流行りものはとりあえず君と。



「なんだコレ」
渡したものに変なものでも入っているような目で、ミルクティーの中に入った黒くて丸い物体を総悟は眺めていた。

「タピオカ」
知らないの?と言うと総悟は素直に知らねぇ、とだけ言ってなんの躊躇もなくそれを口に含んだ。
仕事柄得体の知れないものを疑いもなく口にするのはどうかと思うけど、自分が信頼されているのだと思うとそれはそれで嬉しいのは少々お門違いと言われるだろうか。
タピオカ片手に総悟が歩いているのを見るとイケメンが今流行りのタピってるとでも言うのだろうか、まさに映えるであろう構図。
なのにその被写体である人物が、流行りのタピオカの存在を知らなかったのだから少々驚きだ。

「もちゃもちゃする……」
子供のように頬を動かして一生懸命タピオカを噛んでいる総悟を見ると、この世で自分が一番幸せなんじゃないかと思う。
いや、間違いなく幸せだ。
「コレ、ミルクティーと一緒にする必要あんのか?」
「分かんないけど、これがいいんだと、思う……」
「お前も大概踊らされてんなァ」
「だって流行ってるなら経験しておきたいし!人気があるところは行っておきたいし!」
「俺はこの餅みたいなの、いらねェ」
「それただのミルクティーになるし……あと餅じゃなくてタピオカね」
文句を言いつつも飲み続ける総悟はどうやら満更でもないようだ。

「この団子、とっつぁんが飲んだら喉に詰まらせて死んじまうだろなァ」
ハハハ、と鼻で小馬鹿に笑う総悟を見て相変わらず恐ろしい事をサラッと言ってしまうのがなんとも彼らしい。
「団子じゃなくてタピオカね」


「それにしても女ばっかだな」
周りを見ればタピオカを持った女子たちがわらわらといてずいぶん賑わっている。
その中で異彩を放つとでもいうのだろうか、総悟が目立つことは必然だった。
ましてやこの顔なので余計に目立つのもあって、数人の女子たちがチラチラ見ていたりヒソヒソと色めきだっているのが見て取れるので、私自身は少々居心地が悪い。

「総悟って目立つよね……」
透明のカップの底にいる重そうなタピオカは、まるで今の私の本音だ。
言いたくても、濁ったミルクティーで隠されるようにその姿は黒くて沈んでいる。
しかし先程の発言が見透かされたように、彼は言う。
「そりゃまあこの顔が鼻の下伸ばして幸せそうにしてりゃ目立つだろうな」
どこからつっこんでいいのか分からないセリフについ笑いが出てしまう。
「総悟が鼻の下伸ばすとか想像できない」
ハハハ、といつまでも笑っている私を見て総悟も少し笑いながらストローに口をつけた。

「ほんと、いい男だね総悟って」
「知ってらァ」
当たり前だろ、と言う顔してミルクティーを喉に流し込む横顔はやはり整っていて、一体どんな両親から生まれたらこの顔が出来上がるのか、毎回気になって毎回総悟の両親に感謝する。
そしてこの総悟がどうして自分を選んだのか、たまに分からなくなる。

斜め前で女子二人が同じものを飲んでいて、その子たちのが遥かにスタイルが良くてオシャレで可愛い。なのに総悟は私の隣にいる。
もし、私ではなくてあの斜め前の可愛い女の子と総悟が出会っていたらきっとあの子と付き合っていたんだろう。と途方もないことを考え始めると気持ちが急降下してしまう。
いつも考えないでおこうとすることが、外に出ると目に付いてやたらと気になってしまうのだ。


「お前はさ」
総悟の声に現実に引き戻される。
「なに?」
「例えばあの、向こうの珈琲屋にいるデケェ男がいるだろィ」
総悟の視線の先には道を挟んでオシャレなカフェのオープンテラスにスラッとしたいかにも女性にモテそうな男性がコーヒーカップ片手に座っていた。

「先にアイツとお前が付き合ってたら、俺はどうすると思う?」
「えっと……略奪する?」
「自意識過剰かよ」
「ひどい!」
じゃあどうするの、と問えば総悟はニヤリとして私の手を軽くゆっくりと握った。
「っ……」
周りに人がいる場所で総悟がこんなことをするのは付き合い始めてから一度もなかったのに、まるで人が変わったかのように総悟は大胆にも握った手に指をすりすりとしては怪しく微笑んだ。

「簡単だろ、俺に惚れるようにすりゃいいだけだ、どんな手を使ってもな」
最後の一言が総悟の性格が際立っているというか、きっと本当に色んな手を使ってきそうなのが想像出来てしまう。
「それって略奪と何が違うの?」
「奪った訳じゃねぇってのが違うだろ、お前が勝手に俺に惚れて勝手に他の男と別れてくるんだからよ」
益々総悟らしいと思うと変に納得してしまう。ただそんなセリフは沖田総悟じゃないと許されないんじゃないかとも思う。

「お前が誰のもんでもなくて良かった」
まだ握られていた手に少し力が入った。
「そりゃ、まあ、モテた試しないからね……」
自虐的なことを言うと総悟はまたニヤリと笑って満足そうにする。
「モテたらモテたで被害者が増えるだけなんで良かったじゃねェか」
「私がモテなくて良かったね」
「間違いねェな」
鼻で笑われたって腹が立たないのはいつもの事だからだし、私が目の前の男に心底惚れてしまっているからだろう。

握られていた手を持ちあげられたと思ったら軽く総悟の唇が当てられる。
普段絶対やらないであろう行動に目を丸くして固まった私を見てさぞかし面白かったんだろう、眉を下げて微笑んで嬉しそうにしている。
回りの女の子たちがその行動を見ていたのか、一瞬それに色めき立った。
「ちょ、何してんのっ……」
された側のはずの私の方が恥ずかしくなって赤面してしまう。
当の本人はからかって遊んでいるのか、どこかウキウキしているようにも見える。

「お前が一番なんで、その辺はちゃんと自覚しとけよ」
サラリと言ったセリフに目眩すら憶えた私とは反して、総悟はその後、お前じゃなきゃこんな訳の分からない飲み物付き合わねェからな、と甘い言葉の後に軽く毒を吐く。

「もう、ほんと、甘すぎ……」
「確かにこのミルクティーは甘すぎだな」
総悟はケロリとして甘い飲み物を飲み干して、残ったタピオカをどうしたもんかとしかめっ面で眺める。
「……そっちじゃないし」





end




2020/06/24
西島ダオ

なんやかんやで流行りものに律儀に付き合ってくれそうな総悟くんのデレが書きたかった…



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