14 : Knight





ランスさんに言われたことを頭の中で反芻する。
大切なもの、あたしにとって何が一番大切か。先程使った翠霞のボールを手の中で転がす。

たいせつな、こと。ボールをぎゅっと握り締めて胸に押し付ける。
あたしに必要なのは家族だ。そして、愛すべき世界。
…大切なこと、忘れそうになる。何かあるたび、逃げ出しそうになる。
結局あたしは何も変われてなんかいないんじゃないか、一抹の不安が過ぎる。

それでもこの気持ちに偽りは無い、と信じたい。

ポケモンセンターのドアをくぐって部屋に向かう。部屋のドアを覗いても、しんと静まり返っている。
カーテンは開いてきちんと窓の脇でまとめられていて、ベッドシーツも綺麗にたたまれている。

どこに行ったんだろうときょろきょろと部屋を見回しても人の気配もなく。


「困ったなぁ…レッドさんポケギア持ってないし、メモを残してくれてないし…」


とりあえず、部屋を出たならジョーイさんに一言告げていると思うし受付に行ってみよう。
それでいなかったらフレンドリーショップか、ジムか、公園まで迎えに来てくれるつもりで入れ違いになったか…
流石に置いて行かれた、なんてことはないと思うけど。(それはそれで気楽なんて)(…お、思ってないよ)

階段を降りてジョーイさんがいるか受付を見る。つもりで視線を動かせば黄色く小さな身体がちらりと動いた。
あれは…レッドさんのピカチュウ?
それにあそこは……通信スペース。

彼がかける相手なんて限られてると思うけど、と顔を覗かせればディスプレイに映るグリーンさんの顔。
何を話しているかはわからないけれど、グリーンさんと液晶越しにチラリと目が合う。
途端、大袈裟に振られる手。


「レッドさん、」


きっとレッドさんにもうあたしが後ろで盗み見ていたことが伝わっているだろう。いや、盗み見てなんかいないけど…。
でも何か言わなければならない気になって曖昧に頭を下げて声をかける。

二、三言グリーンさんに何か言ってから受話器を置いたレッドさんが立ち上がる。
急かしてしまったみたいでなんだか申し訳ない、なあ。


「すみません、急かしたつもりはなかったんですが」

「別に、気にしないで。今日はジム戦だけ、またあの部屋に泊まるから」

「あ…はい」


やけにいつもどおりの(とはいってもまだ数日の付き合いだけれど)レッドさんでなんだか拍子抜けしてしまう。
少し気になって、彼の袖を引っ張る。


「グリーンさんと、何を話していたんですか?」

「…グリーン、気になる?」

「ええ、まあ」


約束したし、まさかレッドさんが自ら彼にかけてくれるとは思っていなかったからつい驚いてしまっただけなのだけれど暫く悩んだレッドさんが小さく、「大したことじゃない、今後のルートのこと」とだけ言って歩き出してしまった。
何か、気に障るようなこと言ったかな?と顔を今度こそ盗み見るもいつものレッドさんで、余計に首を捻る。

小さなカフェに連れてこられ、そのまま、少し遅めの朝食を摂ってからのジム戦だった。
甘いものを(よくわからないけれど)奢ってもらったので機嫌は上々。少なくとも今だけは昨晩を忘れられる、と思い込むことにした。
でなければ傷つけてしまうかもしれない。それは、いやだ。

あたしの大切なもの。わかってる、つもりだから。





目覚めるとヒスイが居なかった。物音がしていたからそんなことだろうとは、理解していた。
でも一度は戻ってきたようでバスルームから小さく水音がしている。

からだを起こすとピカチュウが心配そうな顔でこちらを見上げている。ああ、そうだな、探しに行かないと。
でも行ったとしてなんて声をかけたらいいんだ。昨晩はヒスイが自分から出て行ったから何も声をかけられなかった。何か、言うべきなんだということはわかっていた。ただ何を言うべきかという答えは見つからなかった。


「どうしたら、いいんだろうな」


ピカチュウの頭を撫でながらぼやけばピカチュウが何かを訴え始めた。
そういえばヒスイは、ポケモンの話していることが理解できるっていっていた。自分には何を言っているかはハッキリとはわからないが、ピカチュウが言いたいことくらいはなんとなくわかる。

ちょっと待ってて、と声をかければ大人しく部屋の扉の前で待つ。カーテンを開けて、ベッドシーツをたたんだ。
ふとテーブルに置かれたメモを見つけて、首を捻った。

公園にいってきます、と書かれているそれを胸ポケットに無理矢理詰め込んだ。

元々少ししかない荷物は全て鞄に詰め込まれている。ソファの背もたれにかけてあるジャケットに素早く袖を通すと鞄を背負う。
ピカチュウに導かれるままついていけば通信システムが並んでいる部屋に連れて行かれる。


「通信、しろって?」

ぴっか!

「…誰と?」

ぴかーちゅ

「ん…わかった」


言いたいことは、なんとなくわかった。通信システムに自分のトレーナーカードを挿し込む。
連絡先を選んでかけてみる。起きていればいいけれど。


『もしもし、あ、レッド?』


映し出された寝ぼけ顔はグリーンのもので、もちろん話したかった相手で。驚いているグリーンに何も言わずに黙るのを待っておく。
こうしているほうがグリーンは理解してくれる。焦っているわけではない、ただ朝食をヒスイと食べるまでには、解決したいと思っているだけで。


『で、なんだよ?』

「ヒスイが、泣いた」

『はあっ!?泣かせたのか!!』

「違う。……たぶん」


自信が持てずに尻すぼみになっていく言葉にグリーンが黙った。
何もしていないはずなのに、あの涙を見ると、何故だか苦しくなる気がした。


『…じゃあ、なんで泣いたと思う?』


グリーンが小さい子供に尋ねるように優しい声色で言う。わからない。だってヒスイとは知り合ったばかりだ。
彼女の考えることなんて理解できない。グリーンだって俺のこと、いまだに理解できていない部分が多い。
幼馴染だって意味不明なんだ、俺だってグリーンの考えてることは理解できないし。

でもグリーンは知ろうとしてくれていた。だから、何か糸口になるようなことを言わなければ。
何があっただろうか…悩んで、あの赤い髪の子供を思い出した。


「あいつ…」

『あ?誰だよ』

「赤い髪の、子供。ヒスイに触れるなって言ってた」


口にしてから、胃がむかむかとした気がした。何か悪いものでも食べたかと顔を顰めれば少しだけグリーンが驚く。
仕方ない、後で胃薬でも買って飲もう。シロガネ山を下山してから少しからだが弱くなったかもしれない。

グリーンが口を開いた。


『多分、ヒスイにとってその赤い髪が大事だったんだろ?』

「ヒスイは赤髪が好きなの?」

『っちげーよ!その赤髪のヤツのこと、ヒスイが大事に想ってたってこと!』


んなこと一々言わせんなよ!とグリーンに吐き捨てられる。なるほど確かにヒスイは悲しそうだった。
リザードンで無理矢理連れてきたとはいえ宙で手を伸ばすヒスイは痛々しかった。叫び、リザードンの腕の中で爪が腹部に食い込むのも気にせずに、叫んでいた。

手の甲から滲み出た血がリザードンの腕を濡らすのも、気にしない様子で。


「確かに、そんなかんじだった。そいつ俺のこと知ってた」

『知り合いか?』

「俺は、知らないとおもう。でも知ってたみたいだった」


あれは明らかに自分が登場しなければ険悪にはならなかった。いくら鈍いとはいえそれぐらいならわかる。
あの時気づいていればヒスイは泣かなかったのに。


「なんて…言えば、いいの」

『オレにもわかんねーけど…言う必要、ないんじゃね?レッドがヒスイのこと大事にしてやったり、そいつとか、別のヤツとか…とにかくそういうヒスイを傷つける外的要因から守ってやったりすればいいっていうか』

「ヒスイを、まもる?」

ぴか!

『ほら、ピカチュウもそう言ってるし…言う必要はねえって。』


もしなんだったら、女は甘いモン食べたら幸せになるっていうしな!とグリーンが笑った。
そういうものなんだろうか、あまいもの、食べさせて俺がヒスイのこと守れば泣かないのか。

あんな苦しく、感じないのか…だったら、守ればいい。あの赤い髪からも、宇宙服のやつらからも、ヒスイのことを。
グリーン、と口を開いた瞬間大袈裟にグリーンが手を振りながら叫んだ。


『よおヒスイ!!』


振り返れば、少し複雑な顔で立ってるヒスイが居た。なんでグリーンが大声で挨拶したのかはわからないけど、ヒスイもきたからもう切ろうとグリーンに向き直る。


「じゃあ、ヒスイがきたから」

『ああ。』

「グリーン。・・・ありがとう」


受話器を置く前のグリーンは滑稽な顔をしていて面白かったけれどなぜかヒスイには見せたくなくて(親友のコケンに関わるだなんて露ほども思ったつもりはないけど)、画面を隠すようにして通話を切る。
ヒスイが不思議そうに顔を上げた。


「グリーンさんと、何を話していたんですか?」

「…グリーン、気になる?」

「ええ、まあ。」


そういうわりには気にしてないようなヒスイに、でもなんだか胃がむかむかした。
グリーンはいいやつだけど、ヒスイのこと傷つけた前科があるからそう簡単には近づけさせたくない。

…ヒスイのことを、守らなければ。俺が、守るんだ。


「大したことじゃない、今後のルートのこと」


そう言って歩き出せば不思議そうな顔をしながらもヒスイはついてくる。
ジム戦する前に、甘いもの、ヒスイに食べさせる。そしたら幸せになる…?

昔いったカフェがやっていたらそこに行こう。ピカチュウとパフェを食べた。
むかつきはいつの間にか収まっていて胃薬は必要なさそうだと足取りが少し、軽くなった。



2012.05.28





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