「こんなところで何やってんでェ」




風鈴とスイカと君と




昼下がり、うだるような暑さの中、ベストの前を開けているとは言え暑苦しい隊服に身を包んだ総悟がいつの間にか後ろに立っていた。

「…あ、総悟」
「何か探しもんか、こんなとこウロついてっと後ろから辻斬りにバッサリやられちまいやすぜ」
そう言われてしゃがんでいた私は総悟に手を取られ、立ち上がる。
珍しく首元に汗をかいていた総悟はどうやら走ってきたのか、息までは切れていなかったものの滴る汗はそれを物語っていた。

「神楽ちゃんが缶蹴りしたいって言って、道場の中庭でやってたら塀超えちゃって」
「あんな怪力娘が蹴った缶、今頃宇宙の彼方だろ」
「蹴ったのはお妙さんだよ」
「じゃあ余計見つかるかよ、蹴った時点で粉砕してまさァ」
「確かにコッチに飛んでったはずなんだけど…」
グイっと引かれた手にバランスを崩せばそこはもう総悟の胸の中だった。

「久しぶりに会ってなんて色気のねェ会話だよ、他に言うことねェのかよ」
「…あ、暑いね…」
「んなこたァどーでもいい」
志村家の道場は塀を超えた隣に位置し、そこからお妙さんと新八くんと神楽ちゃんの話し声が微かに聞こえていた。
しかしそれもこの暑さと蝉の音でかき消され、更には総悟の熱い体温が余計に私の体温を上げていた。
道端にいた私たちの足元から容赦なく照り返すような熱気が上がり、それに反応して体からじわりじわりと汗が出る。

「俺だけが出し抜かれてたなんざ、驚きでさァ」
「…もう、聞いたの?」
「ああ、近藤さんに全部なァ」
「……ごめん」
謝って許されるのだろうか。
きっと総悟は傷ついているだろうに。
総悟の為、と近藤さんと土方さんと山崎さんに説得されて私は今回の件を納得した。
そして総悟の為とは言え、私は嘘をついた。

「これが俺の為だって言うんなら…」
「……」
「許してやりまさァ」
心の中が苦しくて泣きそうになってしまう。
きっと一番泣きたいのは総悟の筈なのに。
自分の背徳感なんて大した問題じゃなかった。一番つらい思いをしたのは総悟だったんだ。
「お前こそ、嘘つかせて悪かったな…」
謝るべきは私なのに、何故か総悟に謝られた事で少し頭の中が混乱してしまう。
「俺がガキだったせいで、今回周りに色々気ィ使わせたみてェでさァ」
「そんなこと…」

なんだか離れていた間に総悟が大人になったような、そんな不思議な感覚に陥った。
総悟ってこんな素直だっただろうか。
「どうやら結構、堪えたみてェでさァ…」
「総悟…」
少し弱々しい、そんな総悟は初めてだった。
今回の件が余程堪えたのか、総悟は予想以上に反省していたようだ。
「名前…」
肌がジリジリと焼けるのが分かるくらいに傾きかけた日差しを浴びる。
それでも総悟は私を抱き締めたまま微動だにせず、この何週間と離れていた時間を埋めるかのように私から離れようとはしなかった。


「見てて暑苦しいアル」
「そろそろ中に入ったらどうですか?さすがにこの暑さと直射日光は熱中症になっちゃいますよ」
勝手口からのぞき込んでいた神楽ちゃんと新八くんが、汗だくになっている私たちを見兼ねて声を掛けてくれた。
「…ガキはあっち行ってろ」
「お前は汗だくでそのまま倒れても知らないけど、名前が倒れたら大変アル」
「沖田さんもどうぞ、ちょうどスイカが冷えてるんで食べて行ってください」
「行こう、総悟」
手を取って総悟を促せば半ば仕方無しにと志村家の家へと足を運ぶ。

「名前、こんな奴とまた寄り戻すアルか?これを期に他のにチェンジしたら良かったアル」
「チャイナてめェもういっぺん言ってみやがれ、スイカの代わりにてめェの頭カチ割ってやろうか」
「また始まったよ二人とも…頼むから大人しくスイカ食べてくださいよ」
新八くんはそう言って綺麗に三角に切られお盆に乗った沢山のスイカを運んで来る。

「これタオル、使ってください」
お妙さんが冷たい濡れタオルを持ってきてくれる。
さすが夜のお店で働いてるだけあってなんだかとても様になっていた。
「すいやせんね姐さん、いつもうちの局長がお世話になっちまってんのに今回名前まで世話になっちまって」
「いいんですよ、困った時はお互い様ですし、でもあのゴリラに関しては命までは保障できないからその辺はそちらさんで責任とってくださいね」
「肝に命じときまさァ」

風鈴が鳴る縁側でスイカを食べながら皆で他愛ない話をする。
ここに総悟がいるのが少し不思議で、現実味があまりなかった。
最初は総悟に嘘をつくのを躊躇った。
でもそれはきっとこれからの総悟にも良いのだろうと思ったし、私にとっても初めての試練となった。

総悟は終始私をジッと見ていて、そのうち周りが見兼ねて私と総悟を縁側で二人きりにしてくれる。
その頃にはもう空の色は変わり始めて西日がさしていた。
「夕飯食べてくでしょ?」
「姐さんのダークマターだけは勘弁してくれよ」
「それは私も勘弁だから大丈夫、新八くんと私が作るから」
じゃあ食ってく、と言って総悟は胡座をかいたまま背伸びをしていた。

「なんかまだ聞きたいことありそうだね」
「さすが、察しがいい女は嫌いじゃねェ」
私も座り直すと、色が変わり始めた空を眺める。
風が吹いて優しく頬を撫でていく。
ついこの前までは切羽詰っていたような日々はどこへやら。
不思議な程に、それは静かな夕日だった。


「旦那とあんなとこ行ったのはなんでだ」
「…」
「何を隠してる」
「隠してる訳じゃない…でも」
「理由だけでも聞かせろ」
一瞬たりとも怯まず、その射抜くような目は私の心の中を見透かしているようで少し焦ってしまう。
きっと理由を言えば総悟はこの先沢山のものを失ったり、行動を制限されるんじゃないかと思う。
仕事にも支障が出るだろう。
最悪、総悟の考え方や想いまでが変わってしまうんじゃないかとさえ思う。
私が心配する事ではない、はずなのに。
総悟の事を深く知ってしまっている為か、色んなことが頭の中で想定されてしまう。

「これ以上嘘はつきたくないから…本当の事言うと…」
意を決して言うか、いや、否か。
寸前まで来ても口がなかなか開かないのは自分にも迷いがあるからなのか。
ここまで言っといて何故二の足を踏んでしまうんだろう。
総悟はどんな顔をするだろうか。
正直それが一番怖いのかもしれない。
私は結局自分が一番どうしていいのかと悩んでいたのかもしれない。
決心していたはずの気持ちが、揺らいだ。

「名前、無理して言うことはねェが俺はお前に関してはかなり寛容だと思ってまさァ、今回の件しかり、大体の事は目を瞑る覚悟はしてる」
「ち、違うの、あれは気分が悪くて咄嗟に入っただけで…」
「ふーん」
「信じてないでしょ」
「まあ、普通の言い訳過ぎて拍子抜けって感じですねィ、そんな事なら隠す必要もねェ」
「ですよね…」
「で、本当のとこは?」
そう言った総悟はあっけらかんとしていて、何だかもう覚悟は出来ていると言うくらいに開き直っている程だった。

「病院に、行って…来まして…」
「吉原に病院って、なんでェ性病でも貰ったのか」
「ちがっ!…私戸籍が無いでしょ、だから普通のとこでは看てもらえないだろうと思って」
「だから吉原の病院、モグリの医者かなんかか」
「日輪さんの紹介してくれたお医者さんだから大丈夫だったんだけど」
確信に触れられず総悟の顔色や反応ばかり見てしまっていた。

「それで万事屋の旦那に頼ってたって訳か」
「…うん…」
「で、その後体調はどーなんでェ」
「よかったり、悪かったり…かな」
「症状とか、薬の処方は?」
「飲んでないよ、症状は…そうだな、やたら眠いとかあとは吐き気、とか…」
そのフレーズを言った瞬間、総悟の目が一瞬見開いたのが分かった。
「おま、まさか」
「察しがいい男で助かります…」
心の中では“言ってしまった”と同時に総悟の反応を見るのが怖くて俯いてしまう。

「なんでもっと早く言わねーんだよ!一番に俺に言うのが筋ってもんだろ?!そんな大事なことっ…」
「だってちょうど近藤さんが今回の話持ってきたもんだから…」
「っ…だからって…言えよなァ…」
「言ったら総悟大人しくしてないでしょ…総悟の命は大切だから…だから、私だってすぐ言いたかったけど、やっぱり総悟に何かあったら嫌だから…っ」
鼻の奥がツンとして、瞬きもしていないのに目からポツポツと雫が落ちていった。

新しい命も大切だけど、やっぱり総悟が居て私は初めて幸せな気持ちになれるんだ。
だから少しくらい離れていても平気だと思っていた。
平然としていようとそう決めた。
でもこの何週間で私は思っていたより精神的に参っていたようで。
早く総悟に会いたくて、大事なことを伝えたくて。
でもそこには少しの不安があって。
平然とすれぱする程、自分がどうしたいのかよく分からなくなって、結局いっぱいいっぱいになってしまっていた。
そして緊張の糸がやっと切れて、我慢していたものが全部溢れ出た。

「悪い、お前も大変だったんだよな」
「っ…」
総悟の腕の中がこんなにも安心するなんて、こんなにも私の精神安定剤になっていたなんて。
離れて初めて気付くと言うことは、きっとこういうことなんだ。

「この事は他に誰が?」
「銀さんと日輪さんしか知らないと思う…」
「…なんか、旦那が一緒に医者に行ったのはかなりムカつくけど…そっか、そうだったのか…何だろうな…この感覚」
総悟の胸の中だったので表情は伺えなかったが彼の中に何かが芽生えるような、そんな雰囲気を感じさせた。

「総悟、いいの…?」
「無粋な質問すんじゃねェよ、いいに決まってんだろ」
そうぶっきらぼうに言った総悟は、言葉とは裏腹に嬉しそうでそれに私までも満たされていく。
「若いお父さん、だね」
「近藤さんに先越されたーって泣かれんのが想像できまさァ」
「土方さんの言ってた事が半分当たっちゃったね、ちゃっかりデキ婚するんじゃないかって」
「結果デキ婚だが俺は常に狙ってましたからねィ、別に想定内でさァ」

総悟にお腹を撫でられて胸がキュンと反応する。
この沖田総悟の子どもが自分のお腹の中に宿っているなんて、考えただけでも幸せだ。
ましてやそれを撫でている総悟なんて、見ているだけて体のすべてが満たされていく。


「俺ァもっと強くなりまさァ」
まるでお腹に語りかけるように、総悟はぼそりと言葉を紡ぐ。
「護りたいもん全部護れるように、今よりもっと、強くなる」
「そう、ご…」

「だから名前、安心して俺の子を産んでくだせェ」





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