◎10 : 傷口
夜間でもポケモンセンターが開いてるとはつゆしらず、一晩部屋で過ごしたあたしは布団もかぶらず服も着替えずそのままで寝ていたらしい。
お腹にはヒトカゲ…ううん、紅霞が寝ている。苦しい。
それにあたしは翠霞を抱いて寝てたらしい(いい匂いだからね)
ふとんをかぶらなくてもほかほかだった。
ポケギアを手探りで探せば6時半を記していた。勿論朝の。
お風呂にでもゆっくり浸かろうと思って紅霞をゆっくりとベッドに降ろした。
どうやら起きなかったみたいですやすやと寝息をたてている。無防備だなぁ…。
お風呂のスイッチを押してから腕に巻かれた布をとった。
随分血が染み込んでいて、こんなに切っていたのか、と改めて傷口を見る。
「痛々しいなぁ…消毒、ないかな」
すっかり自分が怪我をするとは思っていなくて、ポケモン用の薬しか買っていない。
部屋から静かに出て朝から忙しそうなラッキーさんに声をかけた。
「あの、おはようございます。人間用の消毒液はありますか?」
『
あら、夕べの方…?消毒液ですね、こちらですわ。』
「ありがとうございます」
礼を言えば、目を少し丸くされた。そういえばポケモンと喋ってたんだ。
少し自重しなくちゃなぁ…とあたしが眉尻を下げれば、『
ビックリしましたわ…てっきり、聞こえてるのかと』とラッキーさんは呟いて案内してくれる。
言えばよかったのかもしれないけれど、あまり広がるのもよくないよね。
極力はバレないようにしないと、研究室に閉じ込められたりとかするのかも…!
独り青ざめているうちにラッキーさんとぶつかった。考え込んでいたらしく、少し謝罪したら笑ってくれた。
『
こちらが消毒液ですけれど、よければ処置いたしますわ』
「あ…えっと、処置は、これからお風呂に入りたいから…生身だとやっぱり痛いですよね」
『
まぁ!なら防水シートを上から貼らなければ!
それよりもひどい傷ですわ、放置していただなんて!それにこの切り傷!
あなた自分でやったんでしょう!!』
すごい剣幕でラッキーさんに怒られて(でも怒られてることに気付いちゃだめなんだ、頑張れあたし)曖昧に笑うとテキパキと処置してくれた。
そういえば人間用の病院ってあるのかなぁ…もしないとしたらこの世界の人って病気知らず、とか?
でもシルバーくんの顔色、なんかあんまりよくなかった。(よね?)
処置が終わって防水シートまで貼られたあたしはラッキーさんに頭を下げて部屋に戻った。
2人ともまだ寝ているようで、服を四次元鞄(見た目はただの鞄みたいだけど!)から取り出してバスルームに直行した。
防水シートのおかげで水が染みる痛みはなかった。
ある程度動かすのに差し障りはあるけれど、なんとかなるか。利き手じゃないもんね。
お風呂は熱く、頭を覚醒させるには丁度良い温度だった。
服を洗濯機みたいな機械につっこんでおけば明日の朝までには多分乾いてくれるはず。
アイロンにかけられたようになる乾燥機は一体どういう仕組みになってるのか気になる。
こういう家電製品もウツギ博士とかオーキド博士が研究してるんだろうか…
そんなことを考えながらハナノさんに買ってもらった服に着替えてさっさと出ると、2人ともゆっくり起きだしていた。
実はこのときの2人の顔がすごく可愛いんだよね、小動物みたいで…!
(小動物なのだろうか、基準がわからない…)
『
起きてたなら起こせよ…おはよ』
「おはよう紅霞、翠霞は・・・」
『
あとさんじゅっぷんん…』
『
ンなに待てるかよ』
べち、と痛そうな音がして翠霞の顔に紅霞の可愛い手が落ちた。
(戦闘時になるとあの小さな指から爪がでてくるんだよ!)
痛い!と泣きそうな声で怒る翠霞に、『
やっと起きたか、これだからガキは困る』と手を払う。
ああ、また喧嘩が始まりそうだ、とひとつため息をついてキッチンに行く。
トーストを焼きながら中々順調に歩けてる、と思う。
実際はもっとはやいのかもしれないけれど…あたしのペースじゃ順調そのもの。
運動不足ではないほうだと思っていたけれどそれでも旅というのはきついものなんだなぁと思う。
最近現実世界での日課を行っていないからかもしれない、けど。
「あ」
トースト、少し色黒さんになってしまった。
あたしがその上にマーガリンを乗せて食卓に持っていけば、ちゃっかり自分のサラを用意して座る2人。
ポケモンフードをよそってあげれば、ちらり、とあたしのトーストを見る。
『
ねぇヒスイ、どうして僕らはいつもこれなの?』
「え?だって、健康になるんじゃないの?」
翠霞の疑問に疑問で返してしまうのはあれだけど、ハナノさんがやってるからてっきりそういうものだと思ってた。
でも別に人間のご飯を食べても問題ないのかな…。
後できいてみるよ、と言ったら少し、翠霞は頬を膨らました。
『
僕だって、毎日同じものは飽きるよ…』
『
…そうか?』
『
……僕はヒスイと同じのがいいの!』
苛々と声を荒げる翠霞に、あたしは苦笑する。
うーん…まぁ、身体に害がないならあたしと一緒でもいいかな。
ポケモンフードのほうが安上がりだけど、一緒に食べてるのに皿にのってるものが違うのは寂しいし。
翠霞は反抗期なのかなー、と2人の喧嘩(というよりは単なる言い争い?)を横で聞きながら苦めのトーストを一口かじったときだった。
コンコン、と軽いノックが聞こえてドアのほうに行く。
開ければ先程のラッキーさんが立っていた。包帯とガーゼと薬を持って。
『
とりかえに来ましたわ。防水シートはかぶれやすいですから。
まぁ、お食事中でした?』
「取り替えてくれるんですか?どうぞ、入ってください」
わざと聞こえないフリをして中に通せば、翠霞がこくり、とあたしに向かって頷いた。
恐らくは紅霞から聞いた…か、予想していたのか。あたしに安心してという合図だと思う。
2人はそのまま食事を続け、何か話し出す。
まぁ、とラッキーさんがあたしの隣に座って処置を始めた。
『
こんなにひどい傷…女の子なんだから気をつけなくちゃいけませんわ!』
「そんなに痛くないんですけどね」
ちょっと見た目が、グロテスク?とあたしが笑うと渋い顔をしておでこを叩かれてしまった。
あ、とあたしが声を上げるとラッキーさんの視線が少しだけあたしのほうに向いた。
忘れないうちに聞いておかなければ。
「あの、ポケモンって人間のご飯は食べちゃいけないんですか?」
『
ポケモンフードが身体にベストに作られているだけであって、害があるわけではないですわ。
ただ、人間の食事がそもそも偏っていますと、害も出てくるのですが…』
それを聞いた翠霞が大袈裟にジャンプして喜んだ。
ああ、そうか、こういう反応を見ないと普通の人はポケモンの言いたいことを理解できないんだ。
なんだか面倒だなぁ、と思いつつ「良かったね」と翠霞の頭を撫でてやる。
処置が終わってすぐにラッキーさんが立ち上がったため、ドアまで送ることに。
「ありがとうございました、ラッキーさん。今日はここに戻ってくるので部屋をこのままにしていていただけますか?」
『
ええ、心得ましたわ。部屋はとっておきます。
どちらにお出かけになられるかはわかりませんけれど、女の子なんですから怪我にはお気をつけてくださいませ!』
ぷりぷりとラッキーさんが多少怒りつつ廊下を歩いていった。
なんともいえない可愛らしい姿に多少心をほっこりとさせたあたしは、部屋にもどってトーストを胃に詰め込んだ。
「2人ともありがとう、助かったよ。」
『
へへ、僕ナイスアシスト!でしょ♪』
「うん、ありがとう、翠霞。」
よしよし、と頭を撫でて必要最低限の荷物を用意する。
腰にベルトができない服なため、太ももにベルトを無理矢理くくりつけた。
どうせふたつしかないし、ボールから出してることの方が多いんだからいらないかな、とも思うけれど…
もし動けないほどの大怪我をしたとき、ボールにいれたほうがはやくポケモンセンターに戻ってくることができる。
その点を考えたらやっぱり多少不恰好でも持っていかなくちゃね。
軽くなった鞄に食べ終えた2人とポケモンセンターを出る。
袖がほとんどないため、包帯が目立ってほんの少し視線が痛い。
『
…さっき、処置みてたけど、痛そうだね』
「そう?見た目だけで、そんなに痛くないよ」
大丈夫だから、とあたしが言えば渋ったように歩き出した。
普段甘えたり抱きついてきたり体によじ登ってきたり(…)する翠霞が今日は大人しい。
多分、あたしの腕を気遣ってくれているんだろうな、と思うと申し訳なくなった。
『
モタモタしてんなよ。遺跡、行くんだろ。』
「あ!」
『
もー、紅霞!』
すたすたとあたしたちと距離を置いてしまう紅霞だけど、翠霞の『
急に運動すると出血するかもしれないんだから、考慮しなよ!』という一言に途端に足を止める。
まぁ紅霞の言うことも最もだし、遺跡に行かなくちゃ。
キキョウシティの古い町並みを堪能しつつ、あたしの足はアルフの遺跡へと向かった。
09.10.19
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