件の予言が為された時、そこは何もなかった。
これは名字に関するモノかと勘付いた頃には空白に抱きつく桃井、安心したように薄く笑う青峰と、そして赤司と表示された携帯画面が映る
メールが作成されかけて、何度も何度も戸惑ったように削除され、映像は途切れた
インターハイの予選が始まろうとしているこの季節。
名字が記憶を失くして一年、彼女と会っていないのはもちろんのこと、元チームメイト達も垣間見てさえいない。
黄瀬だけは誠凛との練習試合時に会ったが、奴もまた名字を心配していた
赤司も黄瀬も、言わないが俺たち全員は喰われた記憶が戻ることを期待していた。
けれど彼女という存在を見出し、気にかけ、そして俺たちを忘れていく様を一番近くで見ていた赤司の心象は、俺には計り知れない
わかってはいるだろうが、念のため赤司の電話番号を呼び出し通話ボタンを押す。
予言を視る限り、同じ学校へ行く桃井と青峰とはすぐに接触するようだ
俺から連絡せずとも近くにいる妖怪たちには自ずと接触するだろう
「──…赤司」
いつだって落ち着き払っているコイツの度肝を抜くことは、件の予言を持ってしたって不可能なのだ
歩む速度に気をつけながら随分下方にある柔らかな髪を眺める。
記憶に残っているよりも、目に見えるくらい伸びていて。
けれど此方に気付いてはにかむ紺青も真白い肌も変わっていない
「緑間くん、秀徳はどう?」
「バスケ部も悪くないし、学業も適度なペースで順調なのだよ」
そっかと嬉しそうに彼女は目尻に紅の付いた瞳を細めた。
この印付も相変わらずそこに在る。
一年間何もしていなかったわけじゃない
赤司に血分けをされたことにより天狐のニオイが付いた。
彼女への靄による被害や狙っている妖狐の干渉も格段に減ったはず。
だから俺たちは彼女の周りを注意して見ていたが、妖狐に取り憑かれている人間はいなかった上に妖狐本体も見つからなかった
高校に入学してからの新しい人間関係はわからないが、桃井が何も言ってこないのはそういうことだろう
「あのね」
遠慮がちにかけられた甘い声に咄嗟に返答する。
名字を取り巻く呪や妖狐関連は言わなくても赤司が突き詰めるだろうと先程までの思考を手放す
「黒子くんにも会いたいんだけど、誠凛の場所がわからなくて…よかったら緑間くん、一緒に行ってくれる?」
暗くなりかけている空の中でも、その存在を主張しながら輝く紺青。
彼女の瞳を跳ね除けることなど、永遠に出来はしないのだ
「…まだアイツも学校にいるだろう。俺が連絡をとってみるのだよ」
呪が解けて紅色が消えたなら少し物足りないな、だなんて彼女に失礼だろうか
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