もう会うこともねェ。




夏の夜の花火もまた儚し




そう思っていたし、会ってはならないと思っていた。

「やーやー、君たちこんな日にまでお仕事とはご苦労なこってぇ」
「ムカつく言い方しねェでくださいよ旦那」
「お前ら給料分ちゃんと働けヨ!いつまでも税金泥棒してんじゃないアル」
「うるせーぞチャイナ、花火と一緒にお前の命も一瞬で散らしてやろうか」
「やれるもんならやってみろアル!お前こそ花火みたいに粉々にしてやるネ!」
「ちょっと二人とも落ち着いついて!せっかくの夏祭りなんだから!」

どっかの馬鹿将軍がまた庶民の生活を知りたいとか言い出し、俺たちはまたこうやって将軍の護衛を内密でやっていた。
周りから見れば単なる夏祭りの警備に見えるだろうが、一応この人だかりの中に将軍様がいらっしゃる訳で。

俺は心底面倒臭かったのでその辺をウロウロしていた。
そしたらコレだ。何の因縁か知らねェが、ここでもバッタリと万事屋三人組と出会ってしまう。
しかも今回はプラスおまけが一人。
会いたくなかったと言えば嘘になるが、あんまり顔を見たくはなかった女。
名前はチャイナと同じ浴衣を着て、旦那の少し後ろを歩いていた。
んだよ、まさかもうくっついちまったって事はねェよな。
まだアレから十日だぞ。十日で次のにありつくとか、そんなん絶対俺と付き合ってる時にすでに浮気してただろ。
だとしたらどんだけケツ軽いんだこの女。

「どーも、名前さん」
あえて“さん”付けで呼んで顔を除くようにして見てやった。
少しくらい動揺しやがれ。
「ああ、こんばんわ」
んだよ“ああ”って。もう俺なんか眼中にねェよってか。
何となく掴めねェ女だとは思ってたが、こうも平然としていられる女もどうかと思う。
普通はこーゆー時、周りが気を使うくらいに気まずい空気になるのが相場だろ。
なんだよ“ああ、こんばんわ”って。
他に言うことねェのかよ。

「名前!今度は何食べるアルか?!焼きそばアルか?!たこ焼きアルか?!」
「神楽ちゃんさっきたこ焼き食べたよね?」
「んじゃ焼きそばアルな!」
そう言ってチャイナは名前の手を取ると出店の方へ走って行ってしまう。
名前の後ろ姿を見ながら、お前はこの十日間一体何して、何を考えていたんだよ。ふと心の中でそう問いた。
ちょっとは俺の事、考えたのかよ。


「いいよねー浴衣女子って」
「鼻の下伸びっぱなしですぜ旦那ァ」
「あの脇のところが空いてるじゃん?あれがいいよね?!なかなか見えないけど」
「ぎ、銀さん、あんまり沖田さんの前でそーゆーこと言わない方が…」
唯一常識人のメガネが言いにくそうにそう言うと、俺の事をチラリと見た。
どうやら少なからず俺と名前の事を知っていて気を使っているようだった。

「気にしねェでくだせェ、別に何とも思ってねェんで、脇の下でも浴衣の下でも何でも好きなように見りゃあいい」
「あ、そうなんだ、んじゃ今夜辺り俺の花火が打ち上がっちゃうかもなー」
「銀さん公衆の面前で下ネタやめてくださいよ!」
「びっくりですねィ、俺もまさか旦那と穴きょうだ」
「ちょっとォォォアンタら下ネタやめろって言ってんだろォォ!!場所考えろやァ!」
名前には俺以外にたくさんこう言った奴らが取り巻いてる。
だからきっと、別に俺なんか居なくたってうまいことやっていくんだろう。
考えただけでもムカつくけど、まあそれも仕方ねェと思うしかない。


「女ってさー出産で経験した激痛をすぐ忘れちまうらしいぜ」
「は?なんの話してんですか」
急に旦那の話題がぶっ飛んでいて、さすがの俺もなんのこっちゃ。
「女はどんな痛みでもすぐ忘れちまうってことだよ」
「……男だってすぐ忘れちまいやすよ」
「どうだかなー、俺なんて柳生の時に豆パンで腹下した激痛まだ覚えてんもんなーアレはつらかったわー」
「いつの話してんですか」

そんなしょーもない話をしているとチャイナと名前が焼きそば片手に帰ってきた。
「焼きそば屋の兄ちゃんが名前がカワイイからって大盛りにしてくれたアル!」
「おー良かったな」
良かった、だ?俺ならその焼きそば屋の兄ちゃんに人の女をそんな目で見てんじゃねェと殺す気でガンたれてやるのに。
旦那の呑気さには俺は一生共感できねェな。
「そんじゃ俺らはこれで失礼するわ、おまわりさん引き続き警備頑張ってねー」
俺への見せしめか、旦那は名前の肩に手を回しニヤリと嗤って人ごみの中へ消えていった。


少し経つと花火が頭上で上がり始めた。
名前もこの花火をアイツらと見てんのか。
いつか話した将来への話も全部無駄になっちまったなァ。
子どもは五人だとか、住むとこは屯所近くがいいとか。
あの時は少なくとも本当にそう思っていたし、そうなることを願っていた。
でも今じゃこのザマだ。
お互い他人行儀で、ほんの数ヶ月前に愛だの恋だどの話した二人がまともに目も合わせやしない。
人間てある意味すげェよ。

大きな花火が頭の上で音を立てて散っていく。
それと同時に俺の中のなにかも散っていく気がした。


花火は一時間と長い時間上がり続けた。大きな花火大会と言うこともあり、大勢の人が馬鹿みたいに空を見上げている。
終盤に差し掛かると盛り上がりを増し、出店の店員も仕事そっちのけで皆上を見上げている始末。

花火なんて興味ねェ。
こんな暑い夜に人だかりの中に来てまでこんなもん見たかねェよ。
そんな愚痴とも言える事を思いながら、俺は立ち止まっている人だかりの中をすり抜ける。
まるで時間でも止まっているかのようだった。
花火の音と人の声。それだけで人は皆上を見て動かない。
そろそろ持ち場に戻らないとサボっていた事が土方さんにバレるであろうと、渋々足を持ち場へと戻す事にした。

仕事上、大勢の人の群れを相手するのが多かったからか群れの中をするりと抜けるのは得意だ。
どんどん人の中をすり抜ける。
すると群衆から一人が飛び出してくるのが視界の端の方に見えた。
避け切れずに軽くぶつかってしまい、それとほぼ同時についさっき見たことのある浴衣の柄が目に入り驚いた。

「あ、総悟…」
久しぶりに呼ばれた自分の名前に何故か高揚してしまう。
俺の名を口にした女は紛れもなく、名前だった。
そして一瞬手が震える。
俺は今、何をしようとした。
頭と体がまるで別物のような一瞬を味わった。
俺は事もあろうか、名前を咄嗟に抱きしめようとしてしまいそうになったのだ。

「どうしたんでェ、一人か?」
「神楽ちゃんがトイレ行ったきり帰ってこなくて、迎えに行こうかと」
「お前が行っても入れ違いになったら意味ねェだろ」
なんだ、思った以上に普通に話せる。
さっきの衝動は一体なんだったんだ。
「それが…すでにミイラ捕りがミイラに…」
「迷子かよ」
「……はい」
コイツらしいと言うかなんと言うか。
「まあこの辺歩いてたらそのうちこうやってバッタリ会うかもしれないし、もう少し探してみるよ」
「…やめときなせェ、花火が終わったら帰り客で揉みくちゃになりやすぜ」

どうしよう、と困り果てた名前を見て俺はどうするべきかと思考を巡らせた。
迷子の保護となれば別に仕事をサボってるうちには入らねェし、何より相手が相手だ。
「送ってってやるよ」
「え、いや…いいよ、仕事でしょ」
「これもおまわりの仕事なんで」
まだ花火が鳴っているにも関わらず、俺は名前の手を引いた。

「総悟っ、いいって!自分で帰れるから…っ」
ダメだ。また衝動が襲ってくる。
花火はクライマックスに差し掛かっていた。
大きな音で名前の声はかき消され、周りの音も聞こえなくなる。
俺にとっては掴んだ名前の腕だけがリアルで、それ以外はどうでも良かった。




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