07 リフレイン
仕事でうっかりミスをした。しかもとんでもないミス。人事グループから直々にセミナーの講師を頼まれ、部長から海外事業の件が話され、舞い上がっていたのかもしれない。その日あった社外ミーティングをすっぽかした。しかも、連携企業の重役とのミーティングを。
「名前さん、大政建設の社外ミーティングって、13:30から?」
「ミーティング?」
「もう向こうはグランドホテルの会場に着いてるって。」
手帳を確認して、慌てて会場に向かい、約1時間程待たせた相手側には丁重に謝罪をした。何やってるんだ、私。社長さんは大分ご立腹で、ミーティング後、私を担当から外せと苦情の電話が入った。
「名字、君にはがっかりしたよ。」
思いがけない部長からの一言に、私は絶望の淵に追いやられた気分。それを見た後輩くんは、至極ご満悦ですれ違い様に私に言ったのだ。
「名字先輩でも、間違えることあるんですね。まぁ、僕はそんな大きなミス、したことないけど。」
頭にきて、自分が許せなくて、仕事終わりに居酒屋へ走って、それから記憶がない。気付いた時には何故かおそ松さんが私の目の前にいて、家まで送り届けてくれた。ずっと元彼の竜汰のことを考えてた。まぁ、元彼と呼んで良いのかも分からない、あやふやな関係だったけど。大好きな竜汰の顔を思い出して、ひたすら泣いた。
フェイスブックには、幸せな竜汰の結婚式の様子。そして、それから数ヶ月経った今、奥さんのお腹がふっくらとした写真がアップされていた。
私が竜汰の隣に居たかったのに。
未練がましい思いが募り、部屋の中で嗚咽を漏らしながら泣いた。可愛いお嫁さんなんて、私には果たせなかった夢だった。私には仕事しかない、ずっとそう思って働いてきたのに、どうして急に思い出したりしちゃったんだろう。
馬鹿な私は、ベッドの上でシーツをぐしゃぐしゃにしながら、涙した。
***
「ー覚えてない?」
「うん…本当に、覚えてなくて…。ごめんね、おそ松さんが私を家まで送り届けてくれたのは覚えてて。それまでの記憶が、何したかわかんなくて。」
今日のお昼はカフェテラスでベーグルサンドだ。もちもちのベーグルに挟んだ生ハムとレタスとトマト。それにグリーンスムージーを注文し、電話をしながらテラスでランチを取った。電話の相手はおそ松さん。昨日の出来事を謝罪すると、おそ松さんは電話越しにふーっと溜め息をつく。
「ホントーに覚えてないの?」
「うん…だから、覚えてないんです。はい。」
「あーんなこともしたし、こんなこともしたのに?」
「へっ?な、なにそれっ」
「名前ちゃんが、俺に告白して、すげー甘えてきて、抱き付いてキスして、それから…」
「そんなことしたの?!」
私が青ざめながら叫ぶと、おそ松さんは「嘘だよ」と一言。その一言に私は安堵し、またベーグルサンドを一口齧った。
「迷惑かけたお詫びをしたいんだけど…。」
「お詫び?」
「うん、あの、家まで送り届けてくれたし。大分酔ってたから、多分かなり迷惑も掛けたろうし。」
「じゃあさ、一日デートしてよ。」
おそ松さんの呑気な声が電話越しに伝わり、私は一瞬黙ってしまった。デート…デートってつまり、おそ松さんは私を異性として少なからず好意や興味をもっているのだろうか。
「あー、あのさ、変な意味じゃなくて、その、俺さー行きたい場所があるんだよね。」
「行きたい場所?」
「でも男一人で行くのちょっとキツイ場所っていうか。まぁ、名前ちゃんがいると、行きやすい場所というか。」
「そんなんで良いの?」
「それが良いの」
おそ松さん、変わってるな。私がどこ行きたいの?と聞いたら、「まぁ、それは行ってからのお楽しみということで。」と、はぐらかされてしまう。
「名前ちゃん」
「え?」
「俺、名前ちゃんのこと、もっと知りたいって思ってるから。」
「もっと知りたいってどういうこと?」
「それ聞いちゃう?普通に聞いちゃうわけ?名前ちゃん、わかってないな〜こういう時はドキドキ顔を赤らめてそれから…」
「あ、じゃあ電話切りますね。もう仕事戻るんで。詳細は後日またメール下さい。」
「えっ、あっ、ちょっと!」
電話を切り、スムージーを一口。ひんやりと、爽やかな味が口いっぱいに広がった。
どこへ出掛けるんだろう。少しだけ、早く土曜日が来て欲しい。
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