03 : 決意





いい加減着る服がないということで、今日はお買い物に隣町のヨシノシティまできています。
ワカバタウンを初めて見たときも相当広い、と思ったものだけれど、ヨシノシティも大きい大きい!
そりゃあ町なのだから大きくて当たり前ではあるんだけれど…。

今日はヒビキくんがついてきてくれた。
ハナノさんはポケモンを保護してはいるけれど、そのポケモンたちはハナノさんのポケモンではなくて。
そうしようとも彼女は思っていないみたいだった。
ウツギ博士とその助手の方々はポケモンを持ってはいるけれど、トレーナーじゃないから戦えないってことで。

ヒビキくんとマリルちゃんについてきてもらったのです。
手持ちのポケモンがいないって、すごく不便なことなんだ…。

一応ポケモンがいなくても問題はないみたいだけれど、野生のポケモンから逃げるのに一苦労!みたい。
マリルちゃんは『任せて!』と水鉄砲をしてくれたから逃げる間もなく進むことができた。


「じゃあ、オレマリルとポケセンにいるから、終わったら来てくれよな」


彼がくぃ、と顎で示したのはポケモンセンター。鮮やかな赤色の屋根だ。
あれがかの有名な…と関心していると、ヒビキくんは青いポケギアを出した。


「見つかんなかったらかけてくれればいいし、安心しろって!」

「あ、うん、ありがとう。」


まさかポケモンセンターを初めて見て感動しているとは思わなかったのだろうヒビキくんはあたしが不安がってると思ってそう言ってくれた。
ポケモンセンターに入っていく彼の背を少し見てから、おつかいを済ませなければ、と足をはやめた。
おつかいというのは、服を買うついでに頼まれた品を買うのだ。
とは言っても代金はもう支払われてるらしいのであたしは少し汚れた自分の財布と向き合った。

一般的な大学生の財布の中身よりはずっと軽いが、服が少し買えるくらいは入ってる。
ただ問題は通貨なのだ。
円単位だったはずだから大丈夫だろう、と踏んできたがやはり心配で他人のお会計をこっそりと覗かせてもらった。

どうやらお金は一緒みたいだ。よかった。
ということはこの世界にも諭吉さんとかいるのだろうか。謎だ。

服をざっと見てテキトーな服と帽子、ブーツに鞄と必要なものをかごにいれていく。
財布がすっきりしてしまうだろうが、致し方ない。いつまでもハナノさんのところにお邪魔しているつもりはないのだから。
あたしにはどうしてもアルフの遺跡に行かないといけない理由もある。

ふと、棚を見ていると奥のほうで何かがきらりと光った。
無視しようかと思ったけれど後ろ髪をひかれそうだったため覗けば、ひとつだけ奥のほうで埃をかぶっているモンスターボールが。
手を伸ばしてそれをとってみた。


「これがモンスターボール…なんだ」


なんだかそれがすごくほしくなってかごにいれてしまった。
無駄遣いしちゃいけないのはわかっているけれど、折角のトリップ(?)だ、雰囲気くらい楽しみたい。

とりあえず会計を済ませようとレジに行き、ハナノさんの手紙を店員さんに渡した。


「あの、ワカバタウンのハナノさんからおつかいできました、ヒスイと申します。
 品を受け取りたいのですが…」

「ああ、君がヒスイちゃんね!大丈夫、こっちでまとめてあるよ。
 こっちの会計を先に済ませちゃうねぇ」


おばさんが手際よくレジを打ち始めたが、すぐに止まった。
手に取ったボールを見て「まだ在庫があったのかい、これで正真正銘売り切れだね」と笑ってくれた。
やけに重たい荷物を持ってポケモンセンターに向かおうと足をはやめた。
中のベンチにヒビキくんがいて、ポケモンの雑誌を読んでいた。


「お、ヒスイ!すんげー荷物だなぁ、それ。」


ひょい、と荷物を奪われて出て行くヒビキくんとマリルちゃんにあたしは頭が上がらなかった。
さっき買ったおみやげをあとでヒビキくんに渡そう。大したものではないのだけど。





ハナノさんの家に帰ると、彼女に荷物を渡した。
何故こんなに大荷物なのだろう…と不思議に思っていると、中から服が出てきた。
パジャマや下着まで揃っている。


「これ、ヒスイちゃんにって。
 私のおさがりじゃあ少しサイズが合わないし、それに…」


ちらり、と顔を覗かれて首をかしげると、彼女は曖昧に笑った。
嬉しいのか、寂しいのか、つらいのか、よくわからない表情。


「いつかヒスイちゃん、ここを出て行っちゃうんだろうなって。
 おうちを探さないといけないのだろうし、お父さんやお母さん、兄弟がいるのかもしれないわよね。」


ああ。なんて優しい人なんだろう。ハナノさんは服を見ながら「だから、はやいかもしれないけれど私からのトレーナー祝い!」と大荷物を渡される。
そして彼女はあたし宛のもの以外の、ポケモンフードや食材などを片付けに部屋から出て行ってしまった。

自室として貸してもらっている部屋に入り、買ったばかりのモンスターボールを取り出した。
薄暗い部屋で鈍く光るボールに改めて"トレーナー"ということの重さを感じてしまう。
大好きな人と別れるということに、あたしは気付いていなかった気がする。
旅をするとはそういうことなのだ。決意というものは、覚悟をしなければならない。

ぼう、とそれを見ていると、ベッドの陰がゆらりと動いた。
ヒトカゲくんがあたしの手の中のボールを一瞬見てから『帰ってたのか』と呟いた。
何かあったのか、ヤケに静かだ。


それ、中身入ってんのか?

「ううん、買ったばっかりだから。いつかこの中に入ってくれる子ができればいいな。」


それは、覚悟のない、でも、興味があるあたしの言葉。
旅に出るだけの覚悟はないくせにトレーナー面かよ、とヒトカゲくんはせせら笑った。
でもどこか本気じゃない。というよりは拒絶しているような気がしてあたしは目を細めた。

あたしのことを心配してくれているのだろうか?


お前がトレーナーだなんて、夢物語もイイトコだな。
 黙ってここに住んでりゃいいじゃねぇか、家族なんて存在しねェくせに。


「家族は、いないね。でもアルフの遺跡には行かなくちゃ行けない。」


全て説明してあるヒトカゲくんは『あっそ…』と興味なさそうに布団の中にもぐってしまった。
しっぽの火は何も燃やすことはないみたいで、安心してベッドをかしてあげた。
お風呂を借りたらあたしも寝よう、ヒトカゲくんと一緒に。



数日経ったある日、いつものように博士のお手伝いに研究所まで行く予定だった。
今日はハナノさんが買ってくれた服を着ていたけれど、これで掃除は大変かもしれない。
なんていったってフリフリのスカートだ、黒地に白のレースがついている。
ハナノさんの趣味をほんの少し疑ったけれど(だってどうみてもゴスロリというやつだ)(絶対似合わないに違いない。だってあのヒトカゲくんが何もいわないのだから。)、とりあえず急ぎの用事らしいので研究所に急ぐことにした。
いつもはあたしの都合で博士のお手伝いをするのだが、今日は違う、呼ばれたのだ。

ヒトカゲくんを抱いて研究所までくるが、どうにも様子がおかしい。
だってこのバイク、たしかジュンサーさんのバイクだ。


「ヒスイちゃん!すごい可愛い格好してるね…じゃなくて、大変なんだ!」

「こんにちは、ウツギ博士とジュンサーさん。一体何事ですか?」

「ポケモンが盗まれちゃったんだ!」


なんていうデジャヴ。あれ、これってゲーム沿いなの?とは思ったけれど何も言わずに「大変でしたね」と苦笑した。
変な機械の上に乗せられているボールは2つだ。その中でチコリータとワニノコと目が合った。
ということは彼はヒノアラシを奪ったのだろうか。


「ポケモンを奪うなんてひどいよね!ヒビキくんが出て行った矢先にっ!」

「(ヒビキくん、いないんだ…)そうですね、博士。でもこのボールって3つ並べてたんですよね?」

「うん?そうだけど…」


窃盗を正当化するつもりはないのだが、残っていた2つのボールを手に取った。
別に危害を加えられたわけではないチコリータとワニノコは心配そうな表情はしているものの、元気そうである。
つまり。


「どうして3つあるボールをひとつだけ選んで、"その人"は盗んだんでしょうか」

「あっ…」

「大丈夫ですよ、博士。ヒノアラシの研究が続けられないのは残念だと思いますけれど」


彼はきっと、大切にしてくれる。最初は気付いてないけれど、でもちゃんと理解しているんだ。
でなければこの"新種のポケモン"と呼ばれる3匹の中から選ぶなんてことできない。
考えもなく全部持っていったのなら、不安要素はあるにせよ。

パートナーを選んだのだ。手段は別にして。


「だから大丈夫です、博士。元気出してください」

「…そうだね、ヒノアラシも元気でやってくれるといいなぁ」


ところで、とあたしは博士に向き直る。
和んでる場合ではない、ここに呼ばれた理由をきかなくちゃいけないのだ。


「博士はどうしてあたしを?」

「ああ、そうだった。ハナノさんから少し聞いてたんだ。旅に出るってことをさ。
 で、お願いがあって」


ひょい、と渡されたのは卵。あ、これって…?


「ポケモンの卵だってポケモンじいさんが言うんだけど、研究所においててもダメみたい。
 元気なポケモンと一緒にいることで生まれるみたいなんだ!」


この卵に熱中しすぎてたせいでヒノアラシが盗まれちゃったんだけどね、と博士は苦笑する。
なるほど、あたしが知らない間にヒビキくんはこのおつかいを済ませていたんだ。
でも、とあたしは口を開いた。


「あたしポケモン持ってないですし…」

「それは大丈夫!一匹減っちゃったけど…」


カタカタと揺れるふたつのボールをウツギ博士は持ってきた。


「どっちかをパートナーにしてよ、チコリータは草タイプのポケモンで、ワニノコは水タイプのポケモン。」

「あ…えっと…」


どうしよう、と悩んでいると、ヒトカゲくんの爪が頭皮にめりこんだ。
痛い痛い、今日は随分と不機嫌そうで一言も喋ってくれない。
剥がそうにも剥がれてくれないヒトカゲくんを無視して涙を堪えつつ片方をとった。
どっちかはわからないけれど、どっちでもいい。はやくここから出ないとヒトカゲくんの爪が脳にまで達してしまう。(そんなことはないとは思うけど)(でも彼ならやりかねない)

なるべく失礼にならないように(でも急いで)礼を言って研究所を出た。
卵を抱きかかえながらヒトカゲくんに眼だけ向ける。


「頭皮、すごく痛い」

お前が---るから…


ぽつり、と呟かれた言葉を聞き取ることはできなかったが、爪をしまってもらえたから追求することはしなかった。
ハナノさんに明日発つことを話したら、笑って応援してくれた。
でも、すごく哀しそうだった。

買ってきたバッグに色々詰め込むと(四次元ポケットのようになんでも入った。すごい!)、ふと現実の鞄が目に付いた。
元々いた世界にもし戻れるようになったら必要になるものは…ケータイ、くらい。
財布は元々こっちでも使うし…色々使えるものは新しい鞄に移して、古い方はメモを残しておいた。


「"邪魔なら捨ててください。ヒスイ"…っと」

なぁ


散々不貞腐れていたヒケカゲくんがやっと口を開いた。
ベッドの上で空のモンスターボールと戯れている。

続きを少し、待っていた。だけど中々言い出さない。
どうしたの、と声をかけて続きを催促しても口は固く閉ざされていた。
少しは寂しがってくれているのかな、だって、仲は悪くなかったし。
そう思うとなんだかすごく嬉しくなって、ヒトカゲくんを捕まえて布団に入った。

暴れないヒトカゲくんはぬくぬくしていて、すごく気持ちが良かった。



09.10.05



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