「うわ…」
「コードネーム」
「外でその名前で呼ばないで」

午後6時過ぎ。カフェでのアルバイト終了後。裏口から店を出て表通りに出た時、目の前にあるガードレールに浅く腰掛けていた人物と目が合った。

褐色肌で、明るい髪色をした見知った、会いたくなかった人物ーーバーボンはにこにこと人好きしそうな笑顔を浮かべて近づいて来た。

「仕方ないじゃないですか、僕はあなたのコードネームしか知らないんだから。コードネームで呼ばれるのが嫌なら、あなたの名前教えてくださいよ」
「いや」
「つれないなぁ」
「うるさい。それより何でここに居るのよ」
「デートのお誘いでもしようかと」

にこにこと笑っているバーボンを真正面から見上げて、溜め息を吐く。肩に掛けたバッグを掛け直し、バーボンの言葉を無視して歩き始めた。すぐに後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。

「何が食べたいですか?イタリアン?フレンチ?あぁ、そう言えば近くに美味しい天ぷら屋があるんですよ」
「………バーボン、しつこい」

歩幅の大きさの違いの為、仕方ないがすぐに隣に並ばれてしまう。冷たい態度をとっても、諦める気配が感じられない。

「あぁ、駄目ですよ。外でコードネームで呼んでは。透、と呼んで下さい」
「わかった、次からは安室って呼ぶわね」
「それはそれで、ある意味特別感があっていいかもしれませんね」
「………どこが?バーボン、貴方マゾなの?」
「いえ、出来れば攻める方が好きです」
「………」

サラリと言った言葉にバーボンを冷たい目で見た。その顔にはにこにこと、人好きしそうな笑みが浮かんでいる。
ジッと見ていればバーボンは嬉しそうに、そんなに見つめないで下さいよ、なんて喜んでいる。ある意味、ポジティブで羨ましい。

「………お寿司」
「え?」
「回ってない、お寿司食べたい」

相手にするだけ疲れるんだ。どうせデートとやらをしないと付き纏ってくるだけだし、さっさとご飯でも食べて終わりにしちゃおう。

「なら、いい店知ってますから行きましょう。あ、でもここからだと少し距離があるんですよね」
「歩けない距離?」
「それなりに。実はすぐ近くのコインパーキングに車止めてあるんです。だから車で行きましょう」
「………ここにいるからとってきたら?」
「逃げられると嫌なので、一緒に行きましょう」
「あ、ちょっと!!」

手を繋がれて、今来た道を引き返す。逃げるって!いや、なくもないけど…。バーボンは、私の自分に対する態度をよく分かっている。
繋がれた手はピッタリとくっついて、手を思いっきり振ったりして引き剥がそうとするけど、剥がれない。しまいには、指と指を絡められてしまった。傍から見たら、これじゃ恋人同士みたいじゃないか。

「っ、もう!」

誰かに見られたら嫌だな、何て思いながら俯きながら歩いているとバーボンが立ち止ったようで、その背中に思いっきりぶつかってしまった。

「前見て歩いて下さい、手を繋いでいても危ないですよ」
「………気を付ける」

顔を上げるとそこは横断歩道の前。どうやら赤信号に捕まったみたいだった。背中にぶつけた鼻の先が少し痛くて指で摩りながら、早く信号青にならないかな、と心の中で思いながら視線を、横断歩道の向こう側に向けた時だった。

「―――っ、」

横断歩道の向こう側の一番前、そこには私達と同じように信号待ちしていたライと宮野明美の姿があった。
彼らは腕を組んでいて、笑顔で何かを話している宮野明美の横顔をライは優しい顔で見ながら、時折相槌を打っていた。そんな二人の姿にズキリと、酷く胸が痛む。
なんで、どうして。『そこ』に居るのが私じゃないんだろう。なんで、組織に潜入したのが私とライなんだろう。なんで、ライは組織に潜入するのにあんな方法をとったのだろう。なんで、彼女と付き合うなら、私を完全に捨て去ってくれなかったのだろう。なんで、どうして。

ライを嫌いになれたら、ライじゃない他の誰かを好きなら、苦しくなくなるのかな?

二人の姿を見たくなくて、二人に気づかれたくなくて。涙が零れそうなのを誰にも知られたくなくて、ギュッと、手を繋いでいるバーボンの腕に顔を埋めるように抱きついた。

「コードネーム」
「………うるさい」
「コードネーム」
「だ、からうるさーーー」

グイッと、いきなり顎を掴まれて。隠していた顔を上げさせられた。
バーボンは、いつもの人好きする飄々した笑みではなくて、どこか困ったように仕方なさそうに笑っている。だけどその目は優しくて。それはそう、さっきのライが彼女を見つめていた時の目とよく似ていた。

「全く…本当に困った人だ、あなたは」
「な、にを…」

顎を掴んでいた手で、目尻に溜まっていた涙を拭われる。バーボンの優しい手付きに、ポロリと涙が溢れ出して、止まらなくなる。

「う…うぅ…っ」
「だから、駄目ですってば」
「な、何が…?」
「そんな顔して、僕の前で泣かないで下さい。分かってます、コードネーム?」
「ぅ…え…?」
「コードネーム、あなた今…

奪われたいって顔してますよ



ザワザワと、人混みの音が聞こえる。
優しく降ってきたバーボンのキスを、避けることも、拒むことも出来なかった。

title.確かに恋だった

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