「旦那ァ、死ぬ覚悟は出来てやすか…」





儚く散るもまた人の運命




「ちょちょちょちょ!ちょっと待ってぇぇぇ!何を勘違いしてんのかな君は?!!」

ことの発端は忘れもしない昨日の昼間。
雨の中、名前と万事屋の旦那が地下の遊郭に入っていくのをたまたま見てしまった。
時間帯的に昼間だからと、別に変な勘繰りはしなかった。が、問題はその後だ。

名前は旦那とあろうことか、大人のホテルに入っていった。
大人のホテル、言わばラブホテル。
要はセック「コラコラコラ!!子どもがそんな言葉使わないの!」
「で、名前とヤったんですかィ」
「ヤってねーよ!!断じてヤってねーからっ!」
「その証拠は?」
「ねーよ!二人だもんよ!名前ちゃんに聞け!そしたら何もしてないのが分かるから!なっ?!」

やたら必死になる旦那を見ていると、どこか怪しさを感じる。何かを隠しているような。
俺の勘が働いてしまう。

「銀さん、なんでまた名前さんとそんなとこ行ったんですか…」
お茶を運んで来たメガネが軽蔑した目で万事屋の旦那を見ていた。
「そ、それは…」
「言えねェような事してたんでしょ、いい加減観念してくだせェよ、そんで大人しく膝まづいて首出せ」
「ちょちょちょ!待って待って!これには深い理由がっ…!」

俺は抜刀しようと愛刀に手を掛ける。
いつもならここでメガネが止めにかかってくるが、今日に至っては止める気はないらしい。
だったら事が事だけにマジでやっちまうか。


「ちょっと!総悟何してんの!」
「名前ちゃん遅いよっ!」
ただでさえ古くて壊れそうな戸をズバン!と音を立てて開けたのは息を切らした名前だった。
それに縋りつくかのように旦那はそそくさと名前の後ろへと逃げ込んだ。

「なんでェ、口裏合わせに駆け付けたってかィ」
「総悟、それ仕舞って危ないから」
「お前も首差し出せよ」
勢いで抜刀したままだった刀を見て名前の顔が強ばっていた。

正直名前にはお咎め無しのつもりだったが、予定変更だ。
旦那と並ぶ名前がやたらとお似合いの二人に見えたもんだから腹が立ってしまった。

「沖田くんがそこまで嫉妬深い男だとは思わなかったわ!いや、最初っから嫉妬深かったか!そういやそうだ、お前は心の狭い男だったわ!」
「ちょっと銀さん余計なこと言ってこれ以上総悟を怒らせないで!」
ああ、クソムカつくな。
ムカつきすぎてゲロ吐きそうだ。

なんでこの二人はこんなにも自然に仲がいいんだよ。
なんで旦那はそんな簡単にコイツの懐に入っちまうんだよ。
俺がどんだけこの女を必死で口説いたと思ってんだよ。


「触んな…」
「は?」
「そいつに触んな」
さり気なく名前の肩に触るその手から斬り落としてやろうか。
俺が本気を出せば旦那にだって勝てるはず。
ましてや腕の一本くらいは簡単に飛ばせる。

「総悟、帰ろう」
「うるせェ、お前は言い訳のひとつでも考えてろ」
「銀さんとは何でもないから、ほら」
差し出された手を簡単には握れない。
ここまで来たら引くに引けない、そんな微妙な意地が邪魔してしまったからだ。

「俺が居なかったら、アンタらはくっついてたんだろうな」
土方さんしかり。名前はきっと旦那ともうまくいくタイプだと思う。
どうもこの、自然体がいいのか。コイツに近寄る輩が多すぎる。

「あのなぁ、そんなこと言ってても仕方ねーだろ」
「旦那はどうなんですかィ?実は名前のこと狙ってたんじゃねェんですか」
「……」
「図星ですか」
ゆらりと名前の背後から出てきたと思ったら、いつもらしくない旦那の顔。
その隣でメガネが心配そうな顔をして俺たちを交互に見ていた。

「だったらどーするよ?俺にくれんの?」
「はぁ?やるわけねェでしょ」
「だったらそんなくだらねぇこと言ってねーで名前ちゃんに謝れ」
「なんで俺が謝らなきゃ…」

旦那とメガネを見ていた瞬間の出来事だったのか。
視線を戻すと名前の目からポツリと一粒落ちるものが見えた。
それは間違いなく涙で。
なんで名前が泣くんだと、心の中がざわついた。

気分が悪いのは俺の方だっていうのに。
なんでこーゆー時に女は泣くんだ、と面倒くさいことになりそうな予感がしてもう少しで舌打ちしてしまいそうになった。

案の定、面倒くさいことになった。
名前は何も言わず来た道を帰っていく。
俺は仕方なく後を追うことにした。


「おい」
何度呼んでも返事がない。女の得意なこれだ。ああ面倒くせェ。
名前はこんな面倒くせェ女だったか。

俺にとってこいつはいつも自然で気を使わなくて良くて、お互いの丁度いい距離感とか扱い方を知っていた仲だった。
親友のような、長年連れ添った夫婦の理想像のような、それでいてたまに新婚夫婦みたいな。
そんな絶妙なバランスが俺にとって、とてつもない居心地の良さを感じさせていた。
なのになんだよ、この空気。
クソつまんねェ。


「総悟別れよう」
足を止めたと思ったら、名前の妙に冴え渡った声がそう言った。
なんでそうなる。
今まで些細なケンカしたことは何度かあったが、こんな話にまではいかなかっただろ。

ケンカしてすぐ別れ話を出す女は反吐が出るほど嫌いだったし、名前はそんなことするような女ではないと思っていたし実際そうだった。
それがなんで今そうなるんだよ。

「別れ話で試すようなしょーもないことしねェで貰えやすか」
“あ、バレた?”と言っていつものように笑い話で済ませようや。
そしたら俺も笑って済ませられるから。
そんでその後はいつものように甘味処で甘いもんでも食って帰ればいい。


「もう疲れた」
ため息混じりにその言葉は俺に残酷な程にハッキリと届く。
「ふざけんなよ名前、冗談でそこまで言ってんなら俺も怒りやすぜ」
「冗談で言うわけない」

なんでそんな淡々としてんだよ。
さっきから何故か冷静にさえ聞こえるその声は、先程泣いていた奴だとは思えないくらに落ち着いていた。
それとは逆に、俺は珍しく心を掻き乱されていた。
こんな感覚久しぶりだ。この俺が少し焦りさえ感じているんだから。

ああ、本当に面倒くせェ。


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