総悟の苦悩はどこまで続くのか。



始まりはこれから




それは果てしなく続くのか、これを機会に少しでも楽になるのかは本人しか知らない。

「名前!」
地下に位置してるこの病院で元気な男の子をこの世に誕生させた私は、その後少し眠ったのもあり思った以上に元気だった。
そして穏やかな時間が流れている頃、やっと赤ん坊の父親である総悟が病室に入ってきた。

「総悟、ごめん、我慢できずに産んじゃった」
「馬鹿、産むのに我慢も何もあるかよ」
「総悟が来るまでは、って思ってたんだけどまさかこんなに安産だとは」
「安産で何よりでさァ…ほんと、無事でよかった」
「総悟も」

総悟が討ち入りに向かった昼過ぎ。その直後に陣痛が始まってしまったのは、六時間前のことだ。
実はその日の朝からお腹が微かに痛むのは感じていた。
しかし全てが初めての経験、それが陣痛だと気付かずにお昼まで過ごし総悟が昼から仕事へ行くのを見送った。
本当にその直後の出来事だった。

いつ生まれるか分からないと、私は期間限定で屯所にお世話になっていた。
屯所には隊士の人が誰かしらいるし、時間によっては女中さん等もいる。
だから安心して生活できていた日々。
そしてその日は予定日より十日も早く来た。
初めてだらけの事もあって、予定日じゃないからまだ大丈夫という変な確信を持ってしまっていた。
なのに始まってしまった予想外の陣痛。
お腹がひきつる痛み、そしてお腹を壊した時の痛みが混ざり合ったような鈍痛。
その波が来るたびにどんどん痛みは大きくなって襲ってくる。
痛みが増すにつれてさすがに焦りを感じて、私は屯所にいた誰かを呼ぼうとした。

「おい、大丈夫か?」
そこに現れたのはなぜか土方さん。
「あれ、土方さん…討ち入りあるんじゃ」
「今日のは一番隊の新人研修兼ねたもんだから俺の出番はねぇ…っておい、もしかして腹痛いのか?」
「なんか…陣痛…始まっちゃったみたい、です…」
また痛みの波が来ると立っているのもやっとで、床にしゃがみ込んでしまう。
「ちょっと待て!ちょっ…!ど、どうしたらいい?!」
うろたえ始める土方さん。
こういう時に男は役に立たないって日輪さんから聞いていたけど、本当にそうだなと一瞬頭をよぎる。

「救急車か?!救急車なのか?!」
「大丈夫です、とりあえず通ってた吉原の病院に、電話を…」
私の携帯を渡して土方さんに全てを任せる。この状況でちょっと電話するのはつらい。
そして土方さんが隣でやたら焦るので私は逆に冷静でいられた。
「まだ産むなよ!ちょっと待てよ!」
「そんなにすぐに産まれないから大丈夫です…」
焦る土方さんは電話した後、すぐ病院に向かうといってパトカーのサイレンを鳴らして病院に車を走らせた。
こんな時にパトカー使って、後で怒られないんだろうかと余計な心配をしてしまう。

「なんでこんな時に山崎とか原田いねぇんだよ…!」
運転しながら冷や汗を流してぶつぶつ言う土方さん。
「あ、土方さん、できたら銀さんにも電話しといてもらっていいですか?」
「なんでお前は俺より落ち着てんだよ!腹痛くねぇのかよ!?」
「ずっと痛くはないんで…あ、イタタタ…」
「わーー!産むなよ!まだ産むなよ!」
「ちゃんとっ…前、見て、運転してください…!」
「分かったから!あんま痛いとか言うなよ!怖いんだよ!」
痛いのは私なのに土方さんがとても痛そうな顔をしていたので、ちょっと笑えて痛みが少しだけ和らいだ気がした。


病院についてすぐに診察に入ると今日か明日には産まれる、と何ともアバウトな事を言われた。
今日ならともかく、この痛みが明日まで続くと思うと不安しかない。
「いや、俺は違うって言って…!」
看護師さんに半ば無理矢理通され診察室に入ってきたのは土方さん。
どうやら父親に間違われたようで、彼は否定するもののおばちゃん看護師さんに強引に連れてこられていた。

「ど、どうだ?」
この状況で何を話していいのか分からない土方さんは目を泳がせ右往左往させていた。
「まだ少し時間かかるみたいです」
「そっか、…あ、万事屋には連絡しといたからな、あと総悟にも電話したが出なかったからメールしといた、ついでに近藤さんと山崎にもしといた」
業務連絡のように言われるとまた少し笑いが漏れる。
「なんだよ、女はこんな時でも肝座ってんな…」
「これだけお腹大きかったらもう産むしかないって思いますからね」
そう言って笑えば土方さんも眉を下げて笑う。

「荷物は山崎に頼んどいたから、安心して産めよ」
急いで出てきたので荷物を忘れていたことに今更気付く。
しかしやはりそこは土方さん、うろたえながらもシッカリしてるとこは流石だとでも言うべきだろうか。
その後、何度か痛みを堪えるのに必死になっていると土方さんが腰をさすってくれた。
頼もしいなあ、と心で思いながらも父親である総悟が来ないのが寂しかった。


「名前ちゃーーーん!!」
病室にいた私たちを少し驚かせたのは先程土方さんに連絡してもらった銀さんだった。
「銀さん」
「大丈夫か?!まだ産まれてないよな?!そんな早く産まれないよな?!」
私の側に来て心配そうな顔をしてくれる。
「今だいぶ感覚が……イタタ」
ズクズクと痛むお腹を抑えると銀さんが一気にあたふたする。
「ちょっ!看護師さん!看護師さーーん!」
「うっせーんだよお前は!ちょっとは落ち着け!陣痛なんだから痛いの当たり前なんだよ!いちいち看護師呼ぶな!」
すかさず土方さんがうろたる銀さんを止めると、銀さんはゆっくりこちらへ振り返る。

「つーかなんで当たり前の顔してコイツ座ってんの?あれ、父親総悟くんだよね?」
「総悟がいねーから俺が代わりにいるんだろうがよ、空気読め!」
「うう……」
二人が言い合ってる間も腰が痛む、その痛みをなんとか逃そうとベッドの上をゴソゴソと動く。
「名前ちゃん!しっかり!銀さんがついてるから!」
「ガタガタ言ってねーでお前も腰マッサージしてやれ!」
背中をたまたま銀さんの方に向けていたので、銀さんが背中をさすってくれる。

「バッカ!背中さすっても意味ねぇわ!腰だよ!腰を強めに押すんだよ!」
私の変わりに土方さんが要求してくれる。
さっき看護師さんに教わったのをそのまま銀さんに指導していて、なんだか微笑ましい。

「なんでお前が妊婦みたいなこと言ってんだよ、腹立つんですけど」
「いいからやれよ!来たんなら参加しろ!」
「…そういや、神楽ちゃんと新八くんは?」
痛みが引いてきた私も会話に参加する。
そしてこの二人がいるとどうしてか安心している自分がいた。
「ああ、あいつらうるせーし大人数で来ても迷惑だから置いてきた、産まれたら見に来るってさ、すげぇ楽しみにしてたぞあいつら」
「そっか、頑張って産まないとね」
「どっかの男の大所帯は空気読めずに大人数でくるんだろうけどよー?ちょー迷惑なんですけどぉー」
「なんだ、うちのこと言ってんのか?ああ?」
「他に誰がいんだよ」
「なんだと」
「あ!」
二人が案の定言い合いを始めた瞬間、私は反射的に声を上げてしまった。

「な、なんだよどうした?!」
「は…破水したっぽい…」
私のその言葉に二人は一気に顔面蒼白。
慌てて先生を呼んで出産準備に入り始めると、なぜか流れで銀さんと土方さんが立ち合いをすることになっていた。

「ホラ、そこの白髪!突っ立てないで手でも握ってやんな!」
先生はおばちゃん先生といった感じの人で、さすが吉原の女性陣を相手にしているだけあって物怖じしない人だ。
「そこのイケメンも汗くらい拭いてやんな!まったく気の利かない役立たずどもだね!」
ズケズケとものを言いながらも頼もしい先生は、どことなくお登勢さんのような雰囲気の持ち主だ。
そして私の事情も汲んでいてくれて、この銀さんと土方さんがいる状況も特には気にしていないようだ。

「ププ!役立たずだってぇー」
「笑ってんじゃねぇクソ天パ、お前も含まれてんだよ」
両脇に二人に挟まれていると、なんだかとても安心する。今はこの賑やかさに救われていた。
「名前ちゃん、がんばれよ!銀さんがついてるからな」
「お前はマジで役に立たない臭ハンパねぇわ」
「さっきからいちいち先輩面すんな!腹立つんだよニコチン馬鹿!」

その後何度か壮絶な痛みを超えて、この終わりの見えない状況に何度も何度もくじけそうになる。
その度に弱々しくあるものの、二人が励ましてくれる。
しかし一時間が経った頃、急に銀さんの声が聞こえなくなり握ってくれていた手の力もなくなっていた。
「銀、さん?」
痛みがない合間に銀さんの方を見る。
するとそこには真っ青な顔をして今にも卒倒しそうな銀さんの力無き姿。
「ごめん、名前ちゃん、もうダメだ…ホントごめん…」
私の痛がる姿を何度か見て、きっと耐えられなくなったんだろう。

「お、俺も……すまん、もう……無理だ…!」
土方さんもヨロヨロとした足取りで病室から出て行こうとする。
確かに痛みのあまりに唸ったり弱音を吐いていた私だったけど、それ以上にこの二人へのダメージが大きかったようだ。
日輪さんに「結局出産は母親とお腹の子と二人で頑張るものなのよ、男は当てにしないように」と言われたのはこの事だったのかと、ここでようやく納得した。



「で、結局何ですかィ、一番大事な時にアンタら二人は貧血で倒れた、と?」
総悟はじっとりとした目で病室の端っこに立っていた土方さんと銀さんを睨む。
「今までどんだけ人の血見てきたんだよ、全く情ねェ奴らでさァ」
「バッカ!お前なー!それとこれじゃ話が違うんだよ!?別次元の出来事だったんだよ!?何かもう名前ちゃんが痛いのか俺が痛いのか分かんなくなってきて眩暈してきたんだよォォもう見てられなかったんだよォォ」
思い出したのかまた顔面蒼白して息が上がる銀さん。
どうやらちょっとしたトラウマになってしまっているようだ。

「まさか土方さんまでとはねェ、どんだけグロい戦場経験してきたと思ってんですか、ほんと役立たずにも程あんだろィ」
「俺は…俺はっ……無力だ…!」
土方さんに至っては未知の出産という出来事に、なんの予備知識もないまま強制的に参加させられずいぶん参ってるようだ。
分娩室から出て行った直後、二人はどうやら貧血で倒れたらしいと後になって聞いて、少し申し訳ない気持ちになった。


「そういや沖田くん、もう子供見てきたのか?」
また貧血を再発しそうな土方さんをよそに、銀さんは空いていた簡易な椅子に座ると先程着いたばかりの総悟にそう言った。
「ああ、見てきやしたよ、俺に激似で一瞬目を疑いやした」
「どういう意味でだよ」
「想像以上に可愛かったってことでさァ」
「何、沖田くんにも可愛いって思える感情あるんだ」
「どういう意味ですかィ」

「名前ちゃーーーん!」
二人が話しているのを見ていると、大きな声が響いた。
廊下では看護師さんに大きな声を出すなと注意されたようで、謝っている声が聞こえた。
「ゴリラが来やしたね」
総悟はいつもの無表情のわりに声が嬉しそうなのが分かる。

「遅くなってすまない!名前ちゃん無事か?!」
申し訳なさそうに眉を下げて病室に入ってきたのは案の定近藤さんで、手にはお土産なのか果物のカゴを下げていた。
「この通り無事ですよ、近藤さん」
にっこりと笑えば近藤さんもにっこりと笑い返してくれる。
「名前ちゃん、お疲れ様、ゆっくり休んでくれよ」
「ありがとうございます」
まず私を労ってくれるあたりがこの人らしい。

「これじゃ誰が夫婦か分かんねーな」
すかさず銀さんがツッコミを入れる。
確かに、この状況では近藤さんが一番父親らしい感じがする。
「ところで近藤さん、赤ん坊見て来やしたか?」
「いや、とりあえず名前ちゃんの顔見たくてこっち来た」
「だからなんでゴリラが一番夫みたいな事言ってんの?しかもなんかすんげぇいい夫みたいな感じになってんの何で?ゴリラの子じゃないよね?!」
「近藤さんも父親みたいなもんでさァ」
「公認かよ!お前らの関係がいまいち俺には理解できねぇ!」
銀さんがそう言ってげんなりした顔をよそに、総悟は私を見ては満足そうに微笑んでくれた。

「俺の子、産んでくれてありがとな、名前」






-end-





-----------------------------

長々と続いた長編でしたがこちらで一端完結とさせていただきます。
今後もしかしたら総悟の父親っぷりを書きたさに、追加するかもしれません。
(あくまでも予定ですので期待しないでください)

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。


2017.3.28
西島


top
ALICE+