「あれ、ゴリラが子育てしてるぞ」




その後・壱




「こんにちは、銀さん」
「よう、万事屋!」
私と近藤さんが買い物をしてスーパーから出てくるとタイミングよく入口で万事屋の三人と会った。

「ちょ、近藤さんアンタ……」
銀さんが目を丸くして指さしているのは、多分近藤さんが抱っこ紐で胸に赤ん坊を抱えているからだ。
「なんだか近藤さんがナチュラルにお父さんに見えますね」
方や新八くんは微笑ましそうな顔で近藤さんに抱かれた赤ん坊を覗き込んでは、眉を下げて微笑んでいた。

「私にも赤ちゃん見せるアル!」
神楽ちゃんも新八くんを押し退けて覗き込むと、目をキラキラさせて可愛い可愛いと連発してくれていた。
「赤ん坊もこれじゃ誰が親父か分かんなくなんじゃねーの」
銀さんも神楽ちゃんの上から覗き込むと赤ん坊のほっぺをつついてはニヤニヤとしている。
銀さんいわく子供は嫌いらしいけど、赤ちゃんとなると別物らしい。

「ゴリラが親父とか絶対嫌アル」
「間違いねーな、こんなゴリラもニコチンバカもミントンバカもアフロバカもドSバカもどれも嫌だわ」
「ちょ、そこに本物の父親入ってるからね?!てゆーか俺のことさっきからゴリラゴリラ言い過ぎだからね?!」
「よし!俺の子どもってことにしよう、な?名前ちゃん、あっちのドエスもこっちのドエスも似たようなもんだから」
「いやいや銀さん!同じ種族でまとめてるけどそこまとめちゃいけないとこだから!どっちのドエスも嫌だから!」
「いや、そこに本物の父親入ってるからね?片方のドエスは本物の父親だからね?」

ツッコミを入れる新八くんと近藤さんを無視するように、ふにふにと子供のほっぺを堪能している銀さんはなんだかとても楽しそうだった。

「銀ちゃーん、うちも赤ちゃん欲しいアルー」
「お前な、犬拾うのとは訳が違うんだぞ」
「そうだよ神楽ちゃん、赤ちゃん育てるのって大変なんだから」
「まあでもー?神楽がそんなに赤ん坊欲しいってんなら俺と名前ちゃんで作っちゃうー?」
「アンタ人妻相手に何言ってんですか!沖田さんに殺されますよ!」
「銀さんも早くいい人見つけてくださいね」
「うわー!フラれた!気持ちいいくらいにバッサリフラれたァァ!」
私の最後の一言に嘆く銀さんだが、正直どこまで本気で言ってるのかも謎だ。


「あー!いたいた局長!」
バタバタと道の向こうから走ってきたのは監察の山崎さん。焦ったような顔をしてこちらに向かってきた。
「どうしたんだ山崎」
「どうしたじゃないですよ!会議始まっちゃいますよ!」
「え、もうそんな時間?」
「すぐ帰ってくるって言うから一緒に行かせたのに、なかなか帰ってこないんですもん、副長怒ってましたよ」
「ちょっ、どうしよう!どうしよう!トシに怒られる!」
「ここは俺が引き受けますからさっさと屯所帰ってください!」
そう言って近藤さんは“ごめん先に帰るよ”と私に言うと、子供の頭を優しく撫でてからスーパーの袋を持って走って帰っていってしまう。
そして今度は山崎さんの胸に抱っこ紐が装着され、慣れた手つきで赤ん坊をあやし始めた。

「なんか、あれだな、異様な光景だな……」
「慣れたもんですね、山崎さん」
変なものを見る目で銀さんは山崎さんをじっとりと見ていた。
それとは逆に新八くんは感心した面持ちで山崎さんを見つめていた。
「夜はよく僕が面倒見てますからね、夜泣き係です」
へへ、と笑った山崎さんもとても育児に協力的で私にとってはかなりの助っ人だった。

子供が夜泣きをした夜。総悟はその夜、夜勤の出動で不在。
そんな時に急に始まった夜泣きに皆が起きてしまうんじゃないかとアタフタしていると、そこに現れたのは仕事を終えた山崎さんだった。
たまたま部屋の前を通りかかったと言う彼は、静かに子供を抱っこするとゆらゆらと揺らし、あっという間に子供を泣き止ませた。
それからというもの、私よりお母さんらしい山崎さんには頼りっぱなしだ。

「もう屯所ではこの子の取り合いですからね、局長なんか最高潮にメロメロですよ」
人差し指を出した神楽ちゃんの指をギュッと握る赤ん坊は、紛れもなく総悟と私の子供だけど、それと同時に真選組のみんなの子供でもある。
こんなにたくさんの人に大切にされて、きっとこの子は愛情に溢れた子に育つと思うととても恵まれた存在だ。

「で、お前の本物の父ちゃんは何してんだ?」
銀さんも神楽ちゃんと同じように人差し指を握らせては楽しそうにしながら、赤ん坊に向けてそう言った。
「ここに居やすけど?」
「うおっ!」
銀さんの背後からスルリと出てきたのは気配を消した総悟だった。

「あれ、隊長も会議じゃないんですか?」
「近藤さん探しに来るフリして出てきたんでェ、俺には関係なさそうな話だったし」
「それ絶対後で副長に怒られるやつじゃないですか、サボりじゃないですか!知りませんからね!」
「安心しろい、適当にお前のせいにしとく」
「ちょっとぉぉ勘弁してくださいよー!それで本当に俺が怒られることになるんですからね毎回!」
そんないつものやりとりをしながら山崎さんと総悟が話しているのを見ていると、ふと総悟と目が合った。

「なあザキ」
「はい?」
「うちの息子、一時間だけお前に預けていいか?」
「え、あ、はい」
急にしおらしく頼み事をする総悟に万事屋三人もちょっと驚いていた。
「久しぶりに名前とイチャついてくらァ」
総悟は私の手を取るとさっさとその場を後にして歩き出す。

「そ、総悟」
「たまには二人の時間も必要だろィ」
そう言う総悟は半歩前を歩き、私の手をぐいと引いた。
「久しぶりにファミレスでも行ってなんか食いますかィ」
よく二人で行ったファミレスに向かう。
子供が産まれてここ何ヶ月かは来ていなかった。懐かしいと言うほどではないが、少し前とは状況が違うと思うと不思議な気分になる。
店に入ってよく座っていた窓際の席。
目の前には変わらず総悟が座って、まだ付き合っていなかった微妙な関係の時の事を思い出しては少し胸が熱くなった。

「いつも子育て、お疲れさん…」
私はメニューを見つめていたため、その言葉が放たれた時の総悟の表情を見れなかったのが悔しい。
それでも少し耳を赤く染めた総悟がとても愛おしくて、この人に選んでもらえて良かった、と深く思わされる。

「たまにはこういうのもいいだろ、山崎も子守り慣れてきた頃だし」
「山崎さん、ベビーシッターじゃないからね?」
「お前だって俺がいない時はアイツに頼りっぱなしなんだろ」
「……はい」
正直初めての事だらけで戸惑うことがたくさんある。
でも、一人じゃないってことがどれだけ心の支えになっているか。
真選組のみんなは本当によくしてくれて感謝してもしきれない程だ。

「ま、みんな好きでやってるし頼れるものは何でも使っとけ」
ふ、と笑う総悟を見てずいぶん穏やかに笑うようになったもんだと思うと、こちらも笑顔が伝染してしまう。
「ありがと、総悟のおかげで幸せだよ」
そういった私に目を見開くようにして凝視する総悟は、何言ってんだコイツ、みたいな顔をしていた。
「え、私なんか変なこと……言った?」
「……いや」
微かに溜息のようなものをして、手のひらで顔を覆う総悟はまるで呆れているように見えた。

「ヤベェわ、一瞬泣きそうになった」
覆った手で表情は見えなかったけど、この柔らかく穏やかな気持ちが少しでも総悟に届けばいいと強く願った。





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