第5話


目を覚ませば、窓の外はすでに明るかった。
私はまた次の日を迎えることができたらしい。眼に映るのは白い天蓋。ここ何週間だろうか、もうこの景色しかほぼ見ていなかった。シエルが何度か部屋に訪ねて来たりしたけれど、体調が悪いとだけ言って誰も入れなかった。
私の身体はもう本当に限界を迎えてきたらしい。微熱が続いて、身体が痛み、立ち上がる事も難しい。それに頭が働かずにぼーっとする事が多くなってきた。しばらく鏡を見ていないけれど体重が落ちてきたのもなんとなく分かる。

「……セバスチャン」
「お呼びですか?」

さっきまで部屋にいなかった彼が振り向けばそこにいた。じっと彼の姿を見つめれば彼は跪いて、私の痩せ細った手を手に取る。

「最後の、お願い聞いてくれる?」
「なんなりと」

私は彼に、ラードリッジ家の屋敷とここにある私が読んだ本を燃やしてほしいと頼んだ。全部、私が関わり私に力をくれた物は一緒に連れて行きたいから。

「あと、シエルには謝っておいて……」
「最期にお会わなくてよろしいのですか?」
「……いいの。お葬式も要らない。机の中に手紙があるからそれを渡しておいて」
「……かしこまりました」

手紙にはお葬式のことと、シエルとエリザベス、使用人のみんなへの少しの謝罪。
――あと、何を言っておこう。
セバスチャンと眼が合えば、彼はあの密やかな笑みを浮かべた。

「なんだか悪いわね」
「このぐらいの事は悪魔の私からすればとても簡単な事ですよ」
「ううん、そうじゃなくて……」

――本当にここまで付き合ってくれるなんて思ってなかったから。そう彼に言えば端麗な笑みを作り、私の頬を手袋を外した冷たい指が撫でる。

「信用されてませんでしたか……」
「だって、悪魔なんだもの……」
「たっぷり時間をかけた方が魂も至高の味へとなるのですよ」
「そういう、ものなんだ」

私は彼に頼んだ。死期はもうすぐそこまで来ていると自分で分かっている。だから――。

「私の魂、あげる」
「……やり残した事はございませんか?」

やりたい事は全部した。だからもういい。
私は首を縦に振る。

「私の魂、美味しいと良いのだけど……」
「きっと美味ですよ? ……なにせ」

――私はリサ様を愛していますから。

セバスチャンは契約をした日と同じように私の手の甲にキスをした。その言葉にどうしてか涙が流れて慌てて拭う。

「セバスチャンの中で、生きれればそれでいいか……」

なるべく忘れないでね、と言えば「えぇ」と彼は頷く。

「眼を瞑っていただけますか……? 痛みもなく眠るように逝けますから、ご安心下さい」

セバスチャンの顔を見つめて、私は瞼を閉じた。その後は、眠気のような心地良さの後で意識は消失した。


こうして「不思議の国」の物語はできた
こんなにゆっくり小槌でひとつひとつ
おかしな事件を打ち出すようにして
さあお話はこれにておしまい
ぼくらたのしいクルーは家路をめざす
おちかかる夕日の下を


白昼のラストダンス
End
2017.3.18

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