総悟が病院に運び込まれたと聞いて、居ても立ってもいられなくなった。




おかえりのその先に




その夜、私はまだ深い眠りに着いていた。
夜中の三時頃だっただろうか。

インターホンの音に飛び起きる。
こんな時間にインターホンを鳴らすなんて、例え総悟でも有り得ない。何故なら彼はもうここの合鍵を持っているからだ。

一気に眠りから覚め、夜の深い闇と共に姿の分からない相手に恐怖を感じる。
こんな時に自分が携帯を持っていないことに絶望的な後悔を覚えた。頭の中は真っ白で、心の中は総悟の名前を呼び続けていた。
しかし、その恐怖も僅か数秒後にかき消されるものとなる。

「名前さん!寝てるとこすみません!俺です!山崎です!」
ドア越しにでも分かるほどに血相を抱えた声をしていたのは山崎さんだった。
パジャマであることも忘れ、何か嫌な予感がしてドアを急いで開ける。
すると山崎さんは“俺のせいですみませんっ…”と申し訳なさそうに前置きすると、事の一部始終を話し始めた。

すぐに病院に向かう選択をし、山崎さんと共に隊車に乗り込む。
車内で山崎さんに話の続きでもある事の詳細を聞きながら、私は総悟への思いを募らせていた。



「総悟…」
病室に入る。管に繋がれた総悟は目を閉じたままで、その体には痛々しさを感じさせる程に包帯が巻かれていた。
私はその姿に一瞬言葉を失ってしまう。
眠っているその顔にはかすり傷が幾つかついていて、部屋には消毒液の独特の匂いが漂い、それがやけに鼻をついた。

ベッドの前には、簡易なパイプ椅子に座っている近藤さんの姿。
いつもなら大きなその背中が、今はなんだかとても小さく見えてしまうくらい彼は落ち込んでいるように見えた。

「近藤さん……」
「あ、ああ、名前さんか…」
先程まで指揮を取っていた人が、一睡もせずここで総悟の容態をずっと今まで見守っていたそうだ。
そしてそれと同じく山崎さんに聞いた話では、総悟はテロリストたちが仕掛けた爆発物に巻き込まれたらしい。

「近藤さん、代わります…帰って寝てください」
「すまないな……名前さんにこんな事を頼んでしまって」
疲れ切った顔で無理して笑う近藤さんも、頬に刀傷を負ったのか微かに血が滲んでいた。
討ち入り後の血の匂いなのか、錆びた匂いが微かにするのが生々しくて心臓がジリジリとする嫌な感じがした。

「…討ち入りの時は、ちゃんと覚悟はしているんだ」
私を見上げていたその顔はまた床を見つめるように俯き、影をつくる。
こんな近藤さんを見るのは初めてだった。

「俺はいつも覚悟してた、なのにどうだ……いざこうなったら、総悟が死んでしまうんじゃないかって、恐ろしくて怖くてたまらないんだ……」
こんな弱々しい近藤さんも初めてだ。
そんな微かに震えていた声に反応したものがもう一人。


「……目覚めの一発目に、お前の顔が拝めるとはねィ…」
「総悟!!?」
「あ…近藤さんも居たんですかィ」
「ちょっとぉぉぉ!?俺ずっとお前の隣に着いてたんですけどぉぉ?!」
「名前、手ェ握っててくれたのはお前さんですかィ」
「いや、それ近藤さんだね」
「チッ」
「チッて何ぃぃ?!!俺がどんだけお前のこと心配したと思ってんの?!俺がどんな気持ちでっ…」

「近藤さん、俺ァとっくの昔にアンタの為にこの命捧げる覚悟くらいは出来てるんですぜ」
少しだけ顔をずらし、こちらに視線を向ける総悟はやはり体が痛むのか眉間に皺を寄せていたけれど、その真っ直ぐな視線は近藤さんをしっかりと見据えていた。

「総悟…」
「俺らの負傷や死にアンタの責任は必要ねェ、アンタは自分の意思さえ曲げずに前だけ見て進んでくれてればいいんでさァ」
いつものように総悟がニヒルに笑えば、近藤さんもいつもの優しい笑顔で応えていた。
「でも、心配くらいはさせてくれよ」
「心配するのは勝手ですが、勝手に手握んのはやめてくだせェ」
「ひどぉぉぉ!!」
相変わらずの口ぶりに、病室の空気も一気に明るくなった。

「いてて……これって骨何本かいっちまってんですかねィ」
「おいおい動くなよ、肋骨二本折れてるのと腕にヒビが入ってる、体中打撲だらけで全治一ヶ月だそうだ、とうぶんは大人しくしてるんだぞ」
「あーあ、腕が鈍っちまいまさァ」

「心なしか嬉しそうに見えるのは俺だけか?」
「偶然ですね近藤さん、私もそう思いました…きっと仕事サボれるからラッキーって魂胆でしょうね」
「気のせいだろ、てか怪我人に対しての扱い酷くねェですかアンタら、もっと優しくしてくれてもいいんじゃねェんですかねィ?」
「それなら怪我人らしく、口も大人しくしてたら?」
「近藤さん、恋人に対してこんな冷たい態度とる彼女ってどう思いやす?」
「……切実に羨ましい!!」
「独り身のゴリラに聞いたのが間違いでしたね」

いつもみたいに冗談言えるなら大丈夫か、と安堵すると総悟が誰かを探しているような仕草をしたのに気付く。
「山崎は、いねェんですか」
「ロビーで待ってるって言ってたけど…」
山崎さんは自分の偵察が甘かったがゆえに総悟をこんな目に合わせてしまったと、とても責任を感じているようでここに来る途中もずっと自分を責めていた。

「アイツ……」
総悟は軽く舌打ちをすると、天井を見上げて再度言葉を続けた。
「近藤さん、山崎に伝えてくだせェ」
「おう?」
「俺が入院中は毎日焼きそばパンと牛乳届けに来いって」
「分かった、ちゃんと伝えとくよ」
ふっと笑った近藤さんは立ち上がり、またお昼頃に誰かを寄越すのでそれまで頼んでいいかな、と問うので私は頷いた。


近藤さんが去って行くと、総悟は小さく指だけで手招きをし、近くに寄れと私に促した。
「喉乾いた」
「はいはい」
隊士の人達が用意したであろう差し入れの数々が冷蔵庫に入り切らず無造作に置いてある。
その中のミネラルウォーターをひとつ手に取り総悟に飲ませてあげた。

「心配、したか?」
「したよ、すごく…」
「そっか」
少しの沈黙の後、総悟はヒビの入っていない方の右腕で顔を隠すように覆っていた。

「この命はとうの昔に近藤さんにあげたモンだ」
「うん」
知ってる。総悟がどれだけ近藤さんを好きか。慕っているか。その命ですら捧げてしまえる程に近藤さんを想っている事も。

「あげた筈なんだ……でも、お前と会ってから命が惜しくなっちまった」
「……」
「どんな汚れ役でもやり抜いて、あの人の信念の為ならいつでもこんな命くらいくれてやるって思ってたのに…」
「総悟……」
「真選組に女っ気がねェのは、そんなもん作っちまうと弱み握られるようなモンだからなんだよ…女の存在が意思を鈍らせる」

チクリと胸が痛んだ。
総悟にとって私はその弱みの原因になるのか。
意思を鈍らせ、信念をも揺るがす存在に当てはまってしまうのか。
本当は簡単に総悟の隣に居てはいけないのか。


「土方さんには昔、そんな感じの事を言われやしたねィ」
先程とは打って変わっていつもの軽い口調で物を言う総悟に少しばかり呆気に取られてしまうが、彼はそのまま話を淡々と続けた。

「背負うモンがある方が強くなれんじゃねェかって、今度は旦那に先日そう言われやした」
「銀さんに…?」
「正直、俺には今はどっちが正しいかなんて分かんねェんでさァ」
相変わらず顔は腕で隠れたままで、総悟の表情は伺えなかった。

「できるなら後者であって欲しいんですがねィ」
総悟はまだ十代だ。
そんな事、まだ分からなくて当然で。
毎日、一日一日をこうやって色々な事を考え、葛藤して、時には間違えてたり遠回りをしたりして人は成長して行くんだと思う。

「近藤さんも名前も、どっちも優先したいなんて傲慢すぎるんだろうけど、今はまだ答えが見つからねェんでさァ…」
「…それでいいんだよ、多分」
「……?」
「どれが正解なんて誰にも分からないし、わざわざ答えを出す必要もないんだと思うよ…」

近藤さんと総悟は昔からの家族同然の関係であって、私はここ何年かの付き合いだ。
ましてや恋人になってから数ヶ月、まだ総悟の事は知らない事のが多すぎる程の月日。
そんな私が近藤さんと言う存在と同等で居たなんて思ってもいなかった。

「両方優先、のが総悟らしいと思う」
そう言って笑って見せると、総悟もふわりと笑ってくれる。
私だって総悟にとって何が正しいのか分からない。何が彼にとっていい道なのか分からない。

自分が弱味の原因になるのはまっぴら後免だし、私だって出来るなら銀さんの言うように守るべきものの対象でいたい。
ただそれを思うのも決めるのも総悟自身だ。
私はただ、今は総悟を励ますことくらいしかできない。

「よくわかんないけど…私もこれから一緒に頑張るよ」
「はは、さすが俺の選んだ女でさァ」
そう得意気に微笑んでは、総悟は病室の白い天井に視線を移した。

「名前、俺ァいつ死ぬか分かんねェ生活をしてる」
「うん、そうだね…」
「それをお前が理解してくれてんのは知ってる」
「うん…」
「出来るだけ死なねェように努力するから……だから……」
「…かだら…?」

「そろそろゴムは必要ねェと思うんでさァ」
「なんの話してんのかな総悟くん?!」

真面目な話かと思いきやこれだよ!
やっぱり十代の考えることはそればっかか!仕方ないとは思いつつやっぱりガキだよ十代なんか!
頭の中でそう悪態をつきながら、呆れて言葉にならなかった。
そしてこんな状況でも総悟節は健在で、ちょっと安心してしまう。

「オスの本能だよ、死にそうになった時に子孫残してェと思うのは」
「はいはい、考えとくからもう寝たら?朝になっちゃうよ?」
「あーくそ、肋骨さえ折れてなきゃお前のこと今すぐベッドに引きずり込むのになァ」
「怪我人はとっとと寝ろ!」

これからは会わない日も“おかえり”の電話をしてあげよう。
そして会ったら笑顔で“おかえり”と言ってあげよう。



top
ALICE+