欲しいものなんて無限だ。





愛の言葉よりも欲しいもの






「ほらよ」
仕事終わりの総悟をいつものようにアパートの玄関で迎えた。
すると総悟は有無言わず小さめの紙袋を私に差し出す。

「…なにこれ」
「見りゃ分かんだろ」
ズカズカとこれまたいつものように部屋に上がると、上着をハンガーに掛けてはいつもの定位置に座り込み早速テレビのチャンネルを変えていた。

一方紙袋を渡された私はその紙袋を見てすぐに中身が何か見当がつく。
「携帯、新しいの買ったの?」
その紙袋は明らかに携帯電話の会社名が書いてあり、綺麗な物であることから先程行ってきたばかりなのだろうと予想もついた。

「お前のでェ」
「………えぇっ!!?」
「連絡つかねェとやっぱ落ち着かねェんでさァ」
「だからって…これ…そもそも誰名義?」
「もちろん俺」
「支払いどーすんの」
「俺が払うに決まってんだろィ、つーかんな事いちいち心配すんなよ」
「するし!そーゆー訳にもいかないし!」
「どのみちこの先俺が払う事になんだから一緒だろ」
面倒臭そうにしてはベッドにもたれ掛かり背伸びをする。そんな簡単にこんな物を受け取っていいものかと考えてしまう。

「それともなにか、俺とは結婚する気ねェですかィ?」
「っ…」
「そろそろ返事してもらいてェもんなんですがねィ」
「わ、分かってる、けど…」
もし返事をしてしまえば、きっと話はポンポン進んでしまうだろう。

なんせ相手は総悟だし、何よりお互いに親や親類が居ないと来たもんだ。こうなればもう互いの意思のみで決まってしまう流れな訳で。
今ここで返事をしたら明日には形上でだけど、総悟の奥さんになっているだろう。

もちろん嫌ではない。
断る理由もない。
だからこそ簡単に返事をしていいものかと悩んで、応えを渋っている状態だった。


「明日には俺の快気祝いですぜ?お前のこと、嫁さんになる女って紹介してもいいんだよなァ」
「えっ、と…その…う、うん?」
「ハッキリしろよ」
「そっ総悟!!」
私は意を決した声で総悟に詰め寄った。

目の前に正座をして、総悟の方をじっと見ると部屋にはテレビの音だけが控えめに響いていた。
それに対し当の総悟は少しだけ驚いた顔をして、なんでェと小さく呟いた。

「……わ、私なんかでいい、ので、しょうか…?」
「ハァ?」
「だから!私でいいのか?って…」
「お前がいいからこーゆー事になってんだろィ」
「よーく考えた?」
「考えた」
「なんか軽くない?!」
「うるせェ、俺が考えたって言ってんだからいいだろ」
ギロリと睨まれて私は固まってしまう。
それはまるで蛇に睨まれた蛙のように。

「お前さァいい加減観念しろよ、今更俺が逃がすとでも思ってんのか」
何故か得意気に話す総悟は本当にもう覚悟を決めていると言うか、すでに話は決まっているような口ぶりだった。

「逃げるとかじゃなくて、その…なんて言うか…本当に私でいいのか、こっちが不安になると言うか…」
「あー、お前がババァになった時とかの事を考えてんだな?」
「バッ!ババァとか言わないで貰えませんかね?!」
「安心しろィ、お前が例えブヨブヨのババァになったとしてもちゃんと俺の調教で絞ってやりまさァ」
「そこは“そんな君でも愛せるよ”って言うもんなんじゃないかな?!!」
「まぁブヨブヨの豚肉にならねーようにせいぜい見張っててやるからよ」

憎まれ口の最後に付け足したのは有り得ない程の甘い言葉。
「だからとっとと嫁にきなせェ」
実際は甘いとは程遠いのかもしれない。
でも総悟が絶対言葉にしないようなセリフをここ最近ずっと聞いていると、なんだかこちらもその気になってしまうのは仕方ないと思う。


「それじゃあ早速子作りから始めますかィ」
ベッドに腰掛け直した総悟は私を上から見下すように見ていつものようにニヤリと笑う。
「ま、まだ早いと思いますけど…」
「今種付けしても生まれてくんのは十ヶ月後だろィ、今作っとくくらいで丁度いいんだよ、ほれ」
そう言って総悟は手を差し延べた。

「ままままだこれ残ってるし!」
焦った私はベッド下にあった避妊具の新品の箱を総悟の目の前に差し出した。
「チッ、まだ新品か…ま、ひと箱くらいすぐ無くなりまさァ」
腕を引かれれば総悟の胸にスッポリと収まってしまう。

「これ使い切ったら、な?」
「っ…!」
耳元で囁かれる。
この状況下でノーと言える女性は果たして居るのだろうか。

床に置いた新しい携帯の入った紙袋が開封されるのは、明日の昼の話。



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