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蝮は夜明けの夢を視るか

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白いシーツに包まれつつ、寝台の上に身を起こした黒岩はゆっくりと思考を巡らせている様だった。ホーソーンは、手元の水差しからコップに水を注ぎ入れながら、ジッと其の様子を観察している。

『組合…ね、そうか』

頼り無い華奢な顎に、細くしなやかな指先を添えて、少し掠れた声で呟く黒岩はさながら絵画の様だ。部屋の反対岸の壁に寄りかかり、ホーソーンの背中越しに黒岩の姿を覗き込むミッチェルの表情は、困惑の様を呈していた。

『ホーソーン牧師、…僕が此処に来てどの位経ちますか』
「丸二日寝ていました。…此方の水をどうぞ」
『二日…、ありがとうございます』

差し出された水を、何の躊躇いもなく口にする黒岩。こくこく、と動く白い喉元を見たホーソーンは堪らず、声を掛ける事となる。

「な、…少しは疑ってはどうです?」
『?』
「私のことを、です。敏腕の情報屋ともあろう者が其れで良いので?どうやら自ら進んで此処に居る訳では無いのでしょう?」
『ええ…、ですが、疑う必要性を見出だせなかった、と言う回答では不服ですか?』

最早焦りのような感情を垣間見せつつ指摘して来るホーソーンに向け、其の長い睫毛に縁取られた藤色の瞳を丸く開いた“きょとん”とでも言うような表情で答える黒岩。細い指を、グラスに付いた水滴がつ、と流れた。

「……、」
『…とても良く冷えた水です。2日も眠っていた僕にとっては必要不可欠。其れに、何時目覚めるかも分からない僕のために新鮮で冷たい水を準備し続けることもかなりの手間だったことでしょう。』

僅かな沈黙の後、黒岩は穏やかな微笑みと共にそう言った。ホーソーンは瞬きを一つして、困ったように米神を抑えた。

「……、貴方、随分可愛らしいのね。」
「お止めなさい」
『?、』

そんなホーソーンの代わりにミッチェルがするりと出てきて、言った。ホーソーンは何処か呆れを感じさせるような険しい表情で嗜めるものの、ミッチェルには何のダメージもないようだった。

『ずっとホーソーン牧師の後ろに居らしたので、僕とは話したくないのかと』
「貴方を観察していただけよ。」
『ふふ、そうですね。マーガレット・ミッチェル嬢。』

照れ隠しなのか、僅かに顔を背けツンとした表情で“観察”と歯に衣着せず言ったミッチェルに、黒岩は少し笑って答えた。

「ミッチェル。もう少し品のある言葉運びをしてはどうです」
「なっ…、煩いわね」

淡々とミッチェルに指摘をするホーソーン。其の様子が余りにもテンポ良く進んで行くので、黒岩はふと溢す。

『…、仲が良さそうで何よりだ』
「まさかっ」
「そう言うわけでは…」

言葉への二人の反応を見ると、藤色の瞳を更に柔らかく細めた。穏やかな雰囲気で会話が進んでいくのに身を任せていた黒岩が、小さく“あ、”と呟く。小競り合いになりかけていたホーソーンとミッチェルが、黒岩を振り返ると、其の左手の指先は自身の耳朶に触れていた。

『そう言えば、僕の耳栓を知りませんか?』
「耳栓、ですか?私はお預かりしていませんが…」
『そうですか――なら、仕方がないですね』

困ったような笑顔を見せる黒岩は、少しだけ沈黙した後、

『フィッツジェラルド氏にはお目にかかれますか』

と切り出した。フィッツジェラルド氏―――もといフランシス・フィッツジェラルドは、ホーソーンやミッチェルが所属する組合の団長であり――――不本意ながら黒岩を此の場に連れてきた張本人である。

「フランシス様なら、執務室にいらっしゃるかと。動けるようでしたらご案内しましょう」
『とてもありがたい申し出ですが、急に僕が訪ねても良いのか…』
「問題ありませんよ。元より、目が覚めたら報告、若しくは連れてくるよう言われていますから」
『それならば、お願いします』

返答するなり黒岩が寝台から立ち上がろうとすると、案の定、グラりと傾く身体。ホーソーンは其れを見逃すことなく、自然な流れで手を差し伸べて、黒岩の二日振りの起立に手を貸した。其れでも僅かにぶれる重心に、足元をぐらつかせていれば、ミッチェルはやきもきした様子で述べる。

「ちょっと、大丈夫なの。報告で済むなら、其れだって良いじゃない。ふらついていて危ないわ」
「…余り喜ばしいことではありませんが、此ればかりは同感ですね」
「何ですって?」
『ふふ、大丈夫。ホーソーン牧師、此のままフィッツジェラルド氏の所まで手を貸してもらえると助かるのですが…』
「もちろんです」
「もう…、気を付けるのよ」

ミッチェルのそんな言葉に、はい、と微笑んだ黒岩が答えると、ホーソーンはゆっくりと歩を進めて部屋を出ていった。

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