俺の力はいつも以上に強かった。




沖田総悟の一週間




「なんで俺じゃダメなんでェ」
そう言って人気のないところで抱き締めたのはほんの三十秒前だろうか。

迷子になった名前を送ると言って、神社の外まで連れてきたところだった。
人気がないと言っても今日は大きな祭りで、チラホラと人は通っている。
ただ、まだ花火が上がっている最中だったことが幸いしてか通る人は極端に少なかった。

「総悟…」
「お前は…全く動じねェんだな」
自分を嘲笑うかのように乾いた笑いが出てしまう。
俺は行動するのにだいぶ戸惑ったってェのに。
「…離して」
素直に距離を取ると、名前は俯いたままで表情は伺えなかった。

「もう、無理…か」
「別に…」
「触られるのも嫌ですかィ」
「そう言う訳じゃないけど…今は、ダメなんだよ…」
「はあ?んだよそれ…!」
俺らしくねェ。カッとして胸ぐらを掴んでしまう。
名前の浴衣を掴むと一気に感情が沸騰した。
この浴衣は誰の為に着たんだよ。誰に見せる為に着たんだよ。
万事屋の旦那とお前は一体どうなってんだよ。
今はダメってどういう事だよ。

「お前はたった十日でずいぶん楽しくやってんじゃねェか」
「だから…銀さんとはなんでもないよ」
「どうだかな」
言い訳のひとつくらいしろよ。
なんでこんな事になってると思ってんだ。誰のせいだと思ってんだ。
「弁解もろくにしやしねェ、テメェが悪いのになんで俺が別れ話されなきゃなんねェんだよ」
あの時信じなかった俺が悪いのか?
「言ったよな、浮気したら男の方から殺しに行くって」
「言ってたね…」
「そんでその後はお前の脚だ」

俺は本気だぞ、と付け足すと名前の瞳が一瞬揺れたのを俺は見逃さなかった。
こういう時は相手が怯んでる証拠だ。
俺を誰だと思ってる。
幾度死線を乗り越え、どんだけの修羅場を経験してきたと思ってるんだよ。
人一人やっちまうくらいどうってことねェんだよ。
なんなら飼い殺しにしてやろうか。
「全部斬り落として…俺のもんにしてやるよ」
そう言って抱き締め直せば、名前は抵抗しなかった。
俺はただこの訳のわからない気持ちをどこにぶつけていいものかと迷っていた。


花火が終わる。
あたりの賑やさかさはなくなり、人のザワザワとした声だけが聞こえていた。
それと同じくして俺の気持ちの高ぶりもそれなりに落ち着きを取り戻していた。
「旦那と何であそこにいたんでェ」
「……」
「どうして言えねェ」
「…」
「じゃあ、どうして言えねェのか答えろ」
俺がそう強気に出ると名前は躊躇しながら言葉を放った。

「これを知ったら総悟は、多分…」
「名前ちゃーん!居た居たー!やっと見つけたよ、こんなところでこんな奴と何してんの?え、何?おまわりさんに拉致られてたの?!」
最悪のタイミングだ。
花火が終わったから嫌な予感はヒシヒシとしていたが、まさかこのタイミングで。
しかもこんだけ人いるのによく見つけやがったな。
まさかその辺に隠れてたとかねェよな、いや、この旦那なら有り得る。

「おーい!神楽!新八!名前ちゃん居たぞー!」
旦那がそう呼べば他の二人も集まって来る。
何でこいつらはこうも俺の邪魔ばかり…
「名前ごめんアル、私が迷子になったから探してくれてたアルな」
「ううん、私まで迷子になっちゃって…心配かけてごめんね」
俺からすぐに距離をとったかと思えば、名前はもう向こう側に居た。

「名前ちゃん、大丈夫か?」
「え、あ、うん…大丈夫」
万事屋の旦那はやたら名前の事を心配していて、名前もそれに自然と応えていた。
何だよ、もう俺の入る隙間はねェのかよ。
“今はダメ”その意味不明な名前の言葉が頭の中で何度も何度も再生されては、疑問だけが膨れ上がっていった。
俺に少しの期待を残して、一体お前は何考えてんだよ。


胸糞悪い日が続いた。が、その最中に俺は夜の巡回中に辻斬りにあった。
むしゃくしゃしていたので丁度いい憂さ晴らしになると、勿論容赦なく返り討ちにしてあの世逝きにしてやったが、どうやらそいつは辻斬りと言うよりは俺に恨みがあったと後に知った。

「俺も命狙われるような立場になっちまったって事ですかねィ」
「お前いろんな意味で恨み買ってそうだもんな」
「あの辻斬り、土方さんが寄越した殺し屋とかじゃねェでしょうね」
「お前相手にそんなもん雇ったら世の中の殺し屋全滅するわ」
あの祭りの日から一週間。
名前のあの言い残した言葉と、言おうとして途中で遮られた言葉はまだ俺のどこかにつっかえたままで、それが余計に俺を苛立たせる原因になっていた。

「この件は監察の方へ回してある、とりあえず総悟はとうぶんここから出てくれるなよ」
「えー、軟禁ですか近藤さん」
「謹慎だ謹慎、……悪いな総悟、この件が終わるまでは大人しくしててくれ」
参ったな。ずっと屯所だなんて暇すぎるだろ。
山崎にでも漫画買わせに行かせるか。
しかも屯所にいると言うことは、道場で稽古つけろとか言われるんだろうな。あー面倒くせェ。

部屋に戻り昼寝でも決めこむかとゴロリと横になる。すると、部屋に転がっていた携帯電話に焦点があった。
ああ、名前の携帯だ。
あの別れを切り出された日、名前が俺に突っ返してきたやつだ。
ムカついたから真っ二つに折ってやったその携帯は、無残にも部屋の端っこに転がったままで、すでにうっすらとホコリをかぶっていた。


「総悟、ちょっといいか?」
控え目な近藤さんの声が聞こえ、一応起き上がって部屋に入れる。
「どうしたんですかィ」
「今回の件だが…」
「何か分かりやしたか?」
命を狙われるなんて、俺らの仕事柄よくある事だ。今回も特に気にする事はない。いつもの事だ。
「お前がこの前、泳がすつもりでボコボコにした攘夷浪士の件なんだが…」
「ああ、アレね、結局アジト突き止めて一斉にお縄だったじゃねェですか」
「今回の辻斬り、そいつらと絡んでるらしいんだ」
「へぇ、あの辻斬りは仲間の為の敵討ちって事だったんですねィ、相手が俺だなんてついてねェ奴だ」
「それが一筋縄では行かなくなってしまってな…」

近藤さん曰く、俺がボコってその後捕まった攘夷浪士と今回返り討ちにしてこの世から消した辻斬り野郎が知り合いだったらしく…
そこまでは正直どーでもいい話なんだが、厄介な事はこの二人はどうやら手を組んで裏でデカい事をやっていた。という事だ。
この二人が主犯格で仲良く悪巧みをしては、そりゃ荒稼ぎしてたそうだ。
しかし俺の手によってこの二人は消された。
そうなればリーダーが居なくなった組織は荒れ放題、やりたい放題な無法地帯な訳で。
下っ端の奴らが大人しくしている訳もなく、今後かぶき町の治安は最悪なものへとなる事が予想された。

「これから見廻り組にも協力を得る、今後うちだけでは対処できる事が限られてくるからな…」
そう言った近藤さんは頭をガシガシと掻き、どうしたもんかと困った様子だった。
「なんでェ近藤さん、別に今までにもこういうことはあったんだしそんな困ることねェでしょ、真っ向勝負してかぶき町を血の海にしてやりまさァ」
「いや、今回はそう簡単な話では終わらせられないんだ」
「…やけに勿体ぶりますねェ、一体何をそんな気にしてんですか」
「…昨日の晩、隊士の家族が…狙われた」
「情報が漏れてるって事ですか」
「ああ、どうやら向こうさんにも山崎並みに出来る密偵が居るようだ」
要はこちらの情報がただ漏れだと言うことは俺でもすぐに分かった。
しかしうちには幸いか独り身が多いのでその辺の手配はすぐに出来るだろう。

「名前は…」
ふと名前の名前が口に出てしまう。
アイツと別れてからどのくらい経つ?アイツは俺の身内として今も奴らにカウントされてんのか?だとしたらマズイだろ。
「総悟、名前さんとまだ別れてなかったのか?」
「いや、別れやしたよ…って、近藤さん“まだ”って…」
近藤さんには直接名前と別れた事は言っていない。
もしかしたら土方さんが近藤さんに言っている可能性もあったが、なんだかその後の近藤さんのやたらと焦った顔と“まだ”と言うワンフレーズが妙に気になった。

「いやっ、あのっ!最近会ってないみたいだったからさ!?別れたのかなーって!ほんと!それだけ!」
なんつー分かり易い人なんだこの人は。適当に土方に聞いたとか言って誤魔化しゃいいものを。
まあそこが良くて皆この人を慕っているのだが、今回ばかりはそれがアダとなったな近藤さん。

「どーやらそっちの件も詳しく聞かせて貰わなきゃならねェみたいですねィ…」





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