06 雨の日の過去
ー息が出来なくて、毎日眠れない夜が続いていた。紛れもなく、それは病だったのかもしれない。毎日社会の歯車として生きて、上司や仲間から罵られる日々。
毎日頑張って生きてるのに。
私は涙しながら毎日会社へ向かった。
『君は仕事もろくにできないね』
『出来ないクズ。殺すよ?』
今思えば、その職場で投げかけられた言葉は、おかしいものだと感じる。でも、仕事量の多さやそれを精一杯こなさなくてはならない疲労感で何も感じない。私がおかしいのか、向こうがおかしいのか、わからない。
「死にたい」
降りしきる雨の日、私は初めて会社を休んだ。そして、死のうと決意した。スーツがぐちゃぐちゃに濡れて、涙か雨かわからない。ふらつく足で歩き、ベンチに暫く座っていると、ふと、私の前で誰かが立ち止まった。
「………。」
何も言わずに、男は私を見下ろす。私も無言で、その男を見つめた。
「……雨」
「え…」
「雨、濡れるけど。」
紫色のパーカーを着て、サンダルを引っ掛けたその男は無愛想にそう言った。私は力なく頷くと、見ず知らずのその男に、言う。
「私、死にたいんです。」
男は目を丸くし、私降りしきる雨を避けることもなく、ぐちゃぐちゃになったまま天を仰いだ。
「だから、死に場所を探してます。」
こんな雨の日に死ねたらって、毎日願っていた。今日、遂にその日がやってきたのだ。私がその紫色のパーカーの男をじっと見つめると、男は「そう。」と呟いて、私の隣に座った。
「雨だから、スボン、濡れますよ。」
「別に」
「傘、私に傾けなくても良いですよ、もう私、死にますから。」
「……俺も死ぬから、気にしないで」
傘を傾け、私に声を掛けた男性の一言にハッとする。この人も自分の死に場所を探していた。私と同じ、うつろげな瞳をしている。
「社会のクズだから、早く死なないと。生きたって無駄でしょ。クズはクズらしく早く死なないと。」
「…うん。」
「だから、俺も死に場所を探してる。」
その一言に、私は笑った。男は眉間に皺を寄せ、「何?」と呟く。
「私、会社でクズって呼ばれてるんです。仕事も何も出来ないクズ。殺してやりたいくらい会社のお荷物って。私が居る意味は無くて、社会からも何も必要とされてないゴミって毎日思ってるんです。」
「…へぇ。」
「でも、クズなりに頑張ってきたんです。朝早く出勤して、仕事処理したり、帰ってからは業務の専門性を磨こうって…」
急に呼吸が苦しくなる。息が出来なくて、ベンチの前に身体が崩れ落ちた。はあはあと浅い呼吸で紫色のパーカーの男を見つめた。男は私を抱きかかえ、「ちょっと…」と言って狼狽えた。
「はあっはあっ」
「……息出来る?キツそうだね。」
「はあっはあっ…おねはあっはあっ」
「え?」
「はっはあっはあっ…おねがいっはあっ…!」
「何…言ってるの?」
「おねがいっ…!殺してっ!!」
私が叫んで、紫色のパーカーの男はびくりと身体が震えた。酸素が脳に上手く運ばれず、段々と意識が遠退いていく。嗚呼、私死ぬんだ。幸せになれる、苦しみから解放される。ゆっくり目を閉じて微笑んだ。
遠く、雨の音が響いてる。
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