04 笑顔のエリザベス女王杯




「名前ちゃん…大分買ったね…。」

まさか、至って真面目なワーキング女子である名前ちゃんがこんなに本気出して馬券を買うとは思っていなかった。手にはハイボール、そして購入した馬券が握られている。単勝、複勝、枠連、名前ちゃんが買った馬券は三種類。賭け金も、それなりの額で俺はちょっとビビッた。そしてこのレースを見に、わざわざ京都まで新幹線で来た俺たち…アホなのか、はたまたもうどうしようもないのか。

「初心者だよね?」
「うん、初心者だよ?」
「いいの?そんなお金掛けちゃって?」
「えっ?」
「負けたら、しばらくショッピングとか行けないよ〜?」
「あ、私ショッピングとかスイーツ巡りとか、あんまりしない女子なんで。」

……名前ちゃん、あんたおっさんか!!美人の皮を着たおっさんなのではないかと、俺はビールを飲みながら疑ってしまう。でも馬券を握りしめる名前ちゃんは何時になく真剣で…あークソ…やっぱ可愛い…。

「予想は一着アイスクイーン、対抗馬はマツノサンシャインかな?まぁ、マツノは二着で、三着はアカツカフェアー。」
「へぇー。俺は一着はマツノサンシャイン、二着はアカツカフェアー、三着はアイスクイーン!」
「アイスクイーンは、ここ一週間の調教時においても順調だったらしいね。
走り出しは遅いけど、相手を抜きたい想いが強い馬だから、後半の粘りの追い上げが強い。前のレースでの成績も参考に見たけれど、この手のレースでは好成績を残しているから、本命馬かなぁ。マツノサンシャインは、調教では今のところ手応えは良いけど、直接コースの走り込みで最後どう出るか…。この京都の広い外回りのコースは、不得意そうな気がする。」
「はぁー姉ちゃん、えらい馬好きなんやねぇ!」

知らないおっさんも乱入してきて、名前ちゃんは馬話に華を咲かせる。名前ちゃん、そこまで本気出して競馬予想しなくても良いよ!?俺の方が競馬歴長いはずなのに、ご指導受けたくなったよ!

「あっ!始まる!」

名前ちゃんがきらきらした目でゲートを見やる。ファンファーレと、熱のこもったアナウンスとともに、レースはスタートを切った。

「おっ!いいスタート!」

レース序盤、マツノサンシャインが群を抜いてトップだった。好調な滑り出しで俺はホッとする。そのままコースを曲がるかと思いきや、コースを曲がった直後、レースの空気が変わる。

『ーおっとここで、マツノサンシャイン!一番手マツノサンシャイン失速している!どうした!?二番手アイスクイーン、徐々に追い上げてきたか!』

実況者の声に俺は馬券を握りしめた。隣にいた名前ちゃんは、祈る様にしてアイスクイーンを見つめている。最後の直線コースに差し掛かった時、マツノサンシャインの頭を抜いたのは、アイスクイーンだった。

『ーアイスクイーン!アイスクイーンが先頭だ!アイスクイーンが先頭に来た!』

「ーっ!!いけぇえええ!アイスクイーン!!そのまま走れぇええ!!!」

名前ちゃんが思い切り叫ぶ。場内も盛り上がりが最高潮になり、実況者も興奮気味に叫んだ。

『二番手マツノサンシャイン、アイスクイーンを追う!逃げ切れるか!?逃げ切れるのか〜!?あーっ!逃げ切った!!最後の追い上げやはり強かったアイスクイーン!!女王の名は譲らなかったーー!!!!』

「やった…!勝ったあああーっ!!」

名前ちゃんは俺に向き直ると手を取ってジャンプする。俺、負けたんだけど!と言うツッコミも無視して名前ちゃんは勝利の喜びを味わっていた。周りのおっさんが名前ちゃんの方を振り返り、柿ピーの袋を渡していた。

「熱いな嬢ちゃん!」
「えっ!?くれるんですか?」
「勝利の祝いの品や…好きなだけもろたらええ…。」
「やった!ありがとうございます!」
「さっきの熱い叫び声、痺れたわ…姉ちゃん、俺からもプレゼントや。」
「えっ?スルメイカ大好きです!ありがとうございます!」

レースに勝利し、何故か祝いの品と言う名のつまみをゲットする名前ちゃん。何なの?君は女神様か何かなの?俺がぼんやり名前ちゃんを見ていたら、知らないおっさんが俺の肩を叩いた。

「兄ちゃんもこんな可愛い彼女連れて競馬デートやなんてなぁ…」
「えっ、ま、まぁ…」

彼女と言われて頬が赤くなる。幸い名前ちゃんはつまみを夢中で食べているのでこの話は耳に入ってないようだった。

「今夜、こっちに泊まるん?」
「えっ?はっ、はぁ!?泊まる!?」
「遠くから来たんやろ?」

泊まるって泊まるって…!いやでもまだ俺ら付き合ってないし!きゅ、急に一夜のアバンチュールだなんてそんな!想像しただけで、俺の身体疼いてきた!

「な、なぁ、名前ちゃん。この後って…」
「新幹線乗って帰るよ?明日仕事だし。」

……ですよねー。






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