一日の終わり

 城から帰ってきた俺達を出迎えてくれたのはマリアンだった。リオンの周りの空気が僅かに柔らかくなる。

「お帰りなさいませ、皆様。ヒューゴ様からお話は伺っております」
「今日からお世話になります。さっきは足の手当て、ありがとうございました」
「こちらこそお願いいたします。痛みはどうですか?」
「もう大丈夫です」
「それはよかったです。リオン様、ヒューゴ様がお呼びです」

 ああ。と言って奥へ向かうリオン。次の任務だろうか。また表情を消して歩いていった。

「ご挨拶が遅れました。私、メイド長をしておりますマリアン=フェステルです。まずはソラ様のお部屋にご案内致します」

 どうぞ。と言われて案内された部屋は一人部屋にしては少し広めにも思う部屋だった。

「こちらになります。ソラ様の服は明日にでもご用意致しますが、何かご希望はございますか?」

 仕事が早い、流石はオベロン社。……それは関係ないか。にしても様付けって何だかくすぐったい。

「地味な服を。派手な物は好みじゃないんで。あ、出来ればサイズ大きめにしてもらえます?それと今日来たばっかの奴に様なんか付けないでください。敬語も」

 それが彼女たちの仕事だとは分かるけど、俺はそんなに畏まられるような人間じゃない。壁を取っ払うなら最初が肝心。それに俺はマリアンと仲良くなりたい。物語のキーとなる人物の一人ではあるけれど、それ以上にこの見知らぬ世界で気軽に会話ができる相手が欲しい。

「ですが……」
「お願い、見られると困るなら誰も居ない時で良いからさ。公私の区別はつける。俺だって普段はこんな口調だから」

 な? と言って見つめると少し困った顔をしてから辺りを見渡すマリアン。幸いにしてここには俺とマイとマリアンだけ。

「……誰も居ない時だけよ?」

 そう言って笑った顔はとても可愛らしかった。

「ありがとう。そういえばマイは俺と同じ部屋じゃないんだな」

 ここは俺の部屋だと言われた。ならばマイは別の部屋になるのだろうか。

「マイちゃんは暫く私と一緒に簡単な仕事を覚える事から始めるわ。部屋は何人かいる他の住み込みのメイド達と相部屋になるけど」

 通いの人もいるけれど、地方から住み込みで働きに来る場合も珍しくないらしい。俺が最初に言った住み込みの働き口というのも間違ってなかったんだ。

「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ早速マイちゃんも部屋に」
「あ、俺ちょっとマイと話したい事があるんだけど。屋敷の案内はまた後ででも良いかな?」

 マイの部屋に向かおうとしたマリアンを止めて尋ねる。

「なら夕食の支度が整ったら呼びに来るわね。生活用品で欲しい物があったら遠慮なく言って?」
「ああ、ありがとう」

 マリアンが去ったのを確認して俺はベットの上であぐらをかく。その前に椅子を出してマイが座った。

「おねぇ、話って何?」
「ソラって呼べって言ったろ」
「急には無理だよ。リオンの前で言わなかったの誉めてほしいくらい。大体何で男って事にしたの?」

 確かに普段の俺は中性的な顔だからかたまに男と間違われるけれど、毎回やんわりと訂正を入れている。けれど今回はそれをしなかった。

「働くには男にした方がやりやすそうだから。ヒューゴの信頼も得やすそうだしな」
「ふーん。そういうものなのね」
「それから、この話は雫にも聞いて欲しい。というか是非雫の意見を聞きたい」
『私の? 何かしら』

 リオンから返してもらい、今はベッドに座る俺の横に寝かせてある雫が反応した。

「雫はさ、歴史を変える努力はしたって言ったよな?」
『ええ。言ったわね』
「それってカーレルが死ぬと分かってて助けようとしたってことだよな」
『そうね、そうなるわね』
「じゃあさ、二人とも。これから起こる未来を変えるのは、どう思う?」

 リオンを待つ未来を。愛する人を人質に取られて仲間を裏切り、一人で海に沈む運命を。
 前から「こうだったらいいのにな」くらいに思っていたが、リオンと今日会って、少しだけ話をして、やっぱり助けたいと思った。見殺しにしたくないと思った。だからどうすればいいのかなんて、さっぱり今は浮かばないけれど。

「……いいんじゃない、別に?」

 少しの沈黙のあと、最初に口を開いたのはマイだった。

「私はあんまりゲームのこと詳しくないけど、このままいけば、リオンてアレでしょ、死ぬんでしょ? そんな未来を知っていて、防げるかもしれないんだったら防ごうよ。それに雫が居る時点で私達の知ってるゲーム本来の筋とは違うんだし」

 雫は? とマイが聞く。コアクリスタルが淡く揺らめいた。

『私も反対しないわ。あの時の私は悩んで、沢山沢山考えて、歴史を変えようと努力をした。悔しい思いもしたけれど、きっと何もせずに過ごしていたらもっと後悔していた』

 だからやってみみればいいじゃない。と言う声はとても俺達と同世代とは思えなくて、人生経験豊富なんだと思った。

「雫……本当に今幾つ?」
『女性に年齢を聞くのは無粋じゃない?』

 はぐらかされた。千年生きてるだけある。

『今何か失礼なこと考えなかった? オリジナルがいたのは千年前だけど私は千年生きていた訳じゃないからね?』
「んー。気のせい気のせい」

 冷や汗を背中に感じながら答える。まるで心を読まれたようだ。

『ソラは私のマスターなんだから、ソラの感情は私も感じるから気を付けなさい?』


「肝に命じときます」

 ああ、ナルホド。
 ……何だろう、この妙な威圧感は。

「あ、ねえねえ雫」

 じんわりとかいた汗を拭いていると、何か思いついたようにマイが言った。

『何かしら』
「雫ってさ、もしかしてカーレルとつき合ってた?」

 ………え?

『あら、よく解ったわね』
「えぇ───────!?」

 驚きで叫んだ俺を尻目にマイと雫は平然と会話を続けている。

『いつ気付いたの?』
「何となくね、雫がカーレルの事を彼って呼ぶ声が他の言葉と違う気がして。後は……」
『女のカン?』
「あ、うん。そんな感じ」

 いやちょっと待て君ら。え? 雫が、カーレル=ベルセリオスと恋仲で? あ、だから変えようと努力したって事?

「そう……だったのか」

 一言なんとか絞りだした。

「ソラって恋バナには疎いもんね」
「ほっとけ! おかげで彼氏いない歴イコール年齢だ! 悪いか!」
『悪くは無いけど意外ね……結構美人なのに』
「だったら性別詐称なんかして無いって」

 ったくどこ見てんだよ雫は。マイも横で頷くな。

『ソラもマイも綺麗な顔立ちしてるわよ。自信持ちなさい。それにソラはすごく綺麗な髪色をしてる。白いのは染めてるの?』

 雫の言葉に自身の髪をひと摘まみする。この世界に赤青緑、銀までいても白い髪はそういないらしい。

「染めてないよ。俺はこれが地毛」

 マイと並ぶと白黒分かれてボードゲームみたいだろ? と言って笑った。


ALICE+