14 はじめてのおつかい




「きょうはね、くるみちゃんがはじめてのおつかいするの!」

愛娘は某有名なテレビ番組に触発されて、買い物に行きたいと駄々を捏ねる。いや、まだ娘に買い物は早過ぎるでしょ。それに重たいものなんて絶対持たせられないし!それでも娘のくるみは「かいもの〜おつかい〜」と足にへばりついて離れない。やめてくれ、某有名なテレビ番組は様々なスタッフの協力があってこそ感動のエピソードが出来上がるのであって、これを一般市民が何の協力もなしにやるとなると相当危険だ。

「…まだお使いは早いよ。」
「くるみはおねえちゃんだよ?」
「でも、ダメ。」
「なんでっなんで!?ぱぱのいじわる〜やだ〜」

ぐすんぐすんとズボンを引っ張りながら泣き出す。あーあ、可愛いけど、でも許してはあげない。交通事故に不審者、巷は良い人だけで溢れてはいないからね。そう言った危険人物から身を守るためにも、俺は心を鬼にしなくてはいけない。

「ね〜ぱぱ〜!くるみちゃんがんばるから〜っ」
「ダメ、絶対ダメ。怪我したらママも怒るしパパも嫌だ。」
「けがしないから〜っ!」

大きな瞳が涙で溢れて、それを洗いたてのエプロンの裾で拭ってやると、突如玄関の扉が盛大に開き、けたたましい声が響く。

「事情は察したぜ、マイスウィートエンジェル!」
「あっ、からまつおじさんだー。」
「クソ松」
「未来のカラ松ガールが瞳に涙を溜めて震えてるのを黙って見過ごすことができるか?オゥ…デスティニー、賽は投げられた!はじめてのおつかいをする未来のカラ松ガールを応援するために産まれしこの身!全てはこのスーパーカリフラジェリスティックエクスピアリドーシャス男子にお任せあれっ!」
「くるみ、ちょっとなにいってるのかわからない…。」
「分からなくて良いよ…クソ松、テメェもう帰れ。あとカラ松ガールとか、俺は死んでも認めないから。」

カラ松はさっとサングラスをかけると、「とにかく」と呟いた。何がとにかくなのかさっぱり分からないが、カラ松はくるみの手を引いた。汚い手で触らないで欲しい。あとで除菌シートで入念に手を拭いてやる。

「お使いをしようじゃないかー!」
「えっいいのー?やった!」
「ハァアア!?お前適当なこと言うな!第一名前だって仕事で家出てるのに何かあったらどうすんだ!?」
「一松、お前…変わったな。何と言うか、父親になってから守りに入った。フッ、娘とはそう言う存在かもしれんがな。」

いや、娘とかそう言う問題じゃなくてクソ松と接触させるのが嫌でもあるし、くるみの安全性を考えたら絶対に許し難い行為だ。まだ娘には早いし、俺と一緒に買い物に行くのが当たり前だと思う。

「じゃあ、今から招集するから待っていろ。」

カラ松は素早くポケットからスマートフォンを取り出すと、すぐさまあの兄弟を呼び出した。

***

「……で、お使いをするのを手伝えと。」

六つ子全員が揃い、急遽「はじめてのおつかい大作戦会議」が、開かれた。愛娘はお昼寝の時間になり、すやすや横でタオルケットに包まりながら眠る。

「まず、僕だけど、僕はくるみちゃんの可愛い勇姿を撮影するために、ビデオ係ね。」
「わートッティ撮影隊来たわー!」
「で、カラ松兄さんとチョロ松兄さんはそれとなくくるみちゃんを守る係。」
「ふっ、変装は任せろ!」
「にゃーちゃんのコスプレしようかにゃー」
「やめてくれ子どもの教育に悪影響だから。」
「で、おそ松兄さんと十四松兄さんはアカツカ商店街の分岐点でもしくるみちゃんが道に迷ってたらアドバイスしてあげて。」
「やーなごみ探偵コスプレでもしようかな久々に。」
「野球ドゥーンドゥーン!」
「えっ、俺は?」
「一松パパは送り出して、出迎える係。」
「……一番辛い係なんだけど。」

トド松(カラ松は途中から用無しになった)の立てた計画はこうだ。アパートの前にある横断歩道を渡り、近くのアカツカ商店街に向かう。商店街では、まず入り口の八百屋でトマトとレタスを買う。そして商店街の中間地点である豆腐屋で豆腐を一丁買い、その中間地点を右に曲がった魚屋でじゃこを買う。そして帰路に着くと言うものだが、正直この計画だけでも息苦しかった。

「一松パパ、めっちゃ不安そ〜」
「なんかもう娘を嫁に出す時の父親っていうか?」
「ヤメロ」
「あっ、なんかくるみちゃん起きそうだよ。」
「っしゃあ一松!この計画成功させるぜ!」

成功も何も、やらせたくないんですけど。と、言った俺の意見は全て無視され、ぼんやりした眼で娘は起きた。タオルケットを握り締め、こてんと膝の上に横たわる。

「……起きた?」
「うー」
「くるみちゃん可愛いね〜ハァハァねぇ、おはようにゃーって言って。」
「あの、黙ってくれない?」

キレ気味にチョロ松を睨むとチョロ松は「ひっ」と言って固まった。くるみはタオルケットを握り締めゴロゴロ横になったかと思えば、抱き付いた。

「おつかいするー?」

どうしてもしたいのか。俺はハァとため息をついた。


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