人間とはいろいろだ。





沖田総悟の思考





まさに人間とはそれぞれで、様々な価値観や考えを持って生きている。
先日、俺の部下である一番隊の奴にとある質問をした。

「お前、俺と土方さんどっちに斬られてェ?」
そいつは始め、その質問に対し阿呆みたいな顔をしてポカンとしていた。しかし最終的には俺に斬られたいとそいつは言い切った。

理由を聞けば“隊長ならなんの躊躇もなくバッサリとやってくれて苦しまずに逝けそうだから”だそうだ。
要するにこの野郎は自分が苦しまずに逝く為に俺を選んだ。

同じ質問をこの前万事屋の旦那にもしてやった。
すると鼻をほじりながら「どっちも無理、つーかどーしたらそんな状況になんだよ?百歩譲ってなったとしてもだ、お前らに斬られるくらいなら舌噛んで死ぬわ」と、グダグダと答えになってないこと言われた。

そして今度はとっつぁんに連れていかれたキャバクラで隣に座った化粧の濃いキャバ嬢にもしてやった。
「もちろん沖田さんにお願いしたいなぁ」
完全に営業トークだったが、この女は多分惚れた相手だとか恋人に斬られたいとか思う類いなんだろう。
内心、めでてェおつむしてやがんなァこの馬鹿女と口に出しそうになったが、泣かれても困るのでなんとか飲み込んだ。

その話を隣で一部始終聞いていた近藤さんが「俺はトシと総悟二人に介錯して貰いたい!!」と、ほざいていた。
酔っ払いの言うことなんで聞き流しておいたが、近藤さんは多分どっちも選ばない。

この人のことだ。
俺らの背中にこれ以上の罪を背負わせたくないと思っているだろう。
自分を手に掛けてしまえば、その後斬ったものが罪悪感やら何やらの色んな感情で一生精神的に苦しみ続けることをこの人は一番よく知っている。
きっと近藤さんはそこまで考える人だ。
だから俺も土方さんもきっと選ばない。

そしてふと思うのは姉上の事だ。
姉上なら俺と土方、どちらを選ぶだろうか。
唯一の血縁者である弟の俺か。
ずっと胸の奥底で想い続けていた胸糞悪い男か。

俺が考えたところで答えなんてものは出るわけがない。ただ俺であって欲しいと少なからず願ってしまう。
しかしそれは言うまでもなく、姉上だけが知っている答えだ。


「え、何その質問」
俺の女である名前は、ここ最近少しだけ言うことが万事屋の旦那に似てきたところがある。
いや、元々こういう女だったか。

「斬られるとしたら?なんでそこで土方さんなの?」
「じゃあ、俺と万事屋の旦那」
「え、なんで銀さん?」
「んじゃ誰ならいいんだよ」
「そもそもなんで二択なの?」

んだよ、適当に答えろよ。
こいつがここまで屁理屈言うとは思わなかった。
何でもいいからとりあえずそこは俺って言っとけよ。
「あー、もういいわ、くだらねェ質問した俺が馬鹿でした」
「まぁたその話をしてるのか総悟ぉ〜」
出たよ近藤さん。こんな時にいちいち絡んでこねーでくだせェよ。

「この前からその質問みんなにしてるけど、なんかの心理ゲームか?」
酒臭い近藤さんは明らかに出来上がっていた。
今夜は俺の快気祝いだって言うから参加したのにこれじゃ単なるいつものグタグタの宴会だ。
そしてこの分じゃ近藤さんが裸になるのも時間の問題でもある。全部抜いじまう前に名前を早々に退室させよう。

「いや、単なる慕われ度を測ってただけでさァ」
「俺とお前との慕われ度だと?」
うわ、もっと厄介なのが来やがったよ。
「おお、トシ飲んでるかぁ?」
「アンタは飲みすぎなんだよ近藤さん」
「こんなの序の口だぞ!まだまだぁ!」
あーあ、また一升瓶片手に踊りが始まった。そのうちふんどし一丁で踊り出すぞ。

「そもそもなんでお前と俺で競ってんだよ」
おい、土方座んなどっか行きやがれ。
何故か名前の隣に腰掛けた土方の野郎は珍しく酒が回っているようだった。
「別に競ってやしませんよ、単なるお遊び的な質問でさァ」
「だいたい“どっちに斬られたい”なんて野蛮な質問だろ」
「冗談の通じねェ土方さんには間違っても聞いたりしやせんから安心してくだせェ」
「ああ?!誰が冗談通じないだとぉ!!?」
「ちょっ!土方さん今日は総悟の快気祝いなんですから…!」

微妙に名前には弱いんだ、このマヨ野郎。
コイツらはきっと俺が居なかったらくっついていたんじゃないかと思う。
何がどうとかではなく、ごく自然に親密になっていきそうな空気を俺は前々から感じていた。
だから俺はあの時焦ったのかもしれない。


「名前、そろそろ近藤さんが全裸になりそうなんで送りまさァ」
「あ、うん」
大広間に泥酔して転がっている隊士がチラホラと出始めた頃、ついに近藤さんもふんどし一丁で何かを熱く演説していた。
そのうち勢い余ってふんどしまでも取りかねないので俺はそろそろ名前を帰すことにした。

「一人で帰れるから大丈夫」
「馬鹿言いなせェ、かぶき町の夜道を女一人で歩くなんて自殺行為ですぜ」
「総悟の快気祝いなんだから、主役が居なくなったらまずいんじゃない?山崎さんあたりに頼んでみるよ」
「この酔っ払い共は俺が居なくなったところで気付きゃしねーし山崎じゃ頼りになんねェんで」

俺は一升瓶を抱え込んでゴロ寝ている原田を足蹴にしてやった。
ったく、こいつらは飲めるキッカケさえあればいいんだからなぁ。税金泥棒って言われるのもあながち間違っちゃいねェな。


「名前、少しは楽しかったか?」
「うん、楽しかったよ、あんな大人数でご飯食べてお酒飲んだの初めてだし」
「賑やか過ぎて落ち着かねェでしょ」
「あのくらい賑やかのが毎日落ち込んでる暇もないって感じでいいと思うな」
ふふ、と笑った名前の顔は少しだけ血色よく色付いていて、あまり強くない酒をいつもより飲んでしまったのが伺えた。

いつもなら賑やかな大通りを歩くように名前に言う。
しかし今日は俺がついているので、人気の少ない裏路地を選んだ。
少しでも長く、静かなところで名前と話がしたかったからだ。

「そういや総悟、さっき誰に斬られたいとか言う話だけど」
薄暗い道は小さな街頭と月の明かりだけが頼りだった。
「その話は聞かなかった事にしてくだせェ、大した意味はねーんで」
少し前を機嫌良く歩く名前の姿。

こういった平和で平凡で何てことのない時間が永遠に続けばいいと、ここ最近何度も考えてしまう。
俺らしくもねェ。
いや、そもそも俺らしいってなんだよ。

「総悟は私と近藤さんとどっちに斬られたい?」
「近藤さんでさァ」
「え?!そこ即答?!」
「女の力で斬られた日にゃ死にきれなくて痛い思いするだけなんでねィ、近藤さんならズバッとひと思いに…」
言ってから気付く。
なんでェ、これじゃいつか聞いた部下の奴と同じ解答じゃねーか。
自分の答えにガッカリしてしまう。
自分ならもう少し哲学的に、論理的な答えが言えるはずだと思っていたのに。

「まぁ、自分の信頼してて愛する人に斬られる方がいいよね」
「そう言う意味では別に名前でもいいんですがねィ、やっぱりムダに痛い思いはしたくないんで」
今度はいつか聞いたキャバ嬢のような展開だ。

そりゃクソムカつく土方さんに斬られるくらいなら痛い思いをしても名前の方がいいに決まってる。
その点じゃ俺も顔も思い出せないあのキャバ嬢の考えとそう変わらないのか。
それもまたガッカリだ。

「でも、遺された方はたまったもんじゃないよね…」
名前が一瞬だけ寂しそうな顔をしたのが暗がりでも分かった。
「確かに、罪悪感の塊でしょうねィ」
まだ少し寒い外の風にさらされ、俺と名前の髪が揺れた。

「それもあるけど…遺された方はその人がいない人生をその先、ずっと生きていかなきゃいけない訳だから…」
“きっと死ぬまでその寂しさは埋められない”と名前は遠い目をした。

故郷の事を思っているのだろうか。
もう二度と会えないかもしれない親兄弟や友人に思いを馳せているのだろうか。


「お前には俺がいまさァ」
考える間もなく口から溢れた言葉。
こんな台詞、この俺が一生言うことのないような台詞だった。

俺がいる、だなんて。
その“俺”はいつ死ぬか分かんねェような日々を送っているにも関わらず、なんつー無責任な発言をしてしまったのかと。
そんな言葉に自分自身がハッとしてしまった。

「…総悟にも、私がいるからね」
ニコリと笑った名前はその後に“もちろん真選組の皆さんもね”と付け足し、足取り軽く俺の前を歩き出した。

俺たちはきっと失ったもん同士だ。
それをお互い話し合う訳でもない。傷を舐め合うこともしない。
ただただお互い寄り添って、どちらかが躓けば立ち止まり相手が起き上がるのを待つ。
相手が泣けばハンカチくらいは貸してやる。
相手が笑えば何が面白かったのか話を聞いて、マジで面白かったら一緒に笑ってやる。

その関係が居心地良すぎてたまらないんだ。


「やっぱ俺ら結婚した方がいいと思うんですがねィ」
「え、ごめん、風で聞こえなかった、なんか言った?」
「いや、ぜってー聞こえたろ?この距離で聞こえねェとか、ババァかよ」
「はぁ?!誰がババァだって?!総悟に言われるとリアルに凹むからやめて貰えますかね!?本当デリカシーってもん持ち合わせてないよね!そーゆーとこ直した方がいいよ!」

「聞こえてんじゃねェですか」
「よーし!さっさと帰って寝よ!」



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