「なんでオメーが居るんだよ」





やさしいオオカミ





「そりゃコッチのセリフですぜ旦那ァ、人の女借りるのに黙って借りるなんざ世の道理ってモンに反しやすぜ?」
「なに、貸し出しカードでもあんの?悪りぃ悪りぃ、今度からちゃんと記入しとくわ」
「んなモンねーよ、あってたまるかってんでェ、人の女を何だと思ってんですかィ」
「キミ、人の女人の女ってさっきから連呼してますけど!?名前ちゃんは元々みんなの名前ちゃんなの!それを今更俺のモン呼ばわりされてもねー?!つーか此処は大人の席なのよ?お酒の席なの!ガキはとっとと帰りなさい!」

仕事の後、万事屋に寄るはずだった予定は総悟の登場で大きく狂い、結局電話で銀さんに連絡をして集合場所を決めることになった。
もちろん総悟が参加することになってしまったのは銀さんには言うなと本人からのお達しで、結局行きつけである居酒屋に集合となり後から来た銀さんがすでに席にちゃっかり座っていた総悟に対してあり得ねぇだろ的な顔をしていた。

「心配はご無用なんで、ガキはガキでもザルなんであんたらよりはよっぽどイケるクチですぜ」
「だから余計嫌なんだよっ!!」
「銀さんごめんね……今日はワリカンでいいから…」
銀さんに申し訳ない気持ちもありつつ、総悟に対しても罪悪感が少し生まれた。
もし、これが逆の立場だったらと考えるとそりゃあ嫌な気持ちにもなるだろうと思ったからだ。
自分の浅はかさに少々反省してしまう。


そしてその夜は案の定、銀さんと総悟の一騎打ちの飲み比べが行われ、途中で参加した長谷川さんも秒殺でやられてしまっていた。
私はいつも通りの量でセーブしていたものの、周りのペースが早かったためか自分のペースが途中から分からなくなり、酔いもかなり回って来ていた。
気付くとフラフラと家路を行く体を総悟が支えてくれている状態だった。
酔った頭では、総悟が一番飲んだはずなのになぁと考えながらも口に出せる程頭は冴えていなかった。

「飲みに行くなって行った矢先でコレとは、先が思いやられるねィ」
「その辺……これから、総悟の言うこと聞かなきゃ、ダメなの…?」
酔った頭でちゃんと話せているか不安ではあったけれど、とりあえず言いたいことはこの際言っておこうと思った。

「聞けって言ったらどうすんでェ」
「そういう方針、なら……やめとく」
「やめとくって、別れるって事かよ」
「別れるも、何も……付き合ってる感すら、特に無い」
「…言ってくれるねィ」
頭ではあまり言ってはいけない言葉だと分かっていつつも、お酒の入った今では頭より先に口が出てしまう。

「総悟、何考えてるか、分かんない」
「お前の事ばっか考えてまさァ」
「そういうとこね……本心が見えないし」
「ずいぶん軽く見られてんだなァ俺は」
総悟は優しかったりそうでなかったり、人に興味がないかと思えばこうやって干渉してきたり。
一言で言えばよく分からない。
友人で居る時は少なくとも総悟の事はそれなりに理解していたつもりだったのに。

歪んだ性格も、素直じゃないところも、本当は真っ直ぐなところとか、普段は普通の少年だと言うこととか。
自分の事を殺人鬼呼ばわりしたり、色んな葛藤があって今の仕事をしていて、剣の道に至ってはストイックなのに心はわりと繊細でナイーブだったり。

少し私に依存していて、オモチャのように扱われていたと思ったら急に大事にされてたりして、その危うさは歳のせいなのか本質なのかはまだ分からない。
けれどその危うさも理解して今まで友人として良き仲を保ってきたのだ。
その関係が恋人関係に発展した途端、急に不安定になったような気がするのはきっと私だけが感じている訳ではないと思う。


「逆に聞くけど、お前はどうやって男に口説かれてェんでェ」
「うーん、どうだろ、初対面でハッキリ“タイプです”って言われてみたいなー」
「んだよソレ、すっげぇ嘘くせェ」
「女は結構、こういったストレートなのがいいのー」
「俺だって充分ストレートだろ」
「総悟のは何か違う、初対面でもないし」
「だいたいなぁ、男の言う口説き文句の本音は大半“ヤらせてください”って意味だって事に女は気付いてねェんだよ」
「ちょっとぉー、身も蓋もないこと言わないでよー」
「男はやっちまえばコッチのもんだとしか思ってねェよ、それに比べて俺はどうだ?付き合った後でもこうやって口説き倒してんだろ」
「そりゃあまだ、やることやってないからでしょ」

十月の冷たい夜風に吹かれてドンドンと酔いが冷めていくのが分かる。それでもまだ思考は追いつかないままだった。
それなのに口から出る言葉は本音ばかりで、いけないと思っていても普段の不満やら思いの丈が出てしまう。

「んじゃ、やることやっちまいますかィ」
「じょ、冗談だってば!例えばの話っ!」
「俺はヤっちまった後でも、ちゃんとお前を毎日口説いてやるって証明してやるよ」
支えられていた体が反転。
私より少し高い身長が体を支えつつ、真正面に向かされる。少し上にある総悟の顔が、秋の大きく明るい月に照らされて、より一層その綺麗な顔が際立った。

「だから、さっさと俺に惚れちまってくだせェ」
「そ、そうっ…ご…っ」
最近知ったその細身ながらも逞しい腕に腰を抱かれ、後ろに引くことも出来ずにそのまま唇を奪われる。

ほんの何日か前まで、こんなことになるなんて一体誰が想像しただろうか。
色んなことが頭をよぎり、ついに総悟と男女の仲になってしまったのかと、熱を持った体とは逆に頭は妙に冴え渡っていた。

「…っ」
「さて、続きはお前の部屋に帰ってからゆっくりしやすか」
唇が離れるや否や、手を掴まれてさっさと歩き出される。
余韻も何もあったもんじゃない。本当に唇を奪われたと言うだけだ。

「も、もうちょっとムードとか、ないわけ?!」
「俺ァまだまだ青二才なんで、今はムードより勢いなんで」
「私はそんな若くないからその勢いについていけないんですけど!」
「心配すんな、なるだけフォローしてやりまさァ」
「な、なんのフォローですか!?」
「かまととぶってんじゃねェよいい歳こいて」
「うっさい!!一言多いわ!」

総悟の早歩きに強引についていかされると、あっという間に自分の家である長屋に到着していた。
心によぎる「どうしよう」と言う気持ちが総悟に伝わったのか、総悟は私の鞄を奪うと鍵を探し始めた。

「色々考えちまったが、とっとと俺のモンにしとくべきだったなァ」
そう言いながら鍵を取り出してガチャリと部屋の鍵を開ける。
ドアを開け私の背中を軽く押し部屋に入れると、その後ろから総悟のあたたかい体温を感じ、それと同時にドアがバタリと閉まる音がした。

「総悟……っ」
「覚悟なら布団の中でしろ」
総悟は靴を、私は草履を脱ぎ捨てるように部屋に上がりそのままベッドへと一直線。
やけにひんやりした部屋に、ベッドが二人分の重みにぎしりと鈍い音をたてた。

「そっ総悟!お風呂…っ」
「こんな時に何言ってんだ」
「私っ仕事した後だし!」
「俺だってそうですぜ、別に気にしねェから安心しろ」
こっちが気にするんですけど!と言いたかったのは山々だったけれど、薄暗い中で総悟の吐息が妙に色っぽくてそんな事を言う雰囲気で無い事を嫌でも察してしまう。


「名前……」
この声に囁かれて落ちない女なんているのだろうか。
そんな甘い鼻にかかった声は体全身にビリビリとしたものを感じさせる程の威力だった。

「俺の独占欲とか支配欲とか、そういうモンもちゃんとこれから理解してくだせェ」
「分かってる……よ」
「どうだかなァ、今まで通りフラフラされてたんじゃ俺の身が持たねェ」
「フラフラしてる自覚、ないんですけど」
「だろうな、天然だから余計タチが悪りィ」
総悟は至近距離でクスリと笑い、その笑みは今まで見たことのない自然体な素の総悟だった。

こんな顔をするんだ、といつしか考えた“総悟はどうやって女性と付き合うのか”とか“どうやって女を口説くのか”などの疑問がここで解消される。
きっと誰も見たことのないであろう総悟の姿。土方さんあたりが見たらきっと驚くだろうな。


「努力はするけど、あんまり束縛されるのは好きじゃないんだけどね」
「束縛するつもりはねェよ、ただ常に俺のモンでいろって事が言いてェんでさァ」
「束縛とどう違うのソレ」
「そのうち分かりまさァ」

そう言った総悟はまたキャラに似合わない程の優しい口付けを落とし、私は新しい総悟の表情や仕草にいちいちドキドキしてしまうのだった。








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