「………どうしよう…」

重たい足取りで警察庁を後にする。
タクシーを拾って、警察庁に来たまではよかった。とりあえず零君か課の誰かを呼んでもらって、タクシー代を借りなきゃと小走りで警察庁の中へと入る。
しかし、中に入った瞬間に止められてしまった。確かに仕方ないと思う。私の素足で、着ていたものはサイズの合っていない男物のTシャツとスウェットのズボン。見るからに不審者だ。でも一応はここは職場。すべての人が私を知っているわけじゃないけど、私を知っている人だって沢山いる。誰か、知り合いはいないかと少し焦りながら辺りを見回した。

見回して、そしてよく見知った同僚の風見さんを、見つけた。
これで零君に会える、そう思って顔いっぱいに安堵から笑みがこぼれて、声の大きさ何てちっとも気にせずに思いっきり風見さんの名前を呼んだ。

風見さんから返って来たのは怪訝な表情と、私など知らないと言う、言葉だった。
何て酷い、そんな悪い冗談。掴みかかるように風見さんに詰め寄って、いくら警察庁内とはいえ話すべきではないのに、自分のこと仕事のこと、零君のこと。風見さんが知るであろうとこを喋る。

それでも。
風見さんから返ってくるのは、私を知らないという言葉だけだった。

なんで、どうして。どうしたら、零君に会えるの?私に、一体何が起こっているの?私は零君を、風見さんを知っているのになのに何でみんな、私を知らないの?

頭の中が混乱して、動揺して不安定な私はきっと、怪しくて危ない存在でしかなかったのだろう。とりあえず詳しい話は中で、と奥へと連れていかれそうになり、咄嗟に掴まれた腕を振り払い警察庁から飛び出して来てしまった。不思議な事に、誰も後を追いかけてこなかったのが幸いだった。

「あ…タクシー代…」

タクシー代を借りる、借りないの話ではなかった。これじゃ無賃乗車だ。警察官として、何より人として不味い。どうしようか。

「……零君ちに、行くしかないのかな…?でも、居なかったら…」

何より、零君にも風見さんと同じで知らない、と言われてしまったらどうしよう。それが怖くて素直に零君の家に行くと決められない。
いっそ…引き返して零君によく似たあの人に頼った方がいいのだろうか?

「あの、すみません…やっぱり、乗った場所まで戻ってもらってもいいですか?」

タクシーに戻り、運転手にそう告げる。なるべく怪しくないように、と心掛けながら。運転手は私がまた乗車する為か、上機嫌な声で了承の返事を返してきた。

結局、零君に似たあの人の部屋に戻る事を決めて、零君の部屋にいくことは、私を知らないと拒絶されるのが怖くて出来なかった。

「じゃ、行きますね」

運転手のそんな言葉を合図に、車が動き出す。
窓の外を見ながら、これからどうしよう。と思う。あの人になんて説明しよう。
零君によく似たあの人は、私の力に、なってくれるだろうか。

そんな時だった。動き始めたばかりだったタクシーが、急ブレーキをかけて止まったのは。

「きゃっ!!」

シートベルトをしていたから助手席にぶつかることはなかったが、一体何が起こったのだろうか。顔を上げて運転席と助手席の間から前を見る。

そこには、タクシーの進路を塞ぐように白の、RX-7が止まっていた。

「………零くん…?」

朝が夜を喰らい尽くしてしまう前に


title.ジャベリン

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