「やっべェ、こりゃすっげェ遅刻だ」





男はやっぱりオオカミ





その日休みだった私とは違い、いつものように朝から仕事らしい総悟は明らかに遅刻であろう時刻に一緒に目を覚ました。

「ま、いいや」
「コラコラコラ!良くないでしょ、二度寝しようとしない!」
「なんでェ、初夜を迎えた朝だってェのにムードもなんもねェな」
私の部屋の狭いベッドに裸のまま。私たちは昨日ついに一線を越えてしまった。
朝起きて照れはあったものの、いつもの調子で話してしまうのは友人期間がわりとガッツリ深かったからだと思う。

「ちょっ!み、見ないでよ!」
布団を捲って覗き込もうとする総悟を制止しようと暴れていると、彼は無邪気に笑っていた。
総悟ってこんな顔だったっけ、と体を重ねたせいか全てが新鮮に見えてしまう。

「昨晩は散々色んなとこ見たんだ、今更恥ずかしがることもねェでしょ」
「そういう問題じゃないの!」
「あー、思い出したらおっ勃っちまった」
「バッカ!とっとと起きて仕事行きなさいっ!」
「用が済んだらちゃんと行きやすよ」
そう言った総悟は布団に潜り込むと私の体をまさぐりだした。

「ちょっ、ちょっと!」
「五分で終わらせるんで」
「なっ…!なに、を…」
正直、年下だと思ってナメていた部分もなくはない。
年の差はひとつやふたつではないのだ。
それなりに人生を重ねてきた私と、まだまだ青春を謳歌している最中の年齢である総悟とは、経験とか諸々で多少なりとも差があるはずだと思っていた。

しかし、経験に勝るものが総悟には天性で備わっていたのか、それとも実はこの歳で経験がかなり豊富なのか、彼は何故かとてもそう言った行為が手慣れていたのだ。
若干複雑な気持ちにはなったけれど、それを考える暇もない程の時間を昨夜は経験してしまった。

「や、そう…ごっ……」
「思ったより感じやすい体で良かったわ、ずいぶん御無沙汰みたいだったんで鈍かったらどうしようかと」
「…っ…」
やめさせようと思っても総悟の敏感な指から逃れられず、結局快楽を求めてしまう。

総悟に愛されていると分かってから、男として見るようになった。
男として見るようになった瞬間、好きだと言う自覚が徐々にだが芽生えてしまった。
我ながら単純だとは思うけれど、好かれて嫌な気はしない。ましてやそれが居心地の良い相手なら尚更だ。

「名前っ……」
「ちょ…っと、まって…!」
指を引き抜かれたと思ったら、総悟は覆いかぶさるようにして体重を重ねて来る。
それと同時に下腹部に圧迫感。
総悟が息を詰め、ベッドが昨日のようにギシギシと低い音を立て始めたとほぼ同時に、タイミングがいいのか悪いのか総悟の携帯が鳴った。

「…総悟っ……ケータイ、鳴ってる…」
「……クソ、こんないい時に誰でェ…」
ベッドの下に脱ぎ捨てられた隊服の上着。それに手を伸ばしズルリと引きずり寄せると、器用に片手だけで胸ポケットから携帯を取り出した。

「そ、総悟…」
「ちょっとだけ黙ってろ」
人差し指を立ててシィ、と言うと総悟はそのまま携帯の通話ボタンを押した。
この状況でどうして電話に出るのか抗議したかったのに、今の状況ではおとなしくしていた方が自分の身のためのような気がした。

「なんですか土方さん」
とてもダルそうな口調で電話口の相手である土方さんに話し掛けている総悟は、上から私のことを一度だけチラリと見るとすぐに目を逸らした。
「あー、寝坊です、昨日ちょっと張り切りすぎちまって」
電話口からは怒鳴っている土方さんの声がかなり漏れていた。
「いや、今名前の家なんで」
平然と総悟はそう言うと、電話口の土方さんの声が急に聞こえなくなった。

「シャワーだけ浴びたらすぐ行きやすよ……え?じゃあ何ですか、このまま女の匂いさせてってもいいんですかィ、俺はいいんですがねェ、他の隊士共がどう思うか……」
心なしかニヤニヤしながら電話片手に話し続ける総悟を下から眺めていると、一瞬腰を動かされて体がビクリと反応してしまう。

「っ……」
「三十分したら行きやすよ…っ、あーやっぱ四十分……いやいや、その辺は察してくだせェよ土方さん」
「や、やめ…そうっ……ごっ…」
電話するか事を中断するかどっちかにしてくれ!と頭では思っていても体が言うことを聞かない。
たった一晩でこんなに総悟の言いなりになってしまった自分の体が少し憎い。

ピ、と通話終了ボタンを押した総悟はベッド下にまた携帯を捨てるように投げ、私に体重をかけてくる。
「ったく、どこまで俺のジャマしてくれんだあのクソ土方…っ」
ギシギシとベッドが音を立て、それと同じように私の口からも淫らな声が出てしまう。

「やべェな……今日は本気で仕事行きたくねェ」
やはり総悟は若い、の一言に尽きる。
体力もあれば気力もある。
昨日夜遅く帰って来て運動をして、朝起きてまたこんな運動をしているのだ。
私はきっと総悟が仕事に行った後、シャワーを浴びることなくまた二度寝してしまうんだろう。
そう頭の片隅で考えていると総悟に“集中しろ”と言われ、また快感の渦へと引き戻された。



「んじゃ、行ってきまさァ」
「あ、うん……」
「あー、そのままでいいって」
情事後、総悟がシャワーを浴びている間、私はやはりベッドの中でうつらうつらとしてしまっていた。
そんな中、総悟は髪を乾かしサクッと仕事の支度をしていつでも出れる状態になっていた。

ベッドに腰掛け、横になって項垂れたままの私の頭を軽く撫でてくれる。
「今夜は仕事で来れねェんで、明日の晩な」
「…うん」
なんともまぁその歳で女のツボを知っていると言うかなんと言うか。
十八の男子に頭を撫でられてこんなにときめく二十代後半もどうなんだと、少し自分自身にツッコミを入れたくなってしまった。

「いってらっしゃい…気をつけてね」
「……」
「…え?なに…どーしたの?」
総悟はジッと私を見たまま文字通り固まってしまっていた。何も変なことは言ってないつもりだったけれど、何が気に障ったのかと心配になる。

「もう一回、言って」
「な、なんで」
「生まれてこのかた、見送って貰う人なんて姉上以外いなかったもんで」
固まっていた総悟の顔が、一瞬切なそうな表情をした。
「こんなのでいいなら、何度でも言ってあげるけど」
本当に、何度だって言ってあげる。
何度だっていってらっしゃいと言って見送ってあげる。こんなことでいいなら毎日だって。

お姉さんであるミツバさんを失って、天涯孤独の身となった総悟は真撰組の皆に支えられている。
そしてそこに、限りなく頼りないけれど私も支えになれたらといつの間にか思うようになっていた。
その気持ちは友人期間を経て、今こうやって徐々に愛おしい存在になっていっている。

「裸ってのがまたそそるねィ、今後もそれで頼みまさァ」
「……早く仕事行け!!」




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