「名前」




そうして時は流れゆく





その甘い声の持ち主は真選組の一番隊隊長である、まだハタチに満たない青年。
そして、私の夫になった男。

「まだデカくならねェんですかィ、これ」
「“これ”扱いしないでもらえるかな?総悟の子でもあるんだからね?」
まだ五ヶ月を過ぎた頃の私のお腹は衣服を纏うと目立たず、このお腹に総悟との子どもを授かっていると思うと、なんだかとても不思議な気持ちになる。
「正直まだこれと言って実感がねェんだよなー、祝言挙げたから新婚って自覚はあんだけどねィ」

つい先日、私たちは真選組で祝言を挙げた。
人生初の白無垢。
それを見た総悟の反応を伺いたかったのに、隣で号泣している近藤さんのが気になってそれどころではないまま一日がバタバタと過ぎてしまった感じだった。
私の戸籍云々の問題で正式に籍は入れていないものの、祝言という形をとったことで、私たちは形上は夫婦になったんだと少しの緊張と変な照れくささを感じさせた。

「しかし新婚早々こうも夜の営みを減らされたら複雑なんだよなァ、男としては」
「それは順番を間違えたせいであって、仕方ないと思いますけどー?」
世で言うデキ婚をしてしまった私たちは、そりゃあ私としては結構恥ずかしい訳で。
こんな若い男捕まえて、何やってんだ的な世間の目が…

「もう安定期だろィ?たまには夜の方も…」
「昼間っから何言ってんの!ほら、休みの日くらい買い物手伝う!」
「ったく、強ェ嫁さん貰っちまったなァ」
渋々ながらも買い物に付き合い、私を自然と気付かいながら昼下がりのかぶき町を歩く。
妊娠してからというもの、見るもの全ての見方が変わってしまったかのように日々新鮮だった。
親になるって事はいろんな視点が変わって、違うものが見えてくるんだろう。
まだこの小さな命にたくさんの事を考えさせられているのだから、すでにすごい存在だと思う。

「なんか最近、子どもにばっか目ェ行くんだよなァ」
そう呟いて、かぶき町を走り回る小さな男の子たちを横目で見ていた総悟もきっと私と同じような事を思っているんだろう。
「そーいやァ近藤さんがもう屯所にベビーベッド新調しやしたぜ」
「え、ウソ、もう?!」
「安定期に入ったってちょっと前に伝えたら万歳三唱して即買い物に走ってった結果がそれでさァ、あと松平のとっつぁんがおもちゃ大量に買い付けて来て置く場所がねェってんで土方さんがブチ切れてやした」

皆が楽しみにしてくれるのはすごく嬉しかった。
真選組にはまるで沢山の親戚のおじさんやお兄ちゃんがいるみたいだ。
特に近藤さんに関しては自分の事のように一喜一憂してくれる。
「そーゆー土方さんも男なら絶対自分が稽古付けてやるって意気込んでたらしいけどねィ」
「土方さんまで?!」
「まぁ周りはほっといて、お前は元気な子を産むのに集中して生活しろよ」
「うん、そうだね」
そう言って総悟は優しく私の手を握ると労るように寄り添って歩いてくれる。
こんな優しい総悟の姿、真選組の皆が見たら驚くだろうな。


「あー!名前アル!キャッホー!名前!」
やたらテンションの高い神楽ちゃんが前からダッシュで走ってくるのが見える。
その後の方では保護者二人が歩いているのも見えた。
「神楽ちゃんこんにちは」
「どうネ体の調子は?もうゲロ吐いてないアルか?」
「あ、うん大丈夫、悪阻もなくなったから元気元気」
私のお腹をジーっと見ては興味津々な神楽ちゃん。
「触ってみる?」
何気なく聞くと、神楽ちゃんの目は一気にキラキラとしてとても嬉しそうに首を縦に振る。

「おい名前、こんな怪力娘に腹触られたらお前ごと吹っ飛ぶぜ」
「なんだとこのドエスヤロー!お前こそ吹っ飛ばしてやろうか!宇宙の果てまで吹っ飛ばしてやろーカァァ!」
「コラコラ神楽ちゃーん、妊婦さんの前でケンカはよしなさーい」
「そうだよ、お腹の子に聞こえてるって言うからそんな事言っちゃダメだよ神楽ちゃん」
神楽ちゃんと総悟のいつものケンカが始まる前に、銀さんと新八くんが間に入ってくれる。

「おーい、パパですよー聞こえてまちゅかー?」
すかさず私の前で跪いた銀さんは、私の少しぽっこりしたお腹を優しく撫でながら呼びかけていた。
それを見た新八くんはギョッとした顔をしていた。
「旦那ァ、アンタが一番ぶっ飛ばされてェみたいですねィ…」
「じょっ冗談だから!こんなの挨拶みたいなもんだろ!だいたい初診付き添いしたの俺だし!病院の先生におめでとうございますって言われたの俺と名前ちゃんだし!」
「アレは勝手にアンタがついてったんだろィ、ホラ、首出しなせェ」
「悪かったって!役得だったのは悪かったって!ちょっと父性が芽生えちゃっただけじゃん!」
「…チッ」
二人が言い合っている間に神楽ちゃんにお腹を触らせてあげると、彼女は嬉しそうに、そして優しくお腹を撫でてくれた。
一通り撫で終わるのを見計らってか、総悟は私の腕を取りさっさと歩き出した。

「大事にしてやれよー」
そんな後ろからの銀さんの言葉に、少し振り向いた総悟はいつものように無表情で言葉を放つ。
「当たり前でさァ、それより旦那からの祝儀がまだ届かねェんですがいついただけるんですかねィ?」
「さー神楽ちゃん新八くん!タイムセールの豆パン買いに行くぞ!!」
「名前!また万事屋に遊びに来るアルヨ!」
「姉上もまた来てくれって言ってましたし、うちにもいつでも遊びに来てくださいね」
新八くんと神楽ちゃんはそう言って笑顔で手を振ってくれた。


「次の検診は何が何でもついてくからな」
ファミレスでちょっと休憩にとお茶をしていると総悟は窓の外を見ながらそう言った。
「うん」
前回も行く予定だったのだが、急遽出動要請が入り結局総悟は行けずじまいだったのだ。
「次はもう近藤さんに先に言って休み貰っときまさァ」
先程の銀さんの発言に思うところがあったのか、ちょっとムキになっている総悟に微笑ましくなる。

「あー、俺もいつになったら父性ってもんが目覚めるのやら」
そう言って面倒臭そうにアクビをした総悟は背伸びを大きくした。
自分が若いからと自覚があるのか、父親になれるのかと本人は少し心配しているようでもあった。
特に周りの人達が我先にと子どもの物を揃えたりと先走る者が多く、ちょっと出遅れた感もあるんだろう。
彼なりの焦りもあるのだろうか。

「予想なんだけど…」
「ん?」
「きっと総悟に似た子が生まれてくると思う」
「俺のコピーか、なんか手放しじゃ喜べねェ感じだなァ」
「中身はともかく、見た目が総悟にソックリだったらすごく嬉しいな!絶対可愛いし!」
「おい、中身はともかくって何だよ、聞き捨てならねェな」
「と、とにかく!総悟似だったら男の子でも女の子でもどっちでもいいってこと」
「俺はお前似の元気な男がいいねィ」
「え、そこ女の子じゃないの?パパを取り合って欲しい的な感じじゃないの?男のロマンじゃないの?」
「なんでェ男のロマンって」
「この前近藤さんが言ってた、女の子なら将来“勲ちゃんと結婚したい!”って言わせたいって」
「勘弁してくだせェよ、何が悲しくて手塩にかけて育てた娘をゴリラにやらなきゃなんねェんでェ」

そう言いながらも、ふ、と優しく笑った総悟はもうとっくに父親の顔をしていた。





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