいか分からない。
どうして総悟をこんなに好きになってしまったんだろう。もう傷付く事しかないって言うのに。




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