06 : 自覚





ほかほかのパスタを無言でつつく。(これは美味いな…)
目の前のガキ…ヒスイは、相部屋にしてくれた一般的には感謝すべき相手に俺は詰め寄った。

コイツ、女であること隠してやがった。

無駄に大きな帽子に長い髪を隠していたし、何よりコイツが自分の一人称を言わなかった。
「あたし」なんて言われればいくら俺だってコイツが女だってことくらい気付けたのに。
コイツは言わなかったんだ。


「おい」


声をかければ身体を少し強張らせる。
泣きそうな顔してパスタをつついてるコイツは、少しは俺に対して警戒心とかないのだろうか。
俺が言うのもなんだが、少しは持つべきだと思う。

まるで男として認められていないようだ、と思えば苛々が募る。
コイツが悪いんだ。


「どうして、男の格好なんかしてるんだ?」

「し、してないです」


しどろもどろに言うコイツの視線が俺にほんの少し、向けられる。
どくんと胸が鳴った。(風邪でもひいたのだろうか)

だけど、コイツの服装はハーフパンツにブラウス、大きな帽子に地味な鞄。
靴はブーツだが、その格好は何処かの貴族の子供を思わせる姿だった。


「だってブラウス、フリルとかそこそこついてるし…」

「でも男に見えるんだよ、だからジョーイだって俺と相部屋になることも止めなかったんだろ」

「…なっ、なにかするつもりなんですか!」


どこをどう解釈したのかいきなりソファの影に隠れだす馬鹿は放置してパスタとサラダを食べ終える。
こういうところもだし、言動や行動の端々から少し大人びた印象を受けていた。
俺も歳相応の発言はあまりできていないと思うが、コイツは大人っぽいくせに肝心なところは子供っぽい。

だからだ、だから、俺をこんなに・・・


「(何考えてるんだ…俺は、最強のトレーナーになれればいいんだ)」

「・・・?」

「ごちそうさま」


邪念は、捨てるべきなんだ。
でなければポケモンチャンピオンに…なれるわけがない。
アイツのヒトカゲがうるさくつっかかってくるのが嫌でキッチンに食器を片付けた。
歯磨きをして、さっさとソファに横になった。
ぽかんとソファの後ろにいたアイツも慌てて飯を片付けて電気を消す。

今日はなんだか、色々ありすぎて疲れたな。
他人の物を盗むのは初めてじゃなかったが、ポケモンを盗みに入ったのは初めてだった。
案外、騒がれると思っていたがそうでもなかった。
アイツが最初に言った「あの、きっとこういう顔なのかなって」という言葉が本当であればもう時期ジュンサーがきてもおかしくないはずなのだ。
案外ヒノアラシは言うことを聞くし(使えないポケモンだが)、使うのも悪くはないのかもしれない。

食器を洗って寝る準備を済ませたアイツが俺のソファにもたれかかるようにして床に座った。
メモとペンを片手にキラキラとした瞳で話しかけてくる。

コイツ、さっきまで俺のことをこわがってたくせに。


「名前、つけたいと思うんだけど」

「誰に」

「ヒトカゲくんと、チコリータくん!」


寝る前に意見を聞きたくて、と笑うコイツに苛々した。
名前なんてどうでもいいだろ、そんなもの、個を示すためのIDでしかない。
そんなもののために時間を割くことを無駄だと思わないんだろうか。

なんて聞くこと自体が無駄だと俺はすぐに理解した。
だってこんなに幸せそうなんだ、無駄だと思うはずがないだろ?


「好きに、つけたらいいんじゃないか」

「それじゃあ意見聞いてるのに意味ないです!」

「お前のポケモンだろ…寝床提供の礼に、案ぐらい聞いてやる」


そう、ただの、礼だ。
そう言えばキラキラとした視線が自分に注がれた。「ありがとう」と言うその笑顔があんまり眩しかった。
コイツと俺は正反対なのに、まるで、惹かれるような・・・


「ふたりとも男の子だからね、可愛い名前は怒られちゃいそう」

「そうか」

「だからね、・・・」


メモに書いては消してを繰り返す。話しながら、そうする仕草は慈愛に溢れてる。
男だと思っていたことが嘘のように、女であることを当然と認識している自分の頭に苛立つ。
男だと思っていたら、こんな風に、惹かれなかっただろうに。
ただの障害物だと思ったはずなのに。


「でね、チコリータくんの性格が・・・」


一文字ずつ丁寧に選んでいくペンが、ふと、大きく揺らいだ。
ぼすん、と腹に重みがかかって少し上体を起こせば俺の腹を枕に寝てやがった。
・・・いい度胸だな。


「おい、こんなところで寝るなよ」

「・・・」


急に消えた音に、とりあえずペンとメモをコイツから取り上げる。
たくさん名前が書いてあって、どれもこれも色々考えたように消したり書いたりを繰り返した跡があった。
寝息をたてる馬鹿の枕をする気はなかったのでとりあえず起こさないようにゆっくりとソファから離れる。
幸せそうに寝るコイツをどうしようかと考えていたら勝手にモンスターボールが開いた。

中から出てくるヒトカゲに軽く睨まれてから、コイツを引っ張ろうとヒトカゲは服を掴んだ。
でもそれじゃ起きてしまうと考えたのかその状態で固まっている。


「おい」

カゲ?

「退け。」


ヒトカゲの首を掴んで馬鹿を横抱きにしてゆっくりと持ち上げた。
軽い。ホントに飯食ってるのか?

途中でヒトカゲが足に噛み付かんばかりに歯をぎらぎらとさせたがなんとかベッドに運ぶことができた。
俺がコイツから離れればヒトカゲは落ち着いたようにそいつの隣に寝る。
布団をかけてやればヒトカゲが眼をぱちくりとさせた。


「黙ってろよ、この馬鹿には言うな」

…カゲ


ああ、そうだ。こんなの俺らしくないんだ。
これは礼であって、別に他意はないんだから。

気になる、なんて


「在り得ないだろ…」


ソファに預けた体が、やたらと重く感じた。



09.10.10



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