10 遠い記憶




「…起きた?」

紫色のパーカーの人が私を見下ろして、目を開けてぼんやりと見つめれば懐かしい匂いがした。何だろ、すごく安心して眠れたような気がする。ぼーっとして男の瞳を見つめたら、「2日寝てた。」と言った。

「えっ、私…2日も寝てたの?」
「そうだけど。」
「っ仕事!」

携帯を見れば、着信履歴50件の文字。最後にはしっかり留守電が入っていた。

『はあー。名前さん、無断で欠勤とか社会人として最低。非常識な人間が増えた。本当にクズだよね。仕事舐めてるの。もう二度と仕事しなくて良いから。二度と来ないで下さい。社会人として終わってるよね、死ね。』

ぶつりと留守電は切れて、私は固まった。

「…クビだ。」
「そう、良かったね。」
「良くない…私、私明日からどうすれば良いの!?」
「少なくとも、そんな会社には居なくて正解だよ。非常識な人間はお前だよって言ったら?」

紫色のパーカーの人が私を冷ややかな目で見て、私は狼狽した。明日からどうすればいい?仕事出来ないクズはもう死んでそれからー

「楽しい?」
「へっ」
「仕事して楽しいわけ?少なくとも、そんなクズな会社で働く意味ある?人罵って大量の業務押し付けてまた罵ってクズな人間の大量生産じゃん。自分がクズな人間って洗脳されて生きる希望も失って最後には死にたいって言わせる。もう傷害罪。立派な犯罪ですけど。」
「えっえっ」
「社会人というか人間の意識が欠けてる人たちの集まりなんじゃない?その会社。」
「はぁ」

私は言われて、そうなのかな?と疑問を抱いた。ずっと私が悪いと思っていたのだ。私が悪いから、会社の利益が上がらない。私がなんとかしなきゃ。精一杯働いて、会社に恩返ししなきゃ。って思っていたのだ。

「辞めて良いよ、そんなこと。」

ポツリと呟いた男の一言に、私は泣いてしまった。今までずっと溜まっていた不満が一気に流れ出して、止まらなくなって、いつの間にかその男にしがみついて大声で泣きじゃくった。

「私っ…頑張ってきたんです…頑張ってきたけど…結局何も出来ない…ダメな馬鹿でした…クズはクズなりに生きたつもりだったけど…社会不適合者だったみたい…頑張っても無理なものは無理だった。」

大きく肩を震わせ、息をする。肺いっぱいに息を吸い込だら、その人の匂いが広がった。優しい陽だまりの匂いだった。優しくて、心地良くて、安心する匂い。

「じゃあ…一緒に…死に場所探してみる?」

これが、一松との衝撃的な出会いで、あまりにも劇的なプロポーズだった。






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