02 : 出逢





あれから数日、オーキドさんはワカバタウンを出たらしい。
あたしはハナノさんのお手伝いを日課としているけれどあまりポケモンたちに懐いてもらえていないと思う。
無理もない、彼らは人間たちに傷つけられ捨てられたポケモンだ。
ハナノさんがお世話しているのは、そういったポケモンたちのこと。

そう、彼、ヒトカゲくんもそうだった。(やはり男の子らしい)
体中にできた傷はその名残で、片目は、ヒトカゲの群れにいた際にやられたらしい。
他のヒトカゲよりずっと深い赤色をしているためだそうだ。

こうして話してくれているのはヒトカゲくんだけだ。
勿論他のポケモンはあたしがポケモンの言葉を理解できているということは知らない。
そのためか、ヒトカゲくんは色々なことをあたしに教えてくれた。

彼らは新参のヒトカゲくんを良く思っていないこと。(仕方ないよ、その性格じゃあね)(悪い子ではないと思うけどさ)
ハナノさんが苦手なこと。どうも、無償で世話をする彼女の性格がむず痒いみたいだ。
この街のウツギ博士のこと。良く顔を出すらしい。研究のため、とか言ってるみたい。

彼は最高に上から目線だったが(…)、なんだかんだで新参のあたしに親近感のようなものを持ってくれている。と思う。
ハナノさんは「ヒトカゲ、私には懐かないのに…ヒスイちゃんはすごいのね!」と笑ってくれた。テキトーに笑って流したのは記憶に新しい。


『おい、今日は研究所に行くんじゃなかったか?』

「あ、そうだった。今日はあっちのお手伝いだねー。」


あたしはハナノさんが用事のない日、つまり、買い物だとかしない日は研究所のお手伝いをしている。
ウツギ博士はオーキド博士(さん、って慣れなくて)に色々あたしのことを聞いたらしい。
9割がた間違った物語を植えつけられたウツギ博士によくしてもらっているのだ。

ヒトカゲくんもついてくるというので、朝食を済ませて研究所に向かった。
ゲームの中では狭いのに、実際はやたらと広いワカバタウン。きっと大都会はもっと広いんだろう。
外は田舎の風景が漂っているのに研究所に一歩踏み入れると近未来的な機械があちこちにある。
一体何に使うのかさっぱりわからないものが多いが、あたしは書類を整理した後掃除をすればいい。


「おはようございます、ウツギ博士。」

「おはようヒスイちゃん!今日もよろしくね…っと、そのヒトカゲはヒスイちゃんのポケモンかい?」

「えっと…は、ハナノさんに頼まれて、散歩中がてらに連れてきたんです!」


勝手についてきたと言われればヒトカゲくんが帰されるので、苦し紛れに言い訳してみた。
ウツギ博士はそれ以上関心がないみたいで、そっかそっか、と聞き流してくれた。
(『ペット扱いするんじゃねえよ』とヒトカゲくんは文句を溢してた)

書類を助手の人と手分けしてファイリングし棚へと並べれば、元気な声が聞こえた。


「ちーっす。ウツギ博士!」

「やあ、ヒビキくん。よくきてくれたね!」


ヒビキヒビキ…はて、誰だったか。ぼけーっとヒビキと呼ばれた少年の方を見るが、ウツギ博士の背に隠れて見えなかった。
ふと、その背がくるりとまわって彼の顔が見えた。ああ、主人公くんだ。
あれ?ゴールドとかシルバーって名前じゃなかったっけ…別のデフォルトだった?


「ヒスイちゃん、こっちにきてー。」

「あ、はい。この書類よろしくお願いします」


助手さんに整理しかけていた書類を渡すと、あたしはウツギ博士のところに歩いていった。
ふとヒビキくんを見ればあたしを見て…いや、凝視?というのか。していた。


「ヒスイちゃん、この子はこの町に住んでる新米トレーナーのヒビキくん。
 まだ旅には出たりしていないんだけどね…そのうち出る予定だって。」


ウツギ博士の紹介もほどほどに、あたしはとりあえず頭を下げた。


「訳あってハナノさんのお世話になってます、ヒスイと申します。どうぞよろしくお願いします。」

「お、オレ、ヒビキ!よろしくっ!!」


がしり、と手を掴まれてぶんぶんと振られる。あ、握手か。痛いけど。
途端マリルにどすっ、と体当たりをかまされてちょっとヒビキくんはよろけた。


ちょっと!女の子相手なんだから加減しなさいよ!

「なんだよマリル〜、オレなんかしたか?」

痛がってるじゃない!


お姉さんなんだろうか、このマリルちゃん。ヒビキくんはやっぱりマリルちゃんの言葉はわからないみたいだった。
ウツギ博士だってそうだ、「妬いてるのかなぁ」なんて言いながら笑ってる。
聞こえないフリをするのがベストなんだろうけれど、かばってくれたマリルちゃんの頭を撫でてこっそり2人に聞こえないように耳打ちした。


「大丈夫だよ、ちょっと痛かったけど。ありがとね」

私の言葉がわかるの!?


マリルちゃんはひどく動揺して目をまん丸にしたが、あたしは口に人差し指をあててウィンクした。
よくいう「秘密だよ」のポーズである。(たぶん)

にしても羨ましい。こんな可愛いし優しいパートナーがいるヒビキくんは幸せ者だ。
まぁ多少マリルちゃんは彼に厳しいところもあるけれど。
その後軽くお話をしてヒビキくんと掃除を再開した。


「なぁ、ヒスイってポケモンいないの?」

「持ってない、よ。」


曖昧に答えた。だって首から下げてる(外そうとしてもとれなかったのだ)アンノーンからもらったこのペンダントはアンノーンではないらしいのだ。
まったく反応しないというわけではないけれど、何に使うか用途は不明である。
たまに黒眼らしき部分がヒトカゲくんのことを追うのだが(勿論眼で追う、という意味で)、それ以外は反応しない。
ヒトカゲくんからは『趣味悪ぃ』というお言葉を有り難く拝借した。


「そっか、でもヒスイならすげーポケモントレーナーになると思う!」

「ありがとう、ヒビキくん。嘘でも嬉しいよ」


あたしがそう笑うと、何か物凄い形相で視線を逸らされてしまった。そんなにひどい顔だったのだろうか…。
もう!と彼の足を可愛くはたいたマリルに「今日はマリル機嫌悪いな!」とヒビキくんは視線を下にうつした。

ともあれ喋ってばかりでは仕事が進まない。書類が片付いた部屋を磨く雑巾に意識を向けた。





部屋が綺麗になったところでウツギ博士にお茶に誘われ3人でお菓子を頬張ることに。
昼食も兼ねたものだから結構お腹が空いていたのですごくありがたかった。

もらったポケモン用のお菓子をテーブルの下でごろごろしていたヒトカゲくんにあげていると、ヒビキくんがやってきた。


「ひどい傷だな、そのヒトカゲ。」

「そう…だ、ね」


ハナノさんのところにいるということは、即ちそういうポケモンだということだ。
傷がない子のほうが珍しいが、ここまでひどい子もいない。
ヒビキくんの言葉にはそういう人間に対しての怒りの感情が込められてて、やっぱりいい子だ、とあたしは安心した。

ヒトカゲくんは何が気に入らないのか、ヒビキくんをずっと威嚇するようにガンを飛ばしていたけれど。
仕方なくヒトカゲくんを抱き上げたら、ちょっとは大人しくなった。
(俺様のくせに抱っこに弱いらしい。そこが可愛い。)


「すごいな、ヒスイ!オレなんて触ろうとしたらすごい眼されたぜ!?」

「ちょ、ちょっと…(いやすごく)警戒心が強いみたい。ごめんね?」


ヒトカゲくんの頭を撫でながら苦笑いを交えて謝罪すると、さして気にしてなかったらしく「気にすんなって!」と笑ってくれた。
相変わらずヒトカゲくんはただ黙ってヒビキくんを睨んでた。(相当敵視しているみたいだ)

お手伝いが終わり、ようやく帰れるーと背筋を伸ばしたらウツギ博士があたしの頭に少し触れた。
軽く撫でてにっこりと笑う。


「お疲れ様、ヒスイちゃん。頭に埃がついてたよ。
 これ、いつも手伝ってもらってるご褒美だよ」


いつもっていっても、まだそんなにきていないのに。(片手で足る程度しか手伝ってないはず)
ピンクで可愛らしくラッピングされた箱を丁寧に開けると、大きなピンクのケータイ…いや、どちらかというと持ち運べるゲーム機のようなものが出てきた。
あたしが首をかしげるとヒビキくんがあたしの手を見て言った。


「ポケギアじゃん!」

「ぽけ、ぎあ・・・」


この世界のケータイだったっけ。でも高いんじゃ…と博士と眼を合わせると強く撫でられた。
「そういう顔されるのは、困っちゃうな」と苦笑いされる。


「ヒスイちゃんのために作ったんだから、もっと笑ってほしいなぁー。」

「…ありがとう、ございます。大事にします。」


ぎゅっとあたしがそれを抱くと満足したようにウツギ博士も笑ってくれた。
あたしは子供じゃないし、世界が変わっても、きっと一人でやっていけると思ってた。
でもあたしのまわりにはいつも誰かいて、支えてくれているような気がする。
初対面でもそうでなくても、この世界はとても暖かい。

あたしがいた現実より、ずっと、あったかくて、くすぐったい。

緩みそうになる涙腺と戦っていたら急にちょっと違う形の、青色のポケギアが差し出された。


「マリルカラーのオレのポケギア!な、電話番号交換しようぜ?」

「あ、えっと、操作は…」

「やってやるって!」


ピンクのポケギアが彼の手に渡って、軽く操作される。
肩を並べて一緒に座ってるとまるで兄弟のようだと思った。
家族…いいな、すっごくあったかいものなんだ。

そう思ってると何を思ったのかウツギ博士はくすくすと笑った。


「君たちを見てると、恋人同士みたいだ。すごく仲がいいね」

「何言って…「ななななななな何言ってんだよ博士!」…」


慌てふためく彼がものすごいくらいしどろもどろで、その様子からきっと好きな子が他にいるんだろうな、とあたしはこっそりと考える。
可愛いヒビキくんを少し笑ったのをなるべく隠しながら、笑いを堪えてウツギ博士を見た。


「博士、からかわないでくださいー。ヒビキくんが綺麗にした部屋を荒らしちゃいますよ!」

「そうだね、ごめんごめん」


未だにくすくす笑いをやめない博士に痺れを切らしたのか、あたしの笑い声がきこえてしまったのか、彼はあたしにポケギアを返して走って外に飛び出してしまった。


「もう、博士のせいですからねー。」

「いやいや、若いっていいねぇ…」

「?」


博士の言葉の真意は、あたしにはさっぱり理解できなかった。



09.10.03



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