犬飼澄晴
勇気の剣
[ 1 / 1 ]
刀と刀のぶつかる音。
力で押し切られそうになるギリギリのところまで耐えてから、
ぶつけられている力の方向を流し、相手の態勢を崩した。
そしてそのまま相手の身体を斬った。
『トリオン体破損、ベイルアウト』
無機質な機械音。
アナウンスが聞こえたのと相手が飛んで行くのが見えたのとはどちらが先だったのだろう。
ランク戦が終了して、待機部屋から出た。
「お前、また腕あげたんじゃねぇのか」
「そうだと嬉しいんだけど。
荒船くん狙撃手に転向して孤月あまり触っていないからじゃないかな…」
「オレが弱くなってるって言いたいのか」
「…違うよ!」
先程の対戦相手の荒船くんと、先程の試合の反省会をする。
身体と感覚で覚えろという人もいるけど、
荒船くんは理論派だから、
今の試合の駆け引きや動き、こうした方が良かったのではないかという対策まで講じ、
お互い意見を言い合えるのも大切な場だと思う。
私は人と話すのが苦手だから、
同い年で孤月使いは凄く貴重だから助かる。
そう言おうとした時に荒船くんが言う。
「そういえば今日、犬飼の奴告白されてたな」
「…そう、なんだ――…」
澄晴がモテるのは知っていた。
人懐っこいのにたまに色気をみせるところがお姉様方に人気で、
明るくて悪戯っぽいところが同級生に好かれ、
優しくてたまに大人っぽい雰囲気を出すところが後輩達の心を掻っ攫った。
澄晴がどれだけかっこいいかは勿論知っている。
小さい時から隣で澄晴を見ていた私は、
いつの間にか胸が痛くなる事が増えたのに気付いた。
私が澄晴のそばにいられるのは小さい頃から一緒にいる…所謂幼馴染だから。
だから近くにいても許される。
でもそれは私にとってあまり嬉しくない事だった。
幼馴染だからという理由だけで澄晴のそばにいるのは嫌だった。
私はそばにいるんじゃなくて、澄晴の隣にいたい。
そう自覚したのはいつだったかな…。
私は美人でも可愛いわけでもない。
運動ができるわけでも、勉強ができるわけでもない。
取り柄といえば、戦えるくらいのトリオン量を持っていて、
ボーダーやっている事だけ。
……でもボーダー内にいれば、
トリオンを持っているのは取り柄ではなく持っていて当然の事で、
それだけでは普通の女の子と変わらないという評価になる。
それが悔しくて剣を持って、これで強くなろうと思ったのは、
誰にも負けないという自信が欲しかったからだと思う。
それが澄晴の隣にいる最低限のものだと思っている。
…勿論、自分の想いも伝えないといけないのだけど。
想いを伝える勇気になれば、と思って数ある武器の中で剣を…孤月を選らんだのは私だけの秘密。
「アキと荒船じゃん。
今日もランク戦?君達本当に仲いいね」
「澄晴…!」
「犬飼、遅かったな補習か」
「え、荒船そんなこと言っちゃうの。酷くない?」
「酷くねーよ。
つうか、自業自得なとこあるだろ」
「結構面倒だったんだけど…アキ、慰めて」
「わっ」
言うと澄晴は後ろから私に抱きついてくる。
小さい頃から変わらないスキンシップに、
私はいつも振り回される。
身体が熱くなる……多分、私の顔は赤くなってるんだと思う。
憎らしい事にトリオン体でもその辺の再現は本体に近い。
目の前にいる荒船くんが呆れた顔している。
そんな目で見られても……うぅ。
「う、憂さ晴らししたいならランク戦付き合うけど……」
「えーアキ強いから憂さ晴らしにはならないな」
「お前らいちゃつくなら違うとこでやれよ」
「いちゃついてな…!」
「じゃ、違うとこいこうかな」
「え…?」
いつもの澄晴の冗談だと思うけど、
そんなこと言われると少しドキッとする。
向こうはそういうつもりはないんだろうな…ちょっとずるい。
荒船くんのため息が聞こえて我に返る。
そうだ、抱きついている澄晴をなんとかしないと…!
一生懸命身を捩じらせ、解放してもらう。
名残惜しそうに澄晴が舌打ちするけど…期待はしないでおく。
うん、そうする。
「じゃ荒船の言うとおり、どっか行こうか」
「あーどっか行け行け」
「え、ちょっと、待っ…」
「ん、荒船とまだ用事あるの?」
「ないけど…」
「荒船は?」
「俺はもう終わった」
「じゃ、問題ないから行こうよ」
「ちょ…!」
澄晴に促されて結局ついていくことになった。
…というより一緒に帰ることになった。
家が近所だから別にいいんだけど。
途中でコンビニよって…買い食いして帰るのも別にいいんだけど。
私は今日はからあげの気分だったからそれを買って、
澄晴はいつも通りホットドッグを買った。
もぐもぐしながら一緒に並んで帰るの…
随分久しぶりな気がする。
なんだか胸がほくほくする。
「なんかアキ、機嫌良くない?
そんなに荒船とランク戦楽しかったの?」
「荒船くんは楽しかったというより為になった、かな」
機嫌がいいのは別の理由だよ。と心の中だけで答える。
「なんか、こうして帰るの久しぶりじゃない?」
「そうだね。前は二人一緒に学校帰ってた。
今は学校違うから…一緒に下校はないね」
「誰かさんが高校受験してくれなかったせいだよね」
「それは…!私頭良くないの澄晴知ってるでしょ…。
進学校の受験はちょっと…実際、先生にも普通校の方がいいですって言われていたし」
「でもアキなら追いかけてくれるって思ってたんだよねー俺」
え……
澄晴のその言い方はずるい。
そういって世の女の子達に誤解を招くんだ…多分。
私の考えすぎかもしれないけど。
私だから良かったものの…
好意を持っている人間からしてみればそれは期待させる一言になるんじゃないかな。
でも確かにそう…いくら家が近所だとはいえ、
学校が違うだけで私たちはあまり会わなくなった。
それは正直寂しかったし、澄晴と違って私は何の取り柄がなかったから、
代わりにできることを――っと思ってボーダー入隊したのは、我ながら勇気がいる事だった。
その後、親に泣きつかれたのかは分からないけど、
澄晴も入隊してきた時はびっくりした。
共有する時間が少し増えて嬉しくて…荒船くんはそこで知り合って仲良くなった。
いつの間にか学校での澄晴のお話もしてくれるようになって、
学校が違う割に私は澄晴の事、知っている気がする。
そこで一つ気になることがあった。
「…告白されたんだね」
「あれ、アキ情報早いね」
「荒船くんが言ってた。美人な人だって」
「へー荒船ああいうの好みなのかな」
「それは知らないけど…どうなんだろう」
そう、澄晴が告白されるのは中学の時からあった事だった。
その時はOKして付き合って…私の中では大事件だった。
長続きはあまりしなかったみたいだけど。
別れる度に慰めてーと言ってきてた。
でも、高校に上がってからは彼女ができたという話は聞かない。
荒船くんもご丁寧に断っていると結果まで教えてくれる(多分私の気持ち知っているんだろうな)
中学の時から考えると不思議な感じ。
やっぱり進学校だから勉強忙しいのかな?とか、
そこまで考えたくらい。
「アキ気になるの?」
見透かされているのかな。
澄晴の言葉にドキッと心臓が跳ねた。
「…何を?」
「荒船の好み」
「それは別に気にならないかも…」
「わー即答。酷くない?
あ、じゃあ、俺がなんて返事したか気になる?」
酷いのはどっちだよって声を大にして言いたい。
そんなの気になるに決まってるよ!
「別に気にならな…」
「気になるよ!」
思わず本音を言ってしまった。
…けどここまで口にしたらもう言うしかないと思った。
「学校違うし、気になるよ。
荒船くんから澄晴なんて答えたのか聞いていないもん」
「え、荒船からそういうの聞くの」
「そうだよ、荒船くんがいつも教えてくれるの」
「ねーもしかして…荒船とランク戦以外でよく話し込んでるのって…
俺の話だったりする?」
「ん?勉強の話とか、穂刈くん達の学校生活とか」
「あ、そう」
「でも澄晴の話もよくするよ。テストがどうとか、告白されたとか」
「…荒船の話題チョイスに悪意を感じるんだけど」
澄晴がため息混じりで呟く。
このままじゃ答え聞けないかもしれない。
気になるって口にできたんだ。
だからもう少し勇気を出してみる。
「澄晴、返事は何て言ったの?」
「うーん、君の背中は好みじゃないから無理ですって言ったかな」
「せ、なか!?」
「うん、…っていうよりは後ろ姿?
俺正直だから目が追わないんだよねー」
「…高校に上がってから彼女作っていないけどそれって関係あったり?」
「するかもね」
「嘘」
どんな理由なの、それ……。
澄晴の掴みどころのないこの感じは長年幼馴染やっているけど全く分からない。
私の考えが読めたのか澄晴がニコリと笑う。
これは私でも分かる。
何か良からぬことを考え付いた時の笑みだ。
思わず身構える。
「ホットドックいる?」
「別にいらないよ」
「俺、今からあげ食べたいから等価交換!」
「…別にいいよ」
「いいからいいから」
無理矢理口に押し当てられ仕方なく食べる。
今日の澄晴はいつもより強引な気がする。
「俺と間接キス、大事にしてね?」
「ごほっ!…ちょっと行き成りなんなの…!」
「今したいなって思って」
「澄晴、意味が分からないよ」
ちょっと怒って…嘘。
恥ずかしくて、顔見られたくなくて、私は足早に歩いていく。
後ろから澄晴の真剣な声が聞こえる。
「知ってる?俺がいつも誰を見ているのか」
知らないよ。
「その子いつも頑張っているんだけど、
ちょっと不器用だからほっとけなくてさーついちょっかいを出したくなるんだよね」
なんでいきなり澄晴の好きな子の話になっているんだろう。
私が勇気を出して聞いてみたから?
「いつも一緒にいるけどそれだけじゃ足りなくて、
俺の事気にして欲しいから彼女作ったりしたけどいい子だから受け入れちゃうし、
別れたら話し聞いて慰めようとしてくれて本当いい子なんだけど」
……。
「なのに戦闘とか俺より強くてズルくない?
背中見て守る隙伺ってるんだけど全然そんな隙ないの。
そこまで強くなるなんて予想外だったなー」
……。
「ねぇ、俺がいつも目で追いかけているの…誰だか分かる?」
……。
「アキー」
なに。
「俺、アキが好きだからこっち見てほしい」
私は振り返る。
澄晴が嬉しそうに笑うけど、
私は恥ずかしいのと嬉しいのとでどんな顔すればいいのかよく分からなかったけど、
今、素直にならなきゃ…勇気を出さなきゃいけない事は分かった。
孤月を手にした時の感覚を思い出して…私は澄晴の目を見た。
20160521
前 | 戻 | 次