05 : 初戦





目の前には、ヒノアラシとにやつく赤髪少年。
そして両手にふたつのボール。

…どうしよう。


堪忍なぁ、嬢ちゃん


ヒノアラシくんが小さく鳴いた。
仕方ない、腹を括るかぁ…

とは思ってもあたしの財布は軽いわけだし、負ける訳には行かない。
のだけれどどうしてもあたしはチコリータくんを出したかった。
運命だとは思いたくない。けれど、研究所で一緒になったのもきっと何か…意味のあること。

あたしとこの世界のように、関わっていく宿命なら。


「チコリータくん、よろしくお願いします」

げ、ヒノアラシじゃん…

その声は草坊主かいな?


やっぱりふたりとも知り合いみたいで、その声はどこか旧友に向ける声色だった。
暫く黙っていた少年はチコリータを見るなり苛々と口を開く。


「二匹いるなら、何故わざわざ草タイプを出した?相当な馬鹿なのか?」

「ば、ばか…っていうのはあながち間違ってないですけど…」


心に簡単に突き刺さる言葉に軽く涙を堪えて空になったボールをベルトにさした。
出したはいいけど相性最悪、どうすべきなんだろう。

トレーナー相手に戦うのは初めてなことで、あたし自身あまり戦うことが好きじゃないのもあって指示に自信はまったくと言っていいほどない。
けど、チコリータくんを護りたいのも事実。
だからやるしか、ないんだ。


「ふん…まぁいい。
 1vs1のバトル、用意はいいな?」

「はい、勿論です。」


やるしか、ない。


「ヒノアラシ、火炎放射でさっさと決めろ!」

「チコリータくん、避けてマジカルリーフを炎の中に!」


ヒノアラシの口から火炎放射が勢い良く噴出す。(あれ?普通火の粉とかじゃないの…?)
それを上手くかわしながらチコリータくんのマジカルリーフが火炎放射の中に入っていく。
これが葉っぱカッターなら燃え尽きるけど、多分…


「チコリータくん、続けてツルの鞭を下に!」

「避けろ!」

なるほどね、マイハニー。任せてよ!


動きながら飛んでくるツルの鞭に避けきれず足元を奪われるヒノアラシくん。
軽く体が地面へと倒れる。
そう、これだ!


「今です、マジカルリーフを戻して!」

仰せのままに。


何処か楽しそうなチコリータくんの力で炎の塊が飛んでくる。
さっきのマジカルリーフだ。
この技の特徴としては確実にヒットするまで追いかけてくる、だと思ったから炎の中にわざと攻撃した。
そうすれば炎を纏った葉っぱが飛んでくるだろうとあたしはふんでいたから。

予想通り動けないヒノアラシくんに向けて炎の弾丸が飛んで、呆気なく勝利を収めた。
チッ、と軽く舌打ちをする少年になんて声をかけていいかわからず、チコリータくんをぎゅっと抱きしめて頭を撫でてあげた。


「ふん…俺が弱いんじゃない、コイツが弱いんだ。
 覚えておけ、俺は最強のポケモントレーナーになる男だ。」


背を向ける彼に、ポケモンセンターを見た。
ここにしか、きっとポケモンセンターはないのに。彼は傷ついたヒノアラシだけで進むというのか。

・・・それはだめだ!


「待った!」

「うぐ…っ!おい、お前何のつもりでッ…!」

「ポケセンはあっち!ヒノアラシくん、傷ついてる。
 それに今日はもう遅いし、カッコつけてないで泊まらないとだめです」


少しきょとん、とする彼を半ば引き摺るようにポケモンセンターに戻る。
チコリータくんは『そんなのはやく捨てなよ!』と喚きたてていたけれどボールに入れておいた。
どのみちチコリータくんは回復させてあげないと。

自動ドアをくぐってジョーイさんにボールを差し出した。
もちろん、ヒノアラシくんをちゃんと差し出すように眼で訴えるのも忘れずに。
(舌打ちをしながら)渋々モンスターボールを差し出した彼にジョーイさんはにっこりと微笑んだ。


「お2人のポケモンはお預かりしますね。明日の朝、お渡しします。」

「あ、ジョーイさん」


忘れるところだった、と彼の腕を引っ張る。
服がほんのちょっと伸びたことに彼の眉尻がぴくりと動いたけれど見なかったことにして。
なんだか最初に会ったときよりそんなに怖くもなくなってる。
(よく考えたら彼は結構年下なのだ)(そんな相手にビビってたらプライドが…)


「この人の部屋も用意してもらえますか?」

「あら…困ったわね…」


彼女は可愛らしく手を頬にあてて部屋を確認する。
少し、難しい顔をして眉毛をハの字にした。


「今晩は空いてる部屋がないのよ…いつもならこんなに混むことがないのに。」


どうしようかしら、とモニターと睨めっこするジョーイさんに、あたしも困ってしまう。
うーん…でも…


「部屋って広いんですか?」


あたしがそう尋ねると部屋の間取りを教えてくれた。
流石に(多分)カビゴンクラスのポケモンは入れないと思うけれど、そこそこの広さ。
ベッドがひとつにソファとテーブル、テレビに簡易キッチン。お風呂もある。
そこそこいいホテル並だ!と軽く感動したけれどそれどころじゃない。

まぁこの広さなら。


「じゃあ相部屋でいいです。案内お願いしていいですか?」

「あら、ならラッキーにお願いするわね」


にっこりと笑ってラッキーを連れてくるジョーイさんのふわふわのスカートを見る。
チコリータくんとヒノアラシくんのボールを持って行ったのもラッキーに似ていたけれど、若干違う気がした。
・・・後でポケモン図鑑で確認させてもらおう。

ぼーっとそんなことを考えているとラッキーとジョーイさんが戻ってきた。
ラッキーは愛くるしい姿で『こちらですわ』と言ってくれた。
(恐らく、少年の耳にはラッキーの鳴き声しか聞き取れてないんだろうな)(なんか勿体無い)

部屋に案内してもらうとお礼を言ってドアを閉めた。
彼はというとさっさとソファに座っているではないか。なんと手のはやい!

あたしもふかふかのソファにばふん、と大袈裟に座った。重力に従ってソファが沈む。
隣の彼が気まずそうにあたしをちらりと見るから、鞄をソファの脇に置いてそういえば、と今更すぎる自己紹介を始めた。


「自己紹介、してなかったですね。ヒスイっていいます、ワカバタウンからきた…ってことはもうご存知だと思うんですけど」

「あぁ。」

「で、ですね…(話が続かないな)。良ければ名前を教えていただきたいんですけど…
 ほら、あなたとか、君とか、なんか呼ばれ心地みたいなのよくないじゃないですか。」


少し、彼は黙った。
あたしはおかしいことを言っただろうか?というか、年下相手に気を使うあたしって…。
でも今は(オーキド博士的には)12歳前後?に見えるらしいので一応しっかりしなくちゃ。
胸のあたりが元の体より幾分かほっそりしているし(元々なかったけど!)、視線も低くなった。

薄く、形のいい唇が少し動いた。


「・・・シルバー。」

「シルバーくん、ですね。よかった、教えてくれなかったらどうしようかと!」


じゃあ、一晩よろしく。と手を差し出せば顔を背けられた。
仕方ない、彼は純粋なツンデレだったはずだ。(あたしが金銀をプレイした頃にツンデレって言葉はなかったはずだけど。)

とりあえずお風呂入ってくると鞄をひっつかんでバスルームに入った。
ヒトカゲくんをこっそりと出す。


おいヒスイ!お前なんで俺を使わなかった!

「まってまって、色々話したいんだけどヒトカゲくん、時間がないの。
 あたしがポケモンと話せるってことは黙っておきたいから、協力して?」


異色である故の苦労のようなものはヒトカゲくんもよくわかっているからそれ以上は何も言わなかった。
あたしは質問に答えることがほとんどできないし(すぐにバレちゃうだろうから)、その点をまず理解してもらえればなんとか出してても問題ないと思う。

こっちにきてからずっとヒトカゲくんと一緒だったし正直外に出していないと不安なところもある。
あたしの常識はここの"非常識"であることもあるのだろうし。

とりあえずお風呂に入ろうと帽子を取った。
ただの、所謂ゲームでいうところのレッド(アニメではサトシ?)のような帽子じゃない。
まるで風船のように丸くて大きい帽子に髪を入れている。
旅先で邪魔になることだけは避けたかったからだ。
(とは言っても長い旅をするつもりもないんだけど。)

服を脱ぎだすとヒトカゲくんは何故か自らボールに入っていった。
多分、お風呂が嫌いなんだろうな。水だし。

さっさと上がらないとシルバーくんにも申し訳ないので(だって子供ってはやく寝るよね?)湯せんにさっと浸かって風邪をひかない程度に温まってから出た。
バスローブがあったのでSSサイズ(子供用ってことだろうか)(涙が出てきた…)を着てタオルで髪を拭きながら外に出た。
テレビをつけているみたいで光が薄暗い部屋に映し出される。


「電気、つけなきゃだめですよ」


上がったのでどうぞ?と電気をつけながら彼に言うと小さく返事をしてくれた。
視線はテレビに向かったままだったので簡易キッチンでヒトカゲくんをだしてお鍋に水をいれてコンロに火をつけて見ていて貰うように頼めば快く引き受けてくれた。
(やっぱり火に近いと安心みたいだ)

部屋をもう一度覗くとテレビはつけっぱなしだったけれどソファに彼の姿はなかった。
恐らくお風呂にいったんだと思うからバスローブからパジャマに着替えて髪を乾かす。
テレビではまるで昭和か!と思うようなアイドルが歌を歌っている。

…シルバーくんはこんなのに興味があるんだろうか?

思えばあたしの時代もキャピキャピしてる女の子アイドル数人のグループとか流行ったっけ・・・?

髪を乾かしながらお世辞にも上手いとは言えない曲を聴いていると、ばさっ、と後ろで何かが落ちる音がした。
鍋が落ちる音ではなかったのでヒトカゲくんではないと思うのだけれど、と振り返ってみればシルバーくんがあたしを見て立っていた。

荷物、落としたみたい。

あたしはドライヤーの電源を切って落とした荷物を拾ってあげる。
俄かに震えているような、そんな表情であたしと荷物を交互に見やる彼はとても正気とは言えない。
「あの…」と声を出せばびくり、と面白いくらいに反応した。


「荷物、落としましたよ?何かありましたか?お風呂にゴキブリが出たとか?」

「(ゴキブリってなんだ?)あ、いや、ありがとう…」


今度は、こっちが驚く番だった。何せ彼の口からありがとうが出るなんて!
本人も相当切羽詰っていたらしく、自分の発言に後から気付いて口元を押さえた。
顔が真っ赤で可愛い。

が、そんなに構っている余裕もなく。
ヒトカゲくんが『沸騰してる!ヒスイまだか!』と大声をあげたので(くどいようだけれどそう聞こえるのはあたしだけなのだ)髪を乾かすように言って簡易キッチンに戻って料理を始めた。

大根を切っていると(ある程度の食料はこっちの同じみたいだ)(肉はなんの肉か考えないようにしている)、背後でまだ些か放心状態のシルバーくんに「おい」と声をかけられた。
折角だから名前で呼んでくれれば良いのに、とは思っても中々難しそうだ。


「テレビ見てていいですよ?料理は、食べれるものなら作れますし…」


嫌いなものがありましたか?と切りかけの大根を見ながら言うと違う、と簡単に返される。
が、困ったことに続きを話してはくれなかった。
暫く大根と包丁を持ちながら彼の瞳を見ていれば、意を決したように頭を上げた。


「な、なんで」

「?」

「女だってことを黙ってたッ!!」

「・・・は?」



あまりの発言にあたしの手から大根がまな板に向かって落ちた。
正直、この発言の意味をあたしはこの時まったく理解できていなかった。



09.10.10



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