いちぺーじ



あいつは特別なんだよ。
そう言って俺はまともに口も聞いたことのない後輩であろう女に背を向けた。

校舎の裏に呼び出されるなんて喧嘩の時くらいだと思ってたが三年目の高校生活、喧嘩の数より今回のように女に呼び出されることの方が多かった。

高校最後の夏休みが終わり、またようやく無条件で名前と会える日常が始まった。
夏休みもまめに連絡を取り、何度か遊びに行ったし近藤さんたちを混じえてだったが花火大会やプールも行った。

二年から同じクラスになった俺たちはいつもセットでいる。そんな俺と名前は周りからは付き合ってると思われていた。
しかしながら何ひとつ約束事もしてなければ、お互いを好きだとか、付き合おうとかを言葉に出したことはない。
それ故に俺たちは微妙な関係のまま、この学生生活の貴重な一年五ヶ月になる期間を過ごしてきてしまった。

「総悟、また呼び出しされたのか?」
教室、隣に座ってる近藤さんはニヤニヤとしながら俺を見てきたが毎度のことだったので特に何も言わなかった。
「モテ男は大変だな〜」
「土方さんに比べたら俺なんか少ねェもんですよ」
「まあトシは相手がいないからな、あの顔でフリーなら期待持っちゃうよなー女子も」

土方さんは堅物で真面目、女に興味なさすぎて一部のファンからは男が好きなんじゃないかとか色々言われている。
当の本人は部活の剣道にのめり込んでいる為にそんな暇はないし噂についても放っておけ、としか言わなかった。
しかし三年はこの夏の大会で引退。それを狙ってか最近はまた女子たちが懲りずにチャンスと言わんばかりに色めき立っているようだ。

「総悟はいいよなー、名前ちゃんという可愛い彼女がいてさー」
「いや、だから何度も言うように付き合ってはねェですよ」
「でも仲良しだろ」
否定はしないが付き合っている補償がない為に何も言えないのが現状だ。

女友達と教室の向こうの方で喋っている名前をちらりと見ては、そんなことを思いながら先程の昼休みに校舎裏で告白をされた、もう顔も思い出せない後輩女に言われたことを思い出した。


「名前先輩と付き合ってるんですか?」
「……どうだろうなァ」
曖昧な解答をしたにも関わらず相手の女は怯むことなく言葉を続けた。
「もしそうじゃないなら私と付き合ってください!」
「付き合う、か……付き合うってそもそもどういうことなんでェ」

俺にとっての“付き合う”がいまいちピンと来ない。
毎日一緒に下校してファミレスとかカラオケ行くのか?だったら名前とよくやってる。
それが付き合ってると言うのなら、俺たちゃとっくに付き合ってることになる。

疑問形で返されたことに驚いたのか困ったのか、その女はどうしようと言った顔をして目を泳がせていた。
「えーと……特別、な存在の人と一緒にいることを約束する……とかでしょうか…?」
俺の取り留めのない質問に律儀に返してくるこの後輩女は、きっと悪い奴ではないんだろう。

「特別、か……」
ふーん、と俺が妙に納得するとその女は大きく息を吸って再度俺にアタックしてきた。
「あの!私、沖田先輩の彼女になりたいです!」
「あいつは特別なんだよ」
「え?」
妙に腑に落ちた。
俺にとってアイツはいつも無意識に特別だった。


「俺にとっての特別は近藤さんだ」
「え?!なに?!急にどうしたの総悟?!突然の告白?!」
女みたいにキャッキャして、照れ隠しなのか何なのかは謎だが近藤さんは一人ではしゃいでいた。

「でも、特別にも色々あるんですねィ」
そう言うと近藤さんは一瞬驚いた顔をした後にニコリと笑って何故か満足気だった。
「お前もそういうの分かるようになったんだな」
「分かったような口聞かねーでくだせェよ」
「言い方酷いっ!」

付き合ってはないが、名前は確実に自分にとっての特別だった。
ただ俺はそれを伝える術をまだ知らなくて、ずっと今まで足踏みをしていただけだった。

「そりゃあ前に進まねェ訳だわ」
そう言えば、近藤さんは残り少ない学生生活なんだから悔いのないようにな、と言い残しまためげずに志村姉のところに走っていってしまった。



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