16 おつかい大成功?
「ジャイ子…ジャイ子を買いに来たの?あなた…。」
「え、う…うん…。」
「トキワ荘で同じ時を過ごした人間から産まれたキャラクターよ。その名前を知っているなんて、あなた中々の漫画オタね…。」
「えっ!?じゃいこおさかなじゃないの?」
「ジャイ子は剛田商店の娘よ。ここでは買えないの…ごめんね。」
ジャイ子ではない、欲しいのはじゃこである。くるみは困り果てた様子で魚忠の前を行ったり来たりして、「え〜でも…。」と悩んでいた。地図にはしっかり魚忠が書き記しており、ここで買い物をすることは明白である。
「どうしよう…ままぁ…。」
ちょっと泣きそうになりながら、でもくるみは何とか目的の物を買おうと必死になった。
「ほんとにないの?」
「本当にないわよ!」
「じゃいこににたおさかなは?」
「えっ!?ジャイ子に似た魚は、マグロ?かしら…それとも、あのどっしりした構え…カツオ?」
「そうじゃなくってー!」
…ちょっとしたクイズ大会になっている。側にいたなごみ探偵と野球少年にも助けを求め、クイズ大会は続行された。
「だから、藤子先生が産みの親でしょジャイ子はっ!」
「赤塚先生なの!ここは赤塚ワールドなのっ!」
「そう言えば俺、漫画の中では火の鳥が一番好き。」
「あーあれね!とりあえず何の漫画好き?って聞かれたら、火の鳥って言えば黙るあれね!」
「それ、手塚先生よ!トキワ荘繋がりだけど、大分論点ずれてきたわよね!?」
ワァワァ始まる三人に、くるみは困り果てた。どうすれば良い?ここで買い物をやめて、帰るか、それとも…。
「Hey,karamatu girl !」
またややこしい奴出た。もううちの愛娘に何もするなクソ松。俺は盛大な溜め息を吐き、項垂れる。
「お前の求めている、真実の魚はジャイ子ではない…ジャイ子のようでジャイ子ではない、その魚はまるでそうジャイ子」
「えっ?」
「そう、ジャイ子と10回唱えれば、自ずと真実の道は開ける…」
「じゃいこじゃいこじゃいこじゃいこじゃいこじゃいこじゃいこじゃいこじゃっこじゃこ」
「ほら、今言った!」
「じゃこ!」
「ああ〜じゃこね!じゃこ!」
トト子ちゃんはようやく納得して、袋に詰めたじゃこをくるみに渡す。やっと目当ての物が買い揃い、くるみは目を瞬かせた。
「やった!おうちかえんなきゃ!」
お金を支払い、トト子ちゃんにバイバイをして、歩き出す。荷物が重くて途中、ビニール袋が破けた。
「あっ、わっ」
コロコロとトマトとレタスが転がる。追いかけて走ると、見事にすっ転んだ。
「……もう、俺限界かも…見てらんない……。」
「あー!ダメダメ!だって、あともうちょっとなのに!!あとちょっとで買い物がっ…」
ぐすんぐすんと泣き出したくるみを陰から見守ることなんて、俺には無理だ。俺がトド松の静止する腕を振り切って、その場に駆け寄ろうとしたら、くるみの前に見慣れた一人の女性ー母親の名前だった。
「あれっ!?くるみ、どうしたのっ?」
「ままぁ…!!」
ふぇぇと泣き出し、名前の胸の中に飛び込んだ。スーツ姿の名前は、ドラッグストアで買ったと思しき安いお菓子や、ティッシュなどを手にぶら下げていた。
「あー名前ちゃん…仕事今日早かったんだ…残念…!」
「……いや、かなり安心したわ。」
もう名前が居れば何も問題はない。俺はようやく生きた心地すら覚えた。名前は娘の汚れた膝を払い、転がったレタスとトマトを拾うと、レタスは自分のドラッグストアの袋にしまい、トマトは小さなリュックにしまってあげた。
「くるみちゃんひとりでおつかいしてたの!」
「そうなの…?」
「もうぜんぶかったよ!ぱぱにいわれたもの!」
「じゃあ、あとはお家に帰るだけだね。」
「そうだよ!かえろ!」
「うん、帰ろう。」
娘と手を繋ぎ、名前は歩き出す。周りにいた異様な人物達の存在に気付いたのか、名前は「なんか…すみませんね…うちの子が…。」と謝罪し始めた。いや、名前、謝罪する必要なんてないから。寧ろ迷惑かけたの向こうだから。
「……家、帰る。」
俺は立ち上がり、名前とくるみより先に家路へと急いだ。トド松はにやにやしながら「もーっ!パパは心配性なんだからっ!」とツッコミを入れる。それをガン無視してやった。
きっと、歩き疲れて喉が乾いてるに違いない。汗もかいたから、帰ったらすぐシャワーしてあげよう。そんなことをぐるぐる考えて、部屋の鍵を開ける。名前とくるみを出迎える準備を整え、その時を待った。
ーピンポーン
「……はい。」
ガチャリと玄関の扉を開けると、名前とくるみが立っている。にこりと笑って、娘は言った。
「ただいまっ!」
「……おかえ…り…。」
ぎゅうっと抱き締めると、あったかい陽だまりの匂い。側にいたカノンも「にゃあ」と無事に帰ってきたことを喜んでいた。名前はそれを見て、柔らかい表情で微笑んでいる。
「ちゃんとおつかいできたよ?」
「うん。」
「ちゃんとひとりでできたよ?」
「うん。」
汗だくになった娘を抱き上げ、キッチンで買ったものを広げた。レタス、トマト、豆腐、じゃこはサラダに。自然薯はとろろかけご飯にした。
「おつかいたのしかったー!」
当の本人は呑気に言ってるけど、こっちはハラハラしっぱなしだから、できることならもう二度とはさせたくないな。ビデオ撮影隊のトド松は最後にお決まりの台詞を言わせる。
「くるみちゃん、お使いは成功かな?」
「おつかい、だいせいこう!」
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