その鼻にかかった甘い声





一歩前進






総悟の声はすぐに分かる。
姿が見えないところでも、声だけ聞こえれば近くにいることが分かる程だ。

そんな声に毎回自分の名を呼ばれ、慕われ、懐かれ、相手にしてくれと言ってるように構って来ると、その存在はどんどんと愛らしいものになっていくのが人間の情ってもんだと思う。

「名前」
その声はいつしか何かを感じさせるような呼び方に変わっていた。
憂を帯びたような青、それでいて情熱の赤が薄っすらと混じったような。


「何をボーっとしてんだよ」
「え、な……なにが」
「何がじゃねェよ、お前さっきからうわの空だろィ、それ食べねェんなら俺にくれ」
「だ、だめ」
お昼過ぎ。ファミレスにて少し遅めのランチをとっていた私たち。
怒涛のランチタイムももう過ぎていたのか、他のお客さんはそれ程おらず、まばらだった。

「で、答えは?」
「だからダメだってば全部食べるから」
「オムライスの話じゃねェし」
じゃあなんの話?と私が続ければ総悟の眉間にシワが寄ったのが分かった。

「先日の件だよ、俺のもんになっとけって話」
「っ……」
「んだよ、三日も待たせて考えてなかったっつーオチかよ、待たせる方は呑気でいいなァ」
「ちっ!ちが!ちゃんと考えてたよ!」
「フーン、てことはだ、仕事中も俺のこと考えてたのか」
「ま、まぁ…」
「へぇ、そりゃたまんねェなァ」

相変わらず変なところで反応するのは総悟らしいと言うかなんと言うか……
口に入れたオムライスがなかなか喉を通って行かないでいた。
総悟のせいで二人のこの時間をいつものように穏やかに、そして安心して過ごせなくなっている事に気付く。

「そろそろ女の一人暮らしも飽きたろィ」
「え……?」
「俺が面倒見てやろうか?」
「ななななに言っちゃってんの!!」
「うちはいいぜ、年中無休二十四時間体制で警備されてるからなァ、セ○ム以上でさァ」
「そりゃそうだけど……」
「しかも隣に俺が寝てたら最強だと思わねェか?」
「なんで隣にいる前提なの?」
オムライスがなかなか喉を通らないために、スプーンでお皿の上のオムライスをいじっていると総悟にオムライスの端の方をひと口盗まれてしまった。

「バァカ、夫婦になったら床も一緒にしてもらうに決まってんだろ」
「真選組で暮らすの?」
「問題あんのか?」
ないっちゃないけど、あるっちゃある。
あんな男所帯に嫁に行くなんて問題大有りでしょうよ。

でも総悟の事だ。真選組の屯所から出て生活するなんて考えてもないんだろう。
なんせ愛しの近藤さんが居る訳だから、離れる訳にも行かないんだろうと思う。
それこそ近藤さんは最強のセ○ムをいつもそばに置いている状態だった。

「よし、そうと決まったらまず墓参りだ」
「ちょ、何、急に……」
「姉上に報告するんだよ、挨拶くらいしてくれんだろィ」
「あ、いや、うん、するよ、するけど……」

何だコレ。何で話が進んでるの?
私オッケーしたっけ?あれ?してないよね?
コレどのへんから付き合っちゃってる系?
なに?自然すぎて全く分からないんですけどぉぉぉ


結局残りのオムライスは半分総悟に取られ、ファミレスを後にした。
店を出るなり総悟は「手ェ貸せ」と言って私の手を握ると言うか、半ば強制的に掴んで歩き出した。
正直ドキドキはした。
でも、それは限りなく安心に近いドキドキだった。

総悟のそばに居ると何故かいつも安心していた。
一歩間違えば危うい子なんだろうけど、周りに居る人たちに恵まれたせいか、総悟は性格に歪みはあるものの信念には歪み一つない立派な人間だ。
随分年下なのにも関わらず、私は総悟のことを実際とても尊敬していた。

「名前、姉上にすぐ挨拶と言いたいとこだが墓はあいにく武州だ、なんでそれは後日里帰りと称した婚前旅行っつーことで行くとして、まず近藤さんに報告だな」
「なんか途中とんでもない単語出てない?なに、婚前旅行?」
「他のモンが手ェ付けねェように、俺がツバ付けたって事を隊士共に言っとかねーと」
「ツバって……」
「ああ、正確にはまだツバ付けてなかったなァ」

そう言った総悟は強引に掴んでいた手を更に強引に引っ張り、私の手の甲にカブリと軽く噛み付いた。
「いっ…!」
「俺、噛むの好きなんでその辺理解しとけよ」
変な性癖は持ってそうだと予想はしてたけど、まさかこんな公衆の面前で男に噛みつかれるとは。

内心、正直言うと手の甲に甘くキスでも落としてくれるのかと期待してしまった。
そうでなくても、舐められるくらいの予想はしていたけれどまさか噛まれるまでとは……
王子は王子でもドエス星の王子だと言うことを一瞬忘れていた自分に、乙女か!とツッコミを入れてやりたい。

「今夜はあけとけよ」
「……いきなり?!」
「俺にとっちゃあ“やっと”…でさァ」




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