未確定と確定
アルコルになりたい
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「ほら、見て」
少年が窓の外を指差す。
そこに広がる無数の星は今まで何度か見た事があるが、
少女の目に飛び込んできたものはそれだけじゃなかった。
「北斗七星を探そう」
「北斗七星?」
「そう。こんな感じの星座で…」
少年が空にある星を結んでいく。
さっきまで見えなかったそれが形となって現れる。
そうなるともうそうとしか見えないから不思議だった。
「ひしゃく柄から二番目の星がミザールっていう星でその近くにアルコルっていう星があるんだ。
昔、その星が見えるかどうかで視力検査をしていた国もあったんだって」
「どこにあるの?」
「ミザールの近くで小さく光っている星」
「一つしか見えないよ」
「アルコルはいつもミザールと一緒にいるんだ。
俺、この星が好きなんだ」
「どうして?」
「俺の名前、祖父ちゃんがつけてくれたんだけどアルコルと同じなんだ!
他人のための一番にならなくてもいい。大切な誰かのための一番になれればいいんだって。
皆から見たらミザールの輝きが強くてアルコルの光は弱いけどそれでもいいんだ。
俺はミザールが輝くためのアルコルになりたい」
楽しそうに話す少年の顔を見てもう一度少女は星を見る。
どう見てもミザールしか光っているように見えない。
少年の目には見えているらしいそれが見えないことが少しだけ寂しい……。
少女は頬を膨らませた。
「うーん…もっと見つけやすい星…北極星かなー」
その後に続く星の談議。
「迷った時、空を見上げれば自分の進みたい方角が分かるって凄いよな!」
少年が笑顔で言うから少女も笑顔で頷いた。
それから少女は何度も空を見上げていた。
土地が変わったあの時も少女は空を見上げた…そして気づく。
この空には北極星も北斗七星も何もないのだと…。
気づいた少女は星を見なくなった。
代わりに剣を取り、強くなる事を選んだ。
優しい記憶はそのまま夢物語のように少女の記憶の中にしまわれた。
それがまさかその記憶に関係ない人間がきっかけで思い出すとは思ってもいなかった。
「桜花さんって星が好きなのか?」
それは本部で遊真が学校の課題をしていた。
天体の問題が分からず、側を通り掛かった桜花を捕まえ(ハンバーガー一つと取引した)問題の解き方を教わった時の出来事だ。
「何よ急に」
「天体の問題解けるならもしかして好きなんじゃないかなって」
「好きじゃないわよ」
遊真のサイドエフェクトが少し反応した。
肯定と否定。どちらも入っていた。
「移動する時便利かと思って覚えただけよ」
「変な嘘つくね。
向こう側の事ならまだしも、こちら側のを覚えている必要ないだろ?」
「それ、問題解くのに関係ないわよね」
「気になったので聞いてミマシタ」
悪びれる様子もなく言い切った遊真に、桜花は睨んだ。
「それで何故だ?」
「別に意味はないわよ」
「嘘だな。国を渡り歩いて雇われる傭兵が、無意味な事をする余裕はないだろ?」
「アンタ、その辺の理解力ありすぎじゃない?
近界民が皆そう、ってわけじゃないでしょ?
ヒュースとか絶対分からなさそうだし」
「一度やってた事がある」
「通りで」
そのまま話を流そうと桜花はするが、
それは失敗に終わってしまった。
「――で、星はどんな意味があるんだ?」
「遊真しつこい」
「好奇心には勝てないからな。
答えてくれたらポテトとドリンクもつけるぞ」
「……恥ずかしくて嫌な思い出よ」
そう、恥ずかしくて嫌な思い出だ。
何も出来なくて泣いて誰かの助けを待つしかなかった自分と――
それを助けてくれた優しい少年の思い出。
近界に行って自分の事は自分で何とかするしかないと知った今。
人生で利益もなしに善意だけで誰かを助けてくれるような経験は二度とないだろう。
本来なら優しい思い出を、
あれは助けられるのを待つしかない無力な自分で恥ずかしい事だと桜花は思う事にした。
そうして期待せず、周りに頼りっきりにならないように、一人でなんとかやれるようにと
自分を律する…嫌な思い出に分類した。
そんな自分の人間性に関しては…言わせないで欲しいの一言に尽きる。
ただ、それを思い出させた遊真は嫌な奴だと桜花は再度認識した。
オブラートに包んだ言葉は、
遊真が言うとこの好奇心により、
根掘り葉掘り聞かれる事になるわけだ。
嘘をついても何故か見破られてしまうので、
知られても構わない本当の事を掻い摘んで話した。
食べられる時に食べるのがモットーである桜花は、罠だとわかっていようが目の前に餌がぶら下げられていたら迷わず食いつきにいく……食には勝てないのだ。
無論、危険性がない場合限定である。
子供の頃、度胸試しをやった事。
そこでトラブルが起き、閉じ込められた事。
その時、助けられた事…星の話はその時に聞いたのだとも。
桜花がちゃんと話せばそれは心温まる優しいお話になったのかもしれない。
または相手が話を広げたりするような思慮深さがあればそうなっていたのかもしれない。
残念ながら遊真は端的に話された内容をそのまま事実と受け取ったのだ。
そしてそのまま終了した。……のだが、
思わぬところでその話題が出でくる事になった。
勿論引き金を引いたのは白いもさもさした髪の少年だ。
遊真は本部で歩いていると赤い隊服に身を包む人間を見つけた。
「アラシヤマさん、こんにちは」
「あぁ、空閑か。こんにちは」
ぺこりと顔を上げた時、遊真の目に映ったものを見てそういえば…と嵐山に何の脈絡もなく質問した。
「アラシヤマさんは星が好きなのか?」
「ああ、好きだぞ」
嵐山のその言葉に遊真のサイドエフェクトは反応しない。
どうやら本当の事の様だ。
「急にどうしたんだ?」
「アラシヤマ隊のエンブレムが星マークだからそうかなと思って」
「なるほど」
可愛らしい理由に嵐山は双子達に接するような優しい笑みを浮かべた。
「アラシヤマさんは本当の事を言うんだな」
「誰か空閑に嘘をついたのか?」
「うーん、嘘というか本当というか…桜花さんが…」
遊真はこの前の出来事を話した。
本部で天体の問題を解いている時だ。
答えが分からなかった遊真は桜花に解き方を教えてもらったのだ。
あまりにも星に詳しかったから遊真は聞いたのだ。
「星が好きなのか?」と。
すると桜花は「好きじゃない」と返した。
勿論その言葉に遊真のサイドエフェクトは反応した…が、
それは半分本当の事で半分嘘だという事が分かっただけだった。
「好きじゃない事を覚えているのってなかなかないだろ?
桜花さん、頭悪いし」
「それは――」
遊真の容赦ない言葉に嵐山は苦笑するしかない。
確かに生活に関係のない事は覚えようとしない桜花の頭は、
あまり便利にできてはいない。
こちらの世界にいた時に好きだったのかもしれないが、
日頃からその情報を活用しないと脳がいらない情報だと判断して忘れてしまうのが、
人間の脳の作りである。
「学校で天体の話が出るくらいだ。
もしかしてこちら側だと普通なのかなと思って聞いたがミドリカワもよーすけ先輩も知らなかったぞ。
だから好きな人間なら知っているのかなって思って」
因みに二人には桜花に教えてもらった問題を同じように聞いてみたが解けなかったというオマケまで聞いて嵐山は更に苦笑した。
緑川は…まだ中学生だから許容範囲ではある。
今からやれば間に合いそうだ。
米屋は……。
彼の将来を少し考えてしまう嵐山は少しお人好しなのかもしれない。
しかし、桜花の言葉をここまで気にする遊真を見て遊真も桜花もこちら側に馴染んだ…いや、仲の良い友人を得て良かったなと純粋に思う。
「空閑は桜花と仲がいいな」
「む?仲が良いというよりはウマが合う…か?」
特に戦闘面で。
しかし、そうだと知らない嵐山は意気投合するくらい仲が良いのだとしか解釈しない。
「こちら側の星は凄いらしいな。
ほっきょくせいっていう星は方角を知るための道標になるんだろう?
後、ほくとしちせいの近くにある星が視力検査に使われるとか」
「ミザールとアルコルか?」
「それだそれ。アラシヤマさん詳しいな」
「それも桜花に聞いたのか?」
「ああ。なんか子供の頃マンションに閉じ込められたことがあって、
そこで助けてくれた人に星の話を聞いたらしい」
「え?」
嵐山の思考が停止した。
最近、迅とそういう昔話をしたからか…。
子供の頃、度胸試しにマンションに忍び込んだ時に見付けた泣いている女の子。
助けにいったのはいいが結局脱出できず、
大人たちに助けてもらった。
嵐山が持つその記憶を思い出すのに時間は掛からなかった。
「空閑、桜花が言っていたのか?
昔マンションに閉じ込められた事があるって」
「言ってたぞ?
あと、恥ずかしくて嫌な思い出だって」
特になにもない平凡な町。
そこで覚えているのがそれだけだったと言っていた彼女の言葉を思い出す。
噂のマンションで子供が閉じ込められた事件は一度っきり。
そこでの出来事を…星の話をした事を知っているのは迅だけだ。
迅は自らの口で噂を流すタイプの人間ではない事を知っている。
ならばそれを知っているのは嵐山の他にいるとしたら一人だけだ。
しかも当事者だと言っている彼女がその女の子だと結びつけるのは難しくはなかった。
「桜花!!」
今から防衛任務である桜花が開口一番に言われた言葉だ。
この時間帯の防衛チームはシフト希望を提出した隊員で構成されている所謂、混同チームだ。
その混同チームには桜花だけではなく嵐山も入っていた。
桜花からしてみれば、広報活動や嵐山隊での防衛任務以外に彼がシフトに入っていることは珍しく、
それだけで意外だが、たまにはこんな日もあるのだろう。
いくら嵐山が爽やかで人懐っこい人間だとしても、
任務開始前の出会い頭に駆け寄られるとは思ってもいなかった。
「え、嵐山何か用なの?」
まるで大型犬に迫られるかの勢いで走って来た嵐山に思わず手で制止をかける。
そこで立ち止まってくれたので良かったが、
これで抱きついてこようものなら、張倒した後に斬り捨てるところであった。
相手がボーダー内外に人気のある嵐山なので、
皆に睨まれることは必至だが、まぁそれは避けられたのでいいだろう。
しかし制止をかけるために前に出した手を逆に握られるとは思っておらず、
そして嵐山の口から出た言葉に桜花は間抜けな顔をした。
「コウモリマンション!」
「は、何のこと?」
「小学生時代、度胸試しになっていたコウモリマンションだ!
あの時閉じ込められた小学生…桜花だったんだな!」
「どうしてそれを……」
口にして桜花ははっと気付いた。
先日遊真に昔マンションに閉じ込められたことを話したから出所は恐らくそこだ。
しかし彼にはコウモリマンションという単語を伝えておらず、
話したのはそこで星の話をしてもらったということくらい。
…少しだけその話の内容も話したが、
遊真が欲しい情報だったわけではないようなのでそこまで深くはしゃべらなかった。
そこまで興味を示さなかった彼が誰かに話すとは思ってもおらず、
ましてやその事を知っている人間がいることを失念していた。
――…いや、ボーダーに入隊したばかりの頃、
嵐山と迅がコウモリマンションについて昔話をしていた。
それを考えると少なくても当時の事件を覚えていても不思議はないのかもしれない。
まさか特定されるとは思ってもいなかったが、相手が嵐山ならば悪意を持たれることはないだろう。
開き直ってそれが何よと問えば「逢えて良かった」という嵐山の言葉に「意味が分からない」と桜花は言葉を返した。
「あの時泣いていた女の子が元気にしているか少し気になっていたんだ。
怒られていないかとか…俺は怒られたけどな!
あと、元気にしているかなとも思ってた。
また逢えるといいなと思っていたけどまさかボーダーで逢うとは思ってもいなかったぞ」
目の前で懐かしそうに話す嵐山に桜花は置いてけぼりを食らう。
寧ろ何故自分が閉じ込められた時に泣いていた事を知っているのか不思議でしょうがない。
言っておくがこれこそ恥ずかしくて遊真には話していない。
戦闘外で彼が物事に想像を膨らませるとは考えられない。
…とすると、いや、まさかそんな――…という想いが桜花の口を動かした。
「ミザールの近くで小さく光っている星…」
「アルコルのことか?」
「アンタ…嵐山はこの星が好きなの?」
「ああ」
「…どうして?」
「俺の名前と同じだからだ」
「…まだ、アルコルになりたいと思っているの」
「あぁ。あの時の話覚えていてくれたんだな!」
嬉しそうな嵐山の笑顔を見て桜花は胸が詰まった。
絶対に逢う事はないと思っていた恥ずかしくて嫌な思い出が目の前に現れたのだ。
あの時の少年は心は変わらず成長し、
嵐山はそれを叶えるために、大事な誰かを守るためにボーダーをしている。
少女は少年が見ているものと同じものが見たかったけど見る事はできなかった。
逆に諦めてしまった。
それが今の桜花だ。
絶対に逢う事はないと思っていたし、逢いたくないとさえ思っていた。
今の自分を見られたくないとどこかで思っていたのかもしれない。
「……嘘でしょ…」
ボソリと桜花は呟いた。
「何か親近感沸くな」
「勝手に沸かないでよ。
…この話他に口外しないでよ…っていうかしてないわよね?」
「ん、まだしてないぞ?
まだ確認してなかったから教えてくれた空閑にもこの事は伝えてない。
あ、でも迅には言おうかなって。あの時お世話になったからな!多分驚くぞ!」
「止めてよ」
「ん?」
「…私が泣いて何も出来なかったとか言うの」
「別に泣いてた事は言うつもりはないけど…桜花気にしているのか?
あの時は子供だったんだからそんな気にしなくても」
「私は気にするの!ムカつくのよ何もしないで助けを待つのが!」
桜花の言い分に嵐山はきょとんとしている。
恐らく彼女の言い分は嵐山が持つ感覚とは違うので理解できないのだろう。
「行くわよ」
夜時間の防衛任務の始まりだ。
門が開く。
オペレーターの話だと、現れたトリオン兵の量が多いらしい。
散開して各個人で撃破する事にした。
何かあったらその都度連絡。
倒せない敵と遭遇した時は退避するか仲間が駆けつけるまで待つかで伝えている。
無茶さえしなければ大丈夫なはずだ。
汎用型ならパターンは分かっているので倒すのは難しくない。
この調子だとちゃんと訓練している隊員なら余程の事がない限り問題はないはずだ。
『嵐山さんの方に生命反応があります。
民間人がいるかもしれません』
「分かった、探してみる」
『各隊員、自分の持ち場を片付けたら嵐山さんに合流して下さい』
無線から聞こえてきた言葉に事態は少し面倒な方向に進んでしまった。
人命救助と並行してのトリオン兵討伐は少し難しい。
訓練を受けていない人間がトリオン兵を目の前にしてどう動くかは分からない。
予測不可能な事態が起きやすくなる。
それは戦闘員を危険に晒す可能性がある。
それを踏まえた上で嵐山が思う事は民間人であり、一刻でも早く見つけなければ。であった。
嵐山は指定されたポイントに急ぐ。
途中出会したトリオン兵を倒し、反応があったポイントの建物内へ侵入する。
階段を駆け上がり、廊下を駆けて声を上げ、扉を開いて…その繰り返し。
キャーと上げられた悲鳴に駆けつけると、
子供が二人…その前にはトリオン兵がいた。
嵐山は急いでシールドで子供達を守り、
突撃型銃でアステロイドを撃ち込み注意を向ける。
トリオン兵がこちらを向いた瞬間に核を狙って集中放火だ。
背後から物音が聞こえる。
そちらに意識を向ければトリオン兵が待ち構えており、
問答無用で嵐山を攻撃する。
ギリギリのところをかわすが、足に被ダメージを喰らう。
それを気にとめることなく、嵐山はトリオン兵にアステロイドを撃ち込んだ。
倒した事を確認して、嵐山は子供達に駆け寄る。
「もう大丈夫だ。今、救援を呼ぶから。
よく頑張ったな」
子供達の目線に合わせるようにしゃがみ、頭を撫でた。
『嵐山さん、近くにトリオン兵の反応があります。
今、そちらに隊員を向かわせてますのでお願いします!』
「了解した!」
子供達を守りながらの防衛戦は難しい。
下手に動くことはせず、助けが来るのを待つ事を嵐山は選択した。
無線から声が聞こえたのは桜花がちょうど飛行型トリオン兵を斬った時だった。
嵐山が対象を見つけたとの報らせ。
ただ、足を負傷し機動力が低下したことに加え、
周りにまだトリオン兵の反応があるらしい。
至急応援を頼むという事だった。
桜花は舌打ちをした。
先程の事があって心情的には顔を合わせたくないだが、
戦闘が絡むなら話は違う。
一応その辺は割り切って考えられる方だ。
「他は?そっちの方が近いけど」
『まだトリオン兵と応戦中です。
他の隊員に比べて距離はありますが、
グラスホッパーを使用すれば明星さんが一番最短で到着できます』
桜花は嵐山がいる方へ走り出した。
オペレーターに言われるまでもなくグラスホッパーで最大加速中だ。
周りを気にしなくてもいいならこれくらい何て事ない。
「途中トリオン兵は無視で?」
『はい、人命救助優先で』
一応許可は取れたから後で文句は言われる事はないだろう。
「今から行くわ」という桜花の言葉にオペレーターからクスリと場違いな笑い声が聞こえた。
彼女からしたらレーダーでどの隊員がどこにいて、どう動いているか分かる状態だ。
桜花が言葉を発するよりも先に動いていたのは筒抜けなのである。
上空からグラスホッパーを使い移動していると、
嵐山がいるポイントの建物を発見した。
周りにトリオン兵が集まっているところをみると、
戦闘員狙いか、もしくは嵐山が今保護している人間のトリオン量がでかいかのどちらかだ。
目に見える敵に上空から旋空で一刀両断。
そしてバムスターの頭に降りた瞬間、刃を突きつけた。
バムスターが倒れいく中、窓から嵐山達の姿を視認し、そのまま突き刺した刃を抜き、地を蹴った。
そのまま勢いを消す事なく、孤月で窓を斬って突っ込んだ。
砂埃が舞う。
目の前には嵐山達とモールモッド。
その間に割り込むように入り、目の前からモールモッドを斬る……予定だったが、シールドを張られたのか弾いた感じになり、後方に飛ばすだけで終わってしまった。
汎用型とは少し性能が違うようだ。
シールド付きとは随分コストが高い。
もしかしたら他にも何か機能があるのかもしれない。
「桜花!」
背後からの声に桜花は振り向かずに答える。
「アレは?」
「動きはモールモッドに近い。
あのシールドは銃弾では破れなかった」
嵐山の話を聞いて孤月でもダメなとこを見るとトリオンの攻撃がダメなのか、
単純に威力が足りないのか、または何かしらの仕掛けがあるかだ。
「コイツは私が相手をするから、嵐山はその子達の壁役にでもなってれば?」
「あぁ」
言うと、嵐山は何があっても攻撃を受けない様にフルガードで態勢を整え、
桜花はトリオン兵に向かって突進した。
「すごい…」
「かっこいい!」
嵐山の隣から聞こえてきた声…子供達のものだ。
先程までは怖くて震えていたが、恐怖に慣れてしまったのか、
それともボーダーがきたから大丈夫という安心感があるのかは分からないが、
恐怖故に混乱してしまう…最悪な状況は防げそうだ。
これならばまだ防衛側もやりやすい。
勿論、救助側としてそういう考えもあったがそれとは別に嵐山は素直に子供達の言葉に同意した。
「ああ、かっこいいな」
力を持たない泣いているだけの少女の面影は何処へ行ったのか。
目の前にいるのは誰かを守る事が出来る一人の戦士の姿だ。
桜花はなんというか分からないが、少なくても嵐山はそう思う。
それはきっと今、彼女の姿を見ている子供達も同じだろう。
そんな事を思われているとも知らない桜花は狭い場所での戦闘が面倒になっていた。
フルガードしているとはいえ、派手に攻撃しようものなら後方に何かしらダメージがあるかもしれない。
非常に面倒なので自分がやりやすい戦闘ができるように外で戦う事にした。
幸いにも外への出入り口は自分が入る時に作っている。
斬り込み力の方向、加減を考えながら弾き、
相手が体勢を整える前に追撃し、追い出した。
そこからはもう火力にものを申す戦いっぷりだった。
硬いシールドを一点狙いで斬って斬って斬って斬り続けてヒビを入れる。
そこを叩き割り相手の核を破壊した。
周囲にトリオン反応がない事を確認し、安全区域まで移動した。
無事に救出成功である。
子供達に立入禁止区域にどうして入ったのか聞くと、
どうも度胸試しをしていたらしい。
遊ぶのは構わないが時間と場所を選べと言いたいところである。
だが、桜花もそして嵐山も身に覚えがありすぎる話だ。
子供のやる事は皆同じだなと呆れている桜花の方に子供はそういうものだと笑いながら嵐山は言う。
「あ、そうだ。桜花、助けてくれてありがとう」
「別に仕事だから当然でしょ」
「でも俺は桜花が助けに来てくれて嬉しかった!
桜花は助けられる事が恥ずかしくて嫌だと言っていたけど、俺はそうは思わない……嬉しかった!
だから、次は俺が桜花を守れるように強くなる」
「強くなるのは勝手だけど、
守られるような事にはならないわよ」
「そうだとしても、その人のために頑張ろうと思えるだろう?
守るものがあると嬉しいし、な?
だから良い事だと俺は思うぞ」
「……何よ、その嵐山理論」
「そうか?
でも大切な…守りたいものがあれば最後まで戦えるだろ?」
なんでそんな事を笑顔で言えるのかと桜花は思う。
きっと嵐山はそうやって人と関わり、好きなもの、大切なものを増やして守りたいものを増やしていくのだろう。
――そういう人、ここにいて欲しくなかったわ。
真っ直ぐな嵐山の言葉に桜花が言えたのはこれだけだった。
「私は敵を斬ることしかできないし、そういうの専門外。
嵐山はせいぜい後ろを守っていればいいんじゃない?
今日の見て思ったけどアンタが前に出てくるの、邪魔」
「桜花、それ酷くないか?」
「事実でしょ。絶対戦闘スタイルあわないわ」
そんなやり取りをしながら帰還準備をする。
「あ、そういえば…桜花、やっぱり迅に言わないか?
なんだかんだで迅も当事者?みたいたとこあるからな」
「嵐山しつこい!蒸し返さないで!
っていうか何?迅が当事者って…最悪じゃない!」
「そんな事ないぞ?」
端から見てあの嵐山さんに喰って掛かる女と、
あの明星さんに臆せず接する男である。
何の話題か分からないというのもあるが、なんとなく入り難い雰囲気のため、皆遠巻きに見るだけだ。
誰も止めてくれない会話の中で、桜花はだんだん嵐山があの時の少年だと認識してきた。
だからといって関係性がどうとか、意識や価値観が変わるとかはない…と自分に言い聞かせる。
超絶笑顔の嵐山に桜花は微笑みながら孤月を抜刀した。
「いい加減にしないと飛ばすわよ」
桜花の本気が分かり、周りは慌てて彼女を止めた。
少女は少年の目に見えているものと同じものが見たかった。
だけどそれは見える事なく、代わりに違うものを選んだ。
何があっても突き進む…そう誓いを立てて自身を奮い立たせた。
できればその先に、少年が見ていたものに近づけばいいのに…という小さな願いは心の奥底に仕舞い込んだ。
少女が大きくなってもそれだけは開けられないまま…誓いだけが大きくなり、
小さな願いは仕舞われ続け忘れられるはずだった。
だけど大人になった少女はあの時の少年に出逢った。
彼女の胸の奥底で、
少女が持っていたあの想いが騒ぎ始めていた――。
20160517
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