11 どこまでもついてくよ



私が仕事を辞めてその日から松野家に居候することになった。元気で自由なニート達は私をすんなり受け入れ、毎日他愛もない話や、ゲームに本気になったり。チビ太のおでん屋でぐでんぐでんになるまで呑んだりした。

仕事を辞めて、毎日楽になった。お金は減ったけど、何より笑うことが増えたし、自由気ままな六つ子たちを見ていると、こんな生き方もあるんだって思えた。

「名前ちゃんはさー、絶対一松のこと好きだよねー。」

チビ太のおでん屋でおそ松くんとトド松くんと私の三人でゆっくり呑んでいたら、ふとおそ松くんが溜め息交じりに言った。続けてトド松くんもからかうように頷く。

「わかるわかるー。一松兄さんも名前ちゃんのこと絶対すきだよね。」
「だよな!何あの二人の間に流れる言葉に出来ない空気!」
「夫婦って感じだよね!老夫婦みたいな穏やかな空気!」

こうして、仕事を辞めてからもうすぐで一年経つ。松野家でお世話になってから、早いもので月日はあっという間に過ぎ去ってしまった。また一年も流石にお世話になるわけにはいかない。松野家に来てから安心して眠れるようになったのも、辛い気持ちを吐露できるようになったのも、一松くんが居てくれたからだった。

「一松くんは…何か初めて会った時から、不思議な人だった。」
「えー怖くなかった?」
「ううん。安心して、話せた。」

直感で、「嗚呼、私この人と似てるな。」と思ったのかもしれない。だから一松くんには安心して話せた。懐かしい気持ちさえした。

「まーそりゃ運命の人ってやつかもしんねぇなぁ!」

チビ太さんが鼻を擦りながら、私に話しかける。おそ松くんとトド松くんは「ケッ」とつまらないような目をした。

「でましたリア充」
「まあー運命とか僕しんじないけど」
「瀕死の名前を助け出した、王子様って感じだよなぁ!」
「ちょっと、今だから笑える話かもしれないけど名前ちゃん本当に大変だったんだからねっ!」
「一松が名前ちゃん抱えて家に来た時は、正直ぞっとした。」

私、そんな状態だったんだ。大好きな牛すじを咀嚼しながら、ビールを一口呑む。じんわり喉が痛み、鼻の奥がつんとした。

「でも、まー名前はこれからどうすんだい?」

チビ太さんの質問に、私は顔を上げる。

「大変な会社に勤めて働くのがトラウマになっちまったかもしれねーけどよ、そのままニートって訳にもいかないだろ?」
「えーニート楽しいよニート!」
「ニート最高!童貞最高!」
「こいつ等は気にしなくてもいいけど、名前にはよ、未来あるんだから…。」
「えーそれって名前ちゃんには未来あって、僕たちには未来ないってやつなのー?」

私は暫く無言で俯いて、チビ太さんに語った。

「実は、丁度一年になります。この松野家に居候になって。それを機に就職しようと思って、この間何社か就職面接を受けたんです。」
「えっ!?うそっ」

びっくりした様子で、トド松くんはこちらを見ていた。おそ松くんは知ってか知らずか無言でちびりちびりと酒を呑む。

「それで、一部上場の企業に内定が出て。その会社は様子を見に見学もしたんですけど、業務内容もはっきりしていて。やることもルーチンだし…。最初の一年間はそこで契約で働いて、二年目には正規採用の予定で検討したいって。」
「う…うわぁ…!おめでとう!」
「おめでとう!そうだったのかよ、いやぁ、早く言ってくれよ!」

チビ太さんは私の背中をばしりと叩き、大好きな牛すじと卵、そして大根をおまけしてくれた。温かい大根を噛み締めれば口の中でほろほろと崩れてゆく。出汁のきいたおでんのスープをふぅふぅ冷まして飲んでいると、おそ松くんは真剣な顔で私に言った。

「名前ちゃん、一松にそのことちゃんと言った?」
「え、まだ…」
「そうだよ、一松兄さんにちゃんと言わなきゃ!」
「うん、実は次に住むアパート探しとかで最近忙しくて、なかなか言わなきゃいけないタイミングを逃したと言うか。」
「えっ!?名前ちゃんうちの家出てくの!?」
「うん、来月から仕事始まるから。何時迄も甘えるのも…。」
「どこに住むわけ?」
「アカツカ商店街の近く。昔ながらのアパートだけど、ゆっくりした時間が流れてて、良いなって。」
「名前ちゃん、せめて相談しなよ!猫みたいにふらっと居なくなるなんて、僕寂しいよ…それに一松兄さんはどうなるの?」

トド松くんの言葉に息を飲む。私が無言で俯いていると、「……だってさ、一松。どうするー?」とおそ松くんの声が聞こえた。ハッとして私は後ろを振り返ると、後ろには一松くんがいる。

「一松…くん…。」

震えながら彼を呼ぶと、一松くんは当たり前のように呟いた。

「言ったでしょ…死に場所一緒に探すって。」
「うん。」

こくりと頷くと、一松くんは私の手を握った。

「名前についてくよ。」

私と一松は、出会った時から同じ死に場所を探す運命共同体だった。





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