「なんだ、今日もいやがんのか」




沖田総悟の三日目





「居たら悪いんですかィ」
「休みのお前が屯所に居るなんて珍しいと思っただけだ」
土方さんはさり気なく俺が名前のとこに行かない事を不信に思ったようだった。

ここ何ヶ月、名前と付き合い始めてから俺は暇があればアイツのところに行っていた。だからか土方さんはここ三日俺がずっと屯所にいる事をやたらつっこんでくる。
この暇人野郎め。もっと気にすることあんだろーがよ。

「別にいいじゃねェですか、たまにはゴロゴロしてェんで」
「どーせ喧嘩でもしたんだろ」
「うるせーですよ土方さん、休みの俺に小言言うのやめてもらえやせんか」
「まあ聞けよ」
そう言って俺の部屋の前の縁側に座った土方さんは、外を眺めながら何か説教臭いものを始めた。

「お前、元々本気じゃなかったんだろ」
「アンタには分かんねーでしょうね」
「まあ俺には分かんねぇが…だったら本気なのか?」
「さァね」
面倒臭い質問に畳の上にごろりと横になった俺は、土方さんにわざと背中を向けた。
これ以上何も聞かれたくなかったからだ。
ただでさえイラついているというのに、これ以上俺の気分を害するんじゃねェよ。

「本気ならお前はもう少し大人になるべきだな」
んなこと土方さんに言われなくても分かってんだよ。
でもそれができなかったから今この状況になっちまったんだよ。

俺がもっと名前の事を信用してやれば良かったんだ。
単に俺には余裕がなかった。焦ったんだ。周りが普段は馬鹿な事してる奴らばかりなのに、肝心な時だけはみんな大人で。
自分だけがガキなんだと思うと、悔しかった。

「元々俺らみたいな奴らが女つくるなんて馬鹿げた話だったんでしょうねィ、いつ死ぬか分かんねェってのに」
背負うもんなんか本当はない方がいいんだ。
分かってたはずなのに。
それでも俺は名前を自分の大事なもんに入れておきたくて仕方がなかった。

「もう三日も会ってねェ」
「たかだか三日だろ」
「長いこと女がいねェ土方さんには分かんねーでしょうよ」
「あーはいはい全く分かんねぇよ、そんなに言うなら会いにいきゃいいだろ」
「いや、もう別れたんで」
「………は?」
「もう会うこともありやせんよ」


そうだ、あの時にもっと粘れば良かったのか。
今思うと呆気ない幕切れだった。
名前があまりにも淡々と言うもんだから、俺もムキになってしまったところがある。
心の中では“おいおい、冗談だろ”と言う焦りと、“なんで俺が怒ってんのにお前が別れを切り出す方なんだよ”と言う腹立たしさが渦を巻いていた。

原因はそもそも名前にあるってのに。
アイツが旦那と吉原に行ったのが悪い。
例え理由がなんであれ、変な誤解をうむような事をした二人が悪い。
なのになんでこんな俺はモヤモヤしてんだよ。俺は何も悪くねェはずなのに。

俺がガキだった事は認めるけど、二人の行動にも問題がある。
それとも何か、俺があの場でもっと余裕を見せておけば良かったのか。
旦那と名前がホテルに消えた日の事は、俺が一人で抱えて黙っておけば丸く収まったとでも言うのか。

いや、そんなのできる訳がねェ。できる気がしねェ。
それが大人の対応と言うやつなら、俺は一生ガキと呼ばれても構わない。

「おま、別れたって」
「死ぬときもきっとそうなんでしょうねィ、終わるときってのは呆気なくて、一瞬だ」
「……ま、お前らがそう決めたんなら何も言うことはねぇが」
「別れたからって、名前と付き合わねェでくだせェよ」
「誰かさんじゃあるまいし、俺はそんな無粋なマネしねぇよ」
「誰かさんって…ああ、万事屋の旦那ですかィ」
「アイツしかいねーだろ」
「確かに、旦那ならちゃっかり持ってかれそうだなァ」

俺にはもう関係ないと言い聞かせても、やはりまだ三日だ。
この気持ちが収まりどころを知らなくて、体の中をかけ巡っている感覚だった。
きっと時間が経てばこの気持ちに折り合いをつけられるんだろう。今はそう思ってただ時間が経つのを待っているしかなかった。


「っ…」
店の前を通って“しまった”と瞬時に思った。
いつもの習慣か、体が勝手にとでも言うべきか。
気付いたら俺は名前の働くコンビニの前に居た。

ほぼ平日の昼間に出勤しているアイツは、確実にこの時間には居る。
しかし急に足を止めるのも誰かに見られていたら、と一瞬のうちに考えそのまま店を通り過ぎる事を選んだ。

それが裏目に出た。
通り過ぎる時にチラリと店内を見たのが悪かった。
名前は一発で目に入って来た。我ながら動体視力はピカイチだと思う。しかし視界には一番映って欲しくない奴が居た。

「やっぱ侮れねェなァ、旦那は」
仕事中の名前にヘラヘラと話し掛けているのは、やたら目立つ髪色をした例の男、もとい万事屋の旦那だった。
見てしまった自分に後悔しつつも心の奥底からふつふつと何かが沸き上がってくるのが分かった。
まるで女みたいな感情に酷く驚いてしまう。

そして手放した途端これかよ。
あれだけ好きだと言って、大事にしてきたのに。
まるで家族のように、夫婦のように、友達のように。
毎日毎日時間を共有して、人生の一部をアイツに捧げてきたつもりだったのに。

なんだよ、本当に呆気ねェんだな。
お前はもう他の男に笑顔を振りまいてやがる。


「山崎ィ」
「なんですかー?」
腑抜けた声を出して返答しやがったのは山崎で、運転しながら何やら楽しそうにしょーもないミントンの話を俺に永遠としていた。

「お前、吉原で女買ったことあるか」
「…ええぇぇぇ??!きゅっ急にどーしたんですか?!何ですかその質問!!?」
「いいから答えろよ」
「な、ないですよ!!そんな給料貰ってませんし!だいたいそこまで女性に困ってませんよ!」
「困ってんだろ」
「困ってますけど!いや、そーゆー意味の困ってないじゃなくて!そこまでして女性とそうなりたいとかっ…そーゆーことしたいとかは、ないと…言う意味で、ですね!」
「あー、そうだったな、お前童貞だったもんな」
「いちいち言わないで貰えませんかねェェ?!」

いきり立つ山崎を前に向かせ、俺は助手席から夕焼けの空を睨むようにして眺めていた。
こんな胸糞悪ィ日は屯所に帰るのも嫌になる。あそこに居ると、必ずしも誰かに会うからだ。
たまには俺だって一人になりたい時だってある。

「いや、こういう日は討ち入りとか絶好の日なんだろうなァ」
「え、今サラッと怖い事言いませんでした?!」
「胸糞悪い時には討ち入りでもしてェって思っただけだよ」
「それ単なる八つ当たりだよね?!アンタ討ち入りなんだと思ってんですか!?」
「仕事でストレス発散って、一石二鳥でいいじゃねェか」
「ストレス発散とか言わないでくださいよ!!仕事ですよ!アンタに斬られた浪士共がストレス解消のためだなんていくら何でもバチ当たりますよ?!」
「……バチ、ねェ」
「…沖田隊長?」

「バチ…当たっちまったなァ」


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