11 涙色の思い出




かっこよかったとか!かっこよかったとか…!俺もう死にそう。胸キュンし過ぎて死にそう。なんなの名前ちゃん、かわいすぎるでしょ、反則でしょ!!!

俺はデレデレしながら、一週間前の一部始終を思い出し、お散歩動画を見ながら抜いた。本日三回目である。名前ちゃんの可愛いお散歩動画はどんなエロビデオより興奮した。あの細い腕とか、ふわふわの髪とか、優しく笑う唇とか、全部欲しい。名前ちゃんになら、俺の童貞捧げても良い。ってか、全部捧げます。

「かわいすぎるよ…名前…」
「呼び捨て入りましたーリア充滅べ。」
「クソニート」
「あっ!お兄ちゃんにそんなこと言っちゃう?でも、残念でしたー俺は今幸せの絶頂で何言われてもハッピー!」
「うっぜえ…」
「眩しい…これがリア充の力…!」

幸せでとろけていると、後ろから容赦無く掛けられる罵声。しかし、俺にはその罵声も全くもって通用しない。何故なら名前ちゃんがかっこいいって言ってくれたから。

「もうう〜!名前ちゃんったら、甘え過ぎ〜!ここ人前だよっ」
「ヤバい、妄想入った。電波だわ。電波キタ。」
「童貞卒業しちゃう?もーっマジで卒業しちゃう?俺、名前ちゃんになら俺の新品捧げても全然オッケーだし、そのままデキ婚してゴールインとか!きゃーっ!」
「最低だわ」
「うんホント最低。クズ過ぎる。」

ヘラヘラしながら俺は今日も名前ちゃんのことを考える。何も知らない俺は、名前ちゃんと良い関係になっていて、そのまま恋仲になれるのでは?と甘い妄想を抱いていた。








***









「ーと言うわけで、私が行ってきたプロジェクトは発電事業のみならず、過疎化が急速に進む地域の創生を含め、地域企業また公共機関との連携を意識した事業の展開を推し進めてきました。」

ホテルの一室を借りての大規模な就職セミナー。この日を迎えるにあたり、入念なパワーポイント作りを行い、学生のハートは鷲掴みにできたみたいだ。

「失礼ですが、貴社の持つ発電事業の強みとはなんでしょうか。」

「弊社では海外でも発電事業の展開を行っております。発展途上国でも、地球のどこにいても安定した電力を供給できること。この高い技術力が弊社の強みでもあります。」

人事グループの担当者は、すらすらと自信たっぷりに回答する私を見て、ばっちりサインを送る。最後に夢とか希望とか、餞の言葉でも送るか。

「今弊社に必要な人材は、高い技術力を持つ人材ではなく、組織の中で縦横無尽に働くクリエイティブな人材です。一人の人間が働ける時間は限られています。どのような仕事をし、時間を過ごすか…。未来に残る仕事を、私たちと共に協力し合うことができれば幸いです。ご静聴ありがとうございました。」

「国内事業部、名字名前さんでした。皆様、拍手をお願い致します。」

広い会場内に盛大な拍手が鳴り響く。登壇を終えた私を待ち受けていたのは、部長の笑顔だった。

「ー良かったぞ。ごくろーさん。」
「部長…」
「お前を育てた先輩たちも、お涙頂戴の登壇だったぞ。」
「言い過ぎですよ。」
「ま、これでいつ海外派遣になっても文句はねーだろ。」

ほいっと分厚い書類が入った紙袋を手渡された。私は部長の顔を目をぱちぱち瞬かせながら見つめるとにやりと部長は笑う。

「仮の人事異動通知書。そして手続きの書類。正式な人事異動は来年四月から。晴れて君はオーストラリアに任務へ行けることとなる。」
「う、うそ…」
「ホントだ…ってお前、何泣いてるの。」
「だって、だってずっと…夢だったから…部長〜っ…!」
「あーあ。相変わらず負けず嫌いと泣き虫なのは入社時代から変わんねーなぁ。」

よしよしと頭を撫でられ、私は涙を零しながら書類を抱き締めた。やっと、やっと叶う。来年から働けるんだ、新しい舞台で。

「前祝いにパーッとやるか?事業部のやつらと。」
「はいっ」
「ま、来週か再来週あたりに席を設けるから、今日はゆっくり休みな。上には今日の様子を報告しとくから。」
「はいっ!」

ふふっと笑い、私は会場の舞台裏からそっと姿を消した。先ほどまで登壇を聞いていた学生たちは、今熱心に採用までのスケジュールを人事グループに質問している。本気になって仕事をする人と仕事がしたいなぁ、なんてぼんやり思ってしまった。

ー会場を後にし、今日は一人で居酒屋で祝杯を挙げようとした矢先、友人からの着信に気付く。何軒もの着信。どうしたのかと急いで友人に電話をかけると、学生時代からの変わらず明るい声が響いた。

「名前?」
「うん、名前だよ。久しぶり!」
「良かったー!やっと繋がった!」
「ごめん…今仕事があったからさ。」
「聞いたよー世界の四ツ井商事で働いてるんだって?」
「国内事業部だけどね。」
「いや、でもエリートだよ!バリバリのキャリアウーマンって感じ。かっこいい!」
「そうかな。」
「あ、ところでさ、聞いた?竜汰のこと!」

どきりと心臓が跳ね上がる。友達は喜びながら話を続けた。

「先日、遂に赤ちゃん産まれたんだよ!女の子!ちょーかわいいの!だから、友人一同からってことでお祝いにベビー用品をプレゼントしようかとー」

ドクリドクリと心臓は警鐘を鳴らした。おかしい。友達は話しているのに、全く耳に入らない。それどころか、意識が遠のき不安に襲われる感覚に陥る。

「ってことだからさ、名前も何か良い案があれば教えて!じゃーねぇ!」

苦しくて、通話が終わるとスマホをバックにしまい込み走り出した。全速力で、電車に乗り込み自宅とは違う方面へと向かう。ずっと心臓は跳ね上がったままで、涙を堪えるので必死だった。

着信が再び鳴る。でも、怖くて私はバックの奥底にしまい込むことしかできなかった。









***










「ー現在、おかけになった電話番号は電波の届かないところか、通信危機の電源が入っておりません。」

…おかしい。さっきから何度も何度も名前ちゃんに電話してるのに繋がらない。何で何故WHY?名前ちゃんは仕事早いから、だいたいいつもすぐに電話出るのに。

「今日確かセミナーが何ちゃらかんちゃらって言ってたよなー…」

名前ちゃんは四ツ井商事に勤めてるってことは、その四ツ井商事に直接電話すりゃいーのか!って俺、ここまで来るとストーカーだな!でも好きだから全力で電話するけど!俺は会社の番号をネットで調べ、すぐに電話をかける。国内事業部に取り付いでもらったけど、名前ちゃんはセミナー後にすぐ退勤したらしい。

「ちぇー…ってことはチビ太のとこで一人居酒屋かぁ。」

俺はマフラーを引っ掴み、戸口を開け、チビ太の居酒屋へ向かう。寒暖の差が激しい11月。俺はマフラーを顔にぐるぐる巻いて、チビ太の居酒屋へ乗り込んだ。

「名前ちゃんなら来てねーよ。」
「えー」
「大方家でゆっくり飲んでるんじゃねーの?」

俺は次に名前ちゃんの家へ向かう。しかし、ここもハズレ。マジで名前ちゃん、どこへ行った…。俺は名前ちゃんと行った場所をしらみつぶしに探すことにした。デートした居酒屋、電車に乗って向かった水族館、腹一杯食ったラーメン屋、そして海が見える展望台。

「いねー!!!何で?意味わかんねぇ!名前ちゃんマジでどうした?えーヤダよ名前ちゃーん!」

展望台で俺が名前ちゃんの名前をガチで叫ぶ。しかし、辺りはただ薄暗く、俺の声がこだまするだけ。あー何かきっと名前ちゃん悩み事が出来たんだ。名前ちゃん一人で全部抱え込むから、だから側に俺は居たいのに、その隙すら与えないなんてホント名前ちゃんは頑固だなとつくづく思う。名前ちゃんが好きで、俺は少しでも名前ちゃんの支えになりたい。そして、名前ちゃんとの距離を少しでも縮めたい。

「って、アレェッ!?」

思わず変な声が出た。岩壁に一人うずくまる女を発見したからだ。しかも寒そうなスーツ一枚で。絶対名前ちゃんだ。名前ちゃんに違いない。俺は全速力でその女に近付くと、声を荒げた。

「何やってんだよ名前ちゃん!!」

身体を揺り起こすと、名前ちゃんは瞳にたくさんの涙を溜めていた。嗚呼、だから言わんこっちゃない。辛い時に辛いと頼れないこの子が、腹立たしい。

「すっげえ心配したんだぞ!!馬鹿なことは止めて…ほら!風邪ひくし!」
「……ごめんなさい。」
「いいよ、すぐに帰ろう!危ないよこんな場所で!」
「私、おそ松の気持ち知ってた。全部知ってた。」

ドクリと心臓が音を立て、俺は名前ちゃんの手を引く力を緩める。知ってたって、俺の気持ちを?や、やべえ今ここで告白とか、俺は名前ちゃんのこと抱き締めるだけじゃ済まないことしたくなっちゃう!

「へっ…はっ!お、俺は…!」
「でも、私、おそ松の気持ちには答えられない。」

静かに波打ち海岸で、俺は名前ちゃんに改めてフられる。いったい何度目だよ。ここまで叶わない恋をしてるのも、我ながら天晴れだ。

「おそ松の気持ちには答えられない。だから、これ以上優しくしなくていいよ。これ以上、仲良くしなくていいよ。」
「俺は…名前ちゃんと一緒に…」
「どうしても好きな人がいるの!!」

声を荒げた名前ちゃんが、大粒の涙を流す。綺麗だな。本当に本当に好きな人がいたんだ。俺にもわかるよ。だって、俺も好きだよ。好きだから、どうにもならないから、苦しい。

「ー仕事で成功しても、いくら友達と遊んでも、趣味を充実させても、忘れられないの。ずっとずっと好きなの。バカみたいに…」
「うん…」
「私、これから先もあの人との思い出の中で生きてしまう。」

優しく頬を撫でて、髪をいじる彼が好きだったと。大好きだと言ってくれた彼が私も好きだったと。きらきら好きなことを楽しみ、野心をもつ姿を尊敬していたと。名前ちゃんは泣きながら話した。

俺は別にいいんだ。名前ちゃんが、俺を見てくれなくても。ほかの奴を好きでも。俺は別に構わない。

「別にいいんだ。」

名前ちゃんの側に居られれば、いい。大好きな名前ちゃんが元気で居てくれれば、俺は幸せだ。

「俺は、名前ちゃんがー」

抱き締めたら、肩が震えて、か細い身体が弱々しく俺を押し返した。でも、今は知らない。気付かないフリをしてやろう。

「それでも俺は名前ちゃんが好きだよ」

叶わない恋なんて、そんなの最初から知っている。





ALICE+