「これ、着てみてくだせェ」





イヴに見る君との未来





「なに、これ…」
「見ての通り、サンタのコスプレセットでさァ」
クリスマス前日の浮かれた世間とは真逆に、私の仕事のシフトはびっちりと組まれており、その疲れ果てた冬の夜のことだった。

いつものように部屋にやって来た総悟の手には、簡易な袋に包まれたサンタの衣装らしき物。
嫌な予感しか感じさせないその物体を渋々開けてみたものの、やはりそれは普通のサンタの衣装ではなく無駄に短いスカートが目に付くセクシーサンタ衣装だった。


「なんでこんなもの…そーゆー趣味あったの…?」
「まさか、うちのクリスマスイブ恒例行事のビンゴ大会で当たっちまったんでさァ」
「総悟が着たらいいでしょ…当てた本人なんだから」
「何が悲しくて俺がこんなもん着てクリスマスイヴを過ごさなきゃなんねんでェ、だいたい着てくれる相手がいるってェのに俺が着る必要もねェでしょ」

実は似合いそうな総悟のそんな姿を見てみたいと思ったけれど、これ以上粘ったところで総悟が折れてくれるとは思わなかったので早々に諦めることにした。

「網タイツもあるんで、コレも着用してくだせェよ」
「そんな物まで…」
「コレは俺が調達しやした」
「個人的なもんかい!」
何故か得意げに微笑む総悟は、なんだかとても楽しそうで先程からドエスの本領を発揮している。

「そんなの着て誰の得になるの…」
ただでさえ連勤で疲れ果てていると言うのに、総悟の要求にドッと疲れが倍増した気がした。
「俺得でさァ」
さぁさぁと押し付けられ、ついでに下着は付けんなよと付け加えられる。
どんなプレイだよ!と内心ツッコミを入れたけど、ここまでノリ気な総悟を押さえ込む事はもう出来ないだろうと再度諦めた。


「…ねぇ、これ小さいんですけど」
「フリーサイズだろ、お前が太ったんじゃねェの?」
ピチピチになったミニスカートがなんとも言えない羞恥心を感じさせる。太った自覚はないし、最近の忙しさでむしろ少し痩せたんじゃないかと思っているくらいだ。
明らかにそのサンタの衣装は布の部分が少なく、肌の露出のが多かった。

「こんな格好で子どもたちにプレゼント配りに行ったりしたらサンタがであるコッチが凍死するわ!」
「つっこむトコそこかよ」
そう言いながらもニヤニヤと笑い、舐めるように見てくる総悟がなんだか十代だとは思えない程の視線を送って来ていた。
まるでいかがわしい店に来ているおっさんの視線のようだ。料金発生させてやろうか。

「わりと似合ってんじゃねェですか、若干胸が足りてねェけど」
「うるさい!そんな事言う子にはプレゼントあげません!」
「あくまでもサンタ設定なんだな」
短い上着は上着と言うには頼りなさすぎて、もはやボンテージスーツのような胸を締め付けるようなものだった。
お腹のあたりはスースーとする程の短さで、それなのに腕にはあったかいファーが付いているという、なんともアンバランスなサンタ衣装にもはや疑問しか浮かばない。


「おいおいサンタのお姉さん、なんでパンツ履いてんですかィ」
「ちょっ!覗かないでよ!?」
「いやいや、さっきからチラチラ見えてんだよ短けェから」
「もう着替えてきてもいいよね?気は済んだよね?!」
「なに言ってんでェ、お楽しみはこれからだろ」
ほぼベッドが占領しているこの狭い部屋では、やはり逃げ道などなく総悟に追い詰められればそれまでだ。

「んだよ、ノーパンに網タイツでタイツ破ってそのまま挿」
「それ以上言わないで貰える?!普通に変態すぎて若干引くんですけど?!」
「男のロマンでさァ」
変態呼ばわりなんて傷つきますねィ、なんて言いながらも手はちゃっかり動いていて、次々と知り尽くされた弱い箇所を触れられていく。


「明日、仕事休めよ」
何度も角度を変えられて唇を塞がれれば、もう身も心も総悟の言いなりだ。
「む、無理言わないでよ…クリスマス二日間出るとボーナス貰えるんだから…」
「お前、この状況で俺より金取んのかよ」
吐息が交わる距離で、今にも溶け合いそうな程の空気に似合わない会話が流れる。

「こっちは生活かかってるんだから…ね…」
「んなもん俺が全部、面倒見てやりまさァ」
先日言われたことが妙にリアルで、それが本当に現実味が帯びてくるような感覚だった。
毎日のように総悟にそうやって口説かれればある意味それは洗脳のようでもあった。


「ちょ、ちょっと待って総悟…」
内股に伸びてきた総悟の手を軽く制す。
「何だよ」
ご機嫌斜めになりかけていた総悟を見て見ぬフリをしつつ、ベッドの下に忍ばせておいた総悟へのプレゼントを引っ張り出す。

「本当は明日の夜にしようかと思ったけど、この格好のついでに今渡しとく」
気に入ってくれるかと今になって少し不安になる。
赤い袋に緑のリボン。誰がどう見てもクリスマスプレゼントだと一目で分かる代物を総悟に手渡した。

大したものは買えないけれど、総悟の髪色と似たミルクティー色の暖かみのあるマフラーを選んだ。
「お、カシミヤ」
開けると同時になかなかいい反応をしてくれた総悟。それを見た私はとりあえずは安堵した。
正直総悟の好みがいまいち分からないので、店先でとても頭を悩ませたのだ。

「気に入ってくれた…?」
「ああ…」
「……もしかして同じようなの持ってる?」
少しの間に敏感になってしまう。どうせあげるならやはり気に入って欲しいという欲が出てしまう。

「いや…だいじに使いまさァ」
ふわりと笑いかけられ、そのいつもとは違う素直な笑顔に私は純粋にときめいてしまう。
この人は本当にどこかの王子なんじゃないかと思うほどの笑顔だった。

「う、うん…」
「なんで顔赤いんだよ」
「え?!そそそんなことないけど!」
ニヤニヤと笑いながらも総悟は立ち上がり、ハンガーに掛けてあった自分の上着のポケットを漁りだした。
「そんじゃ俺も今渡しときまさァ」
「なになに総悟もプレゼントくれるの?!」
ちょっとそわそわしてしまう。
普段から総悟に手土産以外何かを貰うなんてこと無かったので、あからさまに浮き足立ってしまう。

「とっておきの首輪ですぜ」
「ちょっとぉぉ渡す前から中身言うの反則でしょぉぉサイテー」
まさかのムードをぶち壊した総悟にガッカリだ。
まぁこの年頃の子にあまり高度なムード作りやサプライズを期待してはいけないことくらい、わきまえてはいたけれど…思った以上にガッカリだ。

がっくりしていると、自分のこの姿が余計にバカバカしく見えて虚しくなってくる。
首輪だなんて、総悟らしいけど捻りが無さすぎて本当にガッカリな訳で。

「お前、あからさまにガッカリしすぎだろ」
「だって…」
大人気ないのは分かっている。この歳になって今更だとは思うし期待もそこまではしていない。
それでももっと、こう、なんかあったでしょ?!

「有難く受けとれよ、サンタのおねーさん」

そう言って私の掌に放り込まれるようにその箱を強制的に握らされた。
思った以上に小さかったその代物は、明らかに総悟の言った首輪の類では無かった。

「っ…」
その小さな小箱は誰がどう見ても分かる。
この白い小箱は、この上下にパカって開くであろうシルクの手触りの箱は…

「早く開けてみろよ」
そう促されて余計に鼓動が高鳴った。
「開けたらピアスとかネックレスでしたーとか、ない、よね…?」
「さぁ、どうでしょうねィ」
イタズラにそう言ってベッドに肘を掛けて先程からずっと私を見て口角を上げている総悟。

「やだ…手、震えてる…」
緊張なのか、良く分からない感情で手が小さく震えているのに気付く。
「んじゃ、一緒に開けますか」
仕方ねェなァと言いながら私の手を包むように手を添えると、その箱を私に見えるようにして開ける。

そこにはやはり細身のリングが輝き、綺麗におさめられていた。
テレビでしか見た事のないような物が、今目の前にあって、それが私に向けられている。
不思議な感覚だった。

「名前、結婚しやしょう」



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