猫の目に映る花



ビルの隙間から大きな火花の大輪が光った。
その大輪が総悟の大きな瞳にまるで鏡のように映る。
その瞳は全てを見透かしているようで、全てを吸い込んでしまいそうで。
現にこうやって私の全てを持っていかれたんだ。

「俺見てねェで花火見なせェよ」
そう言った彼と目が合うとその大きな瞳にまた心を奪われる。
「お前がここまで連れてきたくせに、さっきからこっちばっか見てんじゃねェよ」

総悟という目の前の男は、少年と言うには少し大人びていたが大人と言うにはまだ少々子供じみたところもあった。
私にとってそれもひとつの魅力でしかなくて、この先彼がどんな男になるのか楽しみでもあって、寂しさを感じる原因でもあった。



彼と出会ったのは初夏。
とある路地の片隅の日陰で休んでいた時に目が合って、こちらから近寄ったのが始まりだった。

総悟の指は心地よく私を撫でる。頬から首にかけてするりと撫でられるととても心地良い。
そしてその後、彼はいつも私を愛おしい者を見る目で見つめるのだ。

「ちゃんと見るのは何年ぶりだろうな」
ぼそりと呟いた小さな言葉はしっかりと私の耳に届いた。
大きな音がドンドンと体中に響く。私はこの衝撃が少し苦手だ。
だけど彼と一緒にいるとそんなものすら何とも思わない。

どうか少しでも目の前の彼と一緒に長く過ごして居たい。私にはそれだけだった。
彼の歩きそうな道をウロウロしては出会うのを待っている。
彼は私を見つけると必ず声を掛けてくれた。
いつもいつも私は彼の視界に入るために彼を探している。

「儚ないねェ、花火ってのは……」
空を見上げた彼の顔は見えなかったが、色とりどりの光が彼の淡い髪色に鮮やかに写っていた。
自分自身の命がまるで短いと言いたいかのように、花火の儚さに少しばかりセンチメンタルになっているのか。
それでも彼は私よりは長生きするだろう。
私はそんな彼に少しでも追いつきたくて、一日でも長く長生きするのに必死だというのに。

あなたの胸に抱かれるのが好きだ。
あたたかい懐、安心する匂いに満たされて抱きしめられる満足感、頭を撫でるその優しい手のひら。
頬擦りすればくすぐったいと笑うその笑顔も、可愛いと言ってくれるその声も、あなたの全部が私は大好きだ。

くっついて、頬をすり寄せるといつものように頭を撫でてくれる。
「お前は可愛いな」なんて言葉、きっと私だけの言葉だ。
彼がそんな事を普段口にしないのくらいは知っている。
だから私は余計に彼にのめり込む。
この微笑みも、誰にも見せない顔。私だけの顔。

花火の音なんか気にならないくらい彼の指は温かく、私を満たしてくれて私もただその温もりに甘えては穏やかな時間を過ごした。


あと何度、彼と花火を見られるだろうか。
来年は恋人なんかつくって私のことなんか忘れているかもしれない。
悲しくても私はそれを阻む力すら持ち合わせていない。
彼は彼の人生を歩んでいる。私とは全く違う人生を。
彼の人生の思い出にも、私はなれないのだ。


もし私が人間だったならば、彼のこの手を、今、握ってあげられるのに。

彼と一緒に空を見上げると、そこには大きな花火が覆いかぶさるように咲き乱れて目の前をいっぱいにした。
そして彼は私の頭を撫でては優しい顔をして笑う。




-end-


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