06 叶わない片思い
「ーねぇ、兄さん、さっきからぼんやり携帯見過ぎだよ。」
チョロ松の声に俺は我に返った。お椀に入った豚汁は、ついでから量が減っていない。不思議に思った弟達はそれぞれに口を開く。
「……どうせまた例のあの人でしょ。」
「ああー!名前ちゃんね!セクロスセクロス!!」
「待て十四松、今兄さんはラブの波動を受信中だ。ははっ、恋する喜びセラビィ!この胸のときめき、十億ドルの夜景よりも永遠に輝き…」
「ってか、名前ちゃんに最近会ってたりするの?三週間前は一緒に競馬見たって言ってたけど…。」
「会ってねーよ!!!!」
ダンッと怒りながらお椀をちゃぶ台に置くと、その場が静まりかえる。俺はイライラして早口でまくし立てながら喋った。
「こっちはなぁ!!毎日毎日名前ちゃんのことばっか考えて、好き過ぎて毎日名前ちゃんの淫らな姿とか想像してシコマツして、でも名前ちゃんは最近仕事忙しくてそればっか夢中になって、俺が連絡してもスルーする時もあるし、かと思えばチビ太の居酒屋にたまに寄ることもあるらしいし、そん時俺に連絡すりゃいいのに、全然連絡しないでこんなにこっちは名前ちゃんが足りてないのに、欲求不満で死にそうなんだよ!!!!!」
トド松はそれを聞いて、はぁーとため息をつく。なんだよと俺がトド松を見ると、トド松は言った。
「それ、兄さん付き合ってないし名前ちゃん拘束する権利とかなくない!?」
「僕もトド松の意見に賛成。その子、兄さんに対して、あまり感心をもっていないんじゃないかな?」
「あー煩い煩い煩い!!」
知ってるんだよこっちは。でも、寝ても覚めても名前ちゃんのことを考えてしまって、どうしようもない。俺は立ち上がって席を外す。トド松が後ろから「どこ行くの?」と聞いてきたが、全部無視した。
ー向かった先はチビ太の居酒屋。こんな時は酒でも飲んでべろっべろに酔ってやる!と、決めこんで暖簾をくぐれば、スーツ姿でテーブルに突っ伏す女性が目に飛びこんできた。
「お、丁度良かった!」
何が丁度良いんだよ。俺がチビ太を睨むと、チビ太はテーブルに突っ伏す女性を指して、言う。
「名前ちゃん」
ドクリと心臓が高なった。名前ちゃんは顔を伏せたまま、動かない。珍しく大分酔っていた。チビ太によれば、仕事で相当嫌なことがあったらしく、止めたにも関わらず、ストレスをぶつけるように、がぶ飲みしたらしい。
「仕事でうっかりミスしたんだとよー。それで周りに迷惑掛けて、後輩にも馬鹿にされて、だいぶ落ち込んでて…。」
「あー…」
名前ちゃんは、頑張り過ぎて心配になる。頑張らない俺にとって、名前ちゃんはどこからそのパワーが生まれるんだっていうくらい、真っ直ぐで。だからその分、ミスをした自分が許せないのだろう。
「名前ちゃん」
俺が肩を叩いても、名前ちゃんは反応しない。耳元でもう一度、名前ちゃんの名前を呼んだ。髪からは甘い女の子の匂いがして、頭がくらくらする。
「悪いけど、名前ちゃん送れるか?」
「うん、大丈夫。」
俺が名前ちゃんの肩を抱き、よいしょと横抱きにしようとしたら、名前ちゃんは俺の首に腕を回し、抱き付いてきた。
………あの名前ちゃんが、俺に抱き付いてきた。
「あ、ああ、あれっ!?名前ちゃんっ!?」
「おそ松、テメェ涎垂らしてんじゃねぇよ!!!!」
チビ太の叫び声も虚しく、俺は無意識に名前ちゃんの腰に腕を回した。これ、カップルに見えるよな!!ヒャッフー!酔っ払った名前ちゃんマジ可愛い!
「じゃあチビ太、俺名前ちゃんと帰る!」
「あ、テメェ、ホント変なことすんなよ!最後まで送り届けろよ!」
俺は名前ちゃんの腰を抱き、チビ太の居酒屋を後にした。名前ちゃんの体から甘い香りとアルコールの匂いがふわりと風で漂ってくる。俺は久しぶりに会えた喜びと、急接近できた嬉しさで頭の中は興奮していた。
「なーなー!久しぶりに俺、名前ちゃんに会えて嬉しいよ!」
「………。」
「チビ太が言ってたけど、なんか仕事であったの!?俺も話聞くよ!」
「………。」
「なぁ、名前ちゃん?」
「…き…た…」
「へ?」
「ホテル、いきたい…」
ん?と俺が名前ちゃんの腰を抱く手を緩めると、名前ちゃんは急に俺の手を強く握り、早足で歩き出した。繁華街を外れ、ラブホテルがひしめき合う裏通りに足を進める。
急にどうしたのか。名前ちゃんらしくなくて、俺は動揺した。
「え、あ、名前ちゃん?本気で言ってんの?」
名前ちゃんから返事はない。ラブホテルの中に入り、フロントに足を進め、名前ちゃんは宿泊手続きを始めた。名前ちゃんは本気で、俺は突如童貞を捨てるチャンスが巡ってきたためにどうしたら良いかわからず、ただ名前ちゃんについて行くしかない。
「名前ちゃん、なぁマジなの!?お、俺と、このホテル入っていいの!?」
「………。」
部屋の鍵を受け取り、名前ちゃんは俺の腕を引いてエレベーターに乗る。部屋に到着して、戸を開けて中に入った瞬間、名前ちゃんは再び俺を抱き締めた。
「名前ちゃん…」
名前ちゃんは、疲れているのか、酔っているのか、俺に甘えていた。さっきから返事はないけど、俺に身を委ね、瞳を閉じている。それが嬉しくて、抱き締め返した。
ー好き。好きだよ、名前ちゃん。ずっと名前ちゃんのこと考えてた。
「……ぁっ…」
名前ちゃんはとろんとした瞳で、俺を見てから色っぽい声をあげる。ふらふらと、そのまま俺たちはベッドにダイブした。
名前ちゃんはスーツを脱ぎ、ワイシャツのボタンを外していく。俺は下半身がもうライジングしてるのを止められなかった。毎日名前ちゃんの淫らな姿を妄想していたのが、こうして現実になっている。好きな女の子と、こんな風に愛し合えたら幸せだと、ずっと思ってた。
額を寄せ、名前ちゃんを見つめる。俺がゆっくりキスをねだろうとしたら、名前ちゃんが小さな声で呟いた。
「竜汰…好き、だよ…」
急に現実に返り、俺は名前ちゃんの肩を掴んで離した。
今、誰の名前を呼んだ?
「竜汰」
名前ちゃんは、俺の名前ではなく、知らない名前を呼び続ける。何だ、バカだ俺…てっきり俺のこと好きなのか期待した。名前ちゃんは俺のことなんて、何とも思ってないのに。
「俺はおそ松だよ、名前ちゃん。」
名前ちゃんの瞳をじっと見たけど、名前ちゃんには俺は見えてない。
「元彼じゃないよ。友達のおそ松だよ。」
ギリッと胸が締め付けられ、痛い。苦しくて息を上手く吸い込めない。
「俺を見てよ。」
今日一日、名前ちゃんに何があったのか俺は知らない。でも、きっと名前ちゃんは教えてくれない。
慰めてくれるのも、気持ちを受けとめてくれるのも、彼氏でしかできないことで。俺は元彼の竜汰という人物に酷く嫉妬した。
「ねぇ、名前ちゃん。帰ろう。」
こんな状態で、あわよくばなんて。考えられねーよ。あーあ。
酷いよ、名前ちゃん。
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