10 廻り始めた




「ここのモツ煮、最高に美味いよ!」

夜は居酒屋で、おそ松さんオススメの居酒屋にやって来た。なんでもモツ煮込みがオススメらしい。ビールやモツ煮込み、その他の一品料理を注文すると、すぐに注文した料理が運ばれてきた。ポテトサラダはサワークリームが隠し味になっていて、美味しい。出し巻き卵も懐かしい味がした。それに、モツ煮込みはねぎたっぷりで、赤だしがきいていて、オススメなのも頷ける。

「美味しい!」
「だろー?ここの居酒屋は何食べても美味いんだよねー。」

へらりと笑いながら、おそ松さんはビールを飲み干した。私もモツ煮込みに箸をのばす。モツは独特な食感が苦手だったけれど、これなら食べられる。

「肉じゃがも美味いよ。」
「わ!食べる食べる!」
「どんだけ食い意地張ってんの名前ちゃん。」
「食欲の秋って言うよね?」
「あーはいはい。」
「冷たいなぁ。」
「えっ、優しいよ俺?すっげえ優しくて、心が広いから!」
「あーはいはい。」
「夢はビックなカリスマレジェンドで…」
「はいはい。」
「ってもー名前ちゃん、話聞いてない!」

おそ松さんはぷぅっと頬を膨らまし、私は思わず笑う。

「罰として、俺にあーんってして?」
「あーん?」
「こうやるの、はい。」

おそ松さんが箸で肉じゃがを掴み、私の口の前に差し出す。反射的にぱくりと口にすると、おそ松さんがにやりと笑みを浮かべる。

「名前ちゃん、かっわいい〜」
「えっ、だって、肉じゃが好きだし。美味しいね、肉じゃが。」
「あぁ…うん、でも、出来ればもうちょっと恥じらいがあると…」
「でも、私、あーんはやらない。」
「……ですよねー。知ってる。」

知ってるんだったら、最初から言わなければ良いのに。私がビールを飲み、ポテトサラダを食べていると、おそ松さんがじーっとこちらを見つめる。

「なぁに?」
「いや、今日はさ、名前ちゃんがたくさん笑ってるところ見れて、嬉しかった。」
「……口説いてるの?」
「さぁね〜」

私はハイボールを注文し、おそ松さんはウィスキーを注文した。ハイボールはレモンが多めに絞られて、口いっぱいに酸味と爽やかな香りが広がる。しゆわしゅわ、炭酸がグラスの中で弾け、私は笑った。

「……いつもさ、仕事であれがしたいなーとか。絶対に夢を叶えたいって、歯を食いしばってやってきたんだ。でもさ、この歳で思うのは…。」

脳内に、お腹がふっくらと膨らんだ、あの女の写真が過る。真っ白なウェディングドレス、幸せそうに寄り添う二人の写真。

「無理をして夢を叶えても、それ以上の幸せを簡単に掴んでしまう人間もいるんだなって。」

カランとグラスの中で、氷が溶け出し音をたてる。女々しい自分が、夜になると出てくる。特にお酒を飲んだその時はー

「随分、悲観的なんだね、名前ちゃん」
「まぁね」
「でも、俺は名前ちゃんなら、きっと両方の幸せを掴めると思う。」
「どうして?」
「俺、なんとなく分かっちゃうんだよね〜。野生のカン?」
「ふふっ。テキトー」
「適当じゃないって!俺は未来のビックなカリスマレジェンドだよ〜?分かっちゃうんだよね、これが。」

おそ松さんの言葉をハイボールと一緒に飲み干した。ーと、向こうの個室から大爆笑が聞こえる。どこかの大学生の飲み会かな?耳をそばだてると、聞き慣れた声が聞こえる。

「ほんっとあのババア、いい気味だったわ〜!いかにも仕事出来ます風を装ってるけど、所詮使えないクズ女ってか!」
「おい〜お前言い過ぎ〜!」
「いや、実際そこまで仕事できないのにさ、いつも評価はムダに高いんだよね。」
「あっ、でもわかる。そんな女たくさんいるよね!」
「つーか、そいつ、マジでウザくね?海外事業部に派遣とか、お前の方が適任なのにな。」
「いや、俺は海外事業とか興味ないんだけどさ。その女は意識高い系ババアだから、海外進出狙ってんの。」
「ウケるー!国内でロクに仕事出来ないのに、海外とかその女終わってんじゃん!」
「ホント、終わってるよ名字先輩とか。」
「お前が実は先輩なんじゃねーの?」
「よっ!先輩!今日はゴチになりやす!」
「お前調子乗んな〜」

ゲラゲラ笑い声が響いて、私は一瞬にして青ざめる。間違いない、後輩の笑い声だ。大学時代の同級生と飲んでたのかな?大爆笑しながら、私の悪口を酒のつまみにして複数人で飲んでいる。

楽しかった気持ちが急に冷え込んで、私は目を伏せた。今日は、仕事を忘れて、おそ松さんと一日、ずっと笑ってたのに。最後の最後で、どんでん返しとか。

暗い気持ちが私を襲い、おそ松さんは「名前ちゃん」と、私を呼ぶ。でも、その声すら耳に入ってこない。

「あーあ、あのババア、早く仕事辞めれば良いのに。」
「嫁に行けないから仕事するんでしょーよ。」
「ギャハハ!まーそうだろな。そいつの人生終わってるー。」

おそ松さんが急に立ち上がり、笑い声が響く個室に足を進める。私は慌てておそ松さんの後ろを追うと、おそ松さんが勢いよく個室の戸を開けた。

「あ?誰?」

後輩がおそ松さんを睨む。そして、おそ松さんの背後にいた私を見つけると、急に黙り込んだ。

「名前ちゃんの良いところ分からないとか、お前クソだな!!」

おそ松さんは、後輩くんを馬鹿にしたように見つめる。

「つーか、酒のつまみが人の悪口とか、お前の人生が終わってる。」
「は、はぁ!?」
「本人目の前にして黙り込むとか、お前チンコついてねーだろ!!!!」

声を荒げ、怒るおそ松さんを私は初めて目撃してしまった。しかも、私のことで、相当怒ってる。

「行こう、名前ちゃん。名前ちゃんも大変だね、こんなガキみたいな後輩の世話しなきゃいけないなんて。」
「い、いや、大丈夫…」
「言っとくけど、テメーの悪口、今じゃ立派な傷害罪に該当するからな。」

私の手を引いて、おそ松さんは歩き出す。後輩くんは真っ青に青ざめ、私はドキドキ、心臓が煩く高鳴る。なんか、よく分からない。少しおそ松さんがかっこよく見えた。

「はーイラつく!なぁ、名前ちゃん、チビ太のとこで飲み直ししよ!」
「うん」

そう言えば、今日、初めて手を繋いだ。ゆっくりと、繋いだ手のひらから熱が伝わる。おそ松さんの温かい気持ちが、手のひらから私の心に伝播する。

「今日は、ありがと。私の代わりに怒ってくれて、スッキリした。」
「えっ?あんなのフツーだよ!」

おそ松さんはまだ根にもっているようで、私は笑ってしまった。他人の言葉を真に受けて、くよくよしていた自分が、馬鹿みたい。

「今日のおそ松、かっこよかった!」

今までよりも、もう少し深く、あなたを知りたいと思った。





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