第1話


シエルとは親の代が元々友人だったと聞く。そんな親も今ではどちらとももういない。そしてシエルは一時行方不明となったと聞き、もう会う事は無いと思っていたのに。

私は馬車から降りて、ファントムハイヴ邸を見上げる。幼い時に見た屋敷と変わるところはない。玄関には見慣れない眼帯をした少年が立っていて、誰だか認識するのにしばらく掛かってしまった。

「シエル?」
「お久しぶりです、リサお姉様」

お姉様だって。随分久しぶりに聞く。見ないうちに随分美少年になったものだ。少年なのに、少年には似つかない雰囲気は、この歳でファントムハイヴ伯爵を継いだからだろうか。

「お待ちしておりました、ラードリッジ様」

シエルの隣にはまたまた見慣れない執事。彼はセバスチャン・ミカエリスと名乗った。シエルが帰って来たとき、一緒に連れて来たという執事か。長身の美しい執事だ。ここまでの美形は英国でもなかなか見られないほどだ。

「初めまして、あなたがタナカの後任だそうね。噂に聞いてるわ」
「私が噂になるなど、おこがましい限りです」

紅茶色の吸い込まれるような瞳をした不思議な魅力のある執事だった。
そんな真っ黒な執事に私は今日、初めて会ったのだ。

シエルと久しぶりに夕食を共にした。来客は私一人だというのに随分立派なもてなしを受けた。こんな所ももう父親の陰に隠れていた幼い頃とは打って変わり、立派な伯爵になった事が伺える。女王の番犬としての仕事もこの歳にして数々こなしているらしい。ディナーを終えてからシエルは寝る前にチェスを一戦しようと盤を出して来た。

「シエルに会うのは私の両親の葬式以来かしら?」

チェスの駒をシエルが動かす。ゲームが好きなのは相変わらずらしい。

「お姉様はあれからおひとりなんですか?」
「ふふ、なぁに?」
「ご結婚のお話もお姉様の事です。沢山お話を頂いているのではないのかなと」

こんな事まで言えるようになったのか、この坊ちゃんは。私が駒を動かすと、シエルは眉間を寄せた。

「断ってるの、大したのがいなくてね」
「それは勿体無い。お姉様には幸せになって頂きたいのに」

縁談の話はシエルの言う通り沢山もらっていたが、全てお断りしていた。

「来世は、農村の娘とかが良いわね」
「え?」
「ほどほどの生活で良いのよ。それで自由であれば良いわ」

「チェックメイト」と駒を置くと、シエルが息を飲んだのが分かった。
その後、シエルは先に自身の寝室に行った。そんなとこはまだまだお子様ということだろうか、終盤には欠伸が増えていたし。
私はまだ用意された部屋には戻らず、セバスチャンが淹れてくれたローズティーを堪能していた。

「ねぇ、この紅茶もそうだけど今日のディナーもあなたが用意したのよね?」
「左様ですが……、お口に合いませんでしたか?」
「その逆よ、とっても美味しい。あなた、昔は何をしていたの?」
「私の昔の事など大した事ではございませんよ」

流石ファントムハイヴ伯爵の、そして女王の番犬の執事だ。どこまでも完璧でどこまでも忠実なのか。
紅茶色の瞳と視線が交わる。にっこりと美しい艶やかな笑みを私に向ける。私は白薔薇が装飾されたティーカップをソーサーに置いて、会った時に気づいたことを彼に突き付けた。

「あなた、人間じゃないでしょ」

思惑通りに完璧な笑みが崩れて、私は小さく笑ってしまった。

「何故その様に?」
「独特の匂いがするのよ。契約者は、シエルね」

あの子は何を願ったのだろう。
考えれるのは両親の復讐といったところか。確か、先代のファントムハイヴ夫妻は誰かに殺されたのだと噂されていた。

「それで、この悪魔に何かご用ですか?」
「認めるの?」
「悪魔の力にご用があるから、この様なお話を私にしているのではないかと思いまして」
「……そう」

セバスチャンに手招きをすると、彼は従順にこちらに来た。私の側に跪いた彼の耳元で囁く。

「私の命はあと3ヶ月持つかどうか」
「!」

私は自分から悪魔を誘った。
悪魔にとっては珍しいだろう。自分から魂を売ろうとするなんて。

「セバスチャン、二重契約といかない?」



To be continued…


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