嫌よ厭よと唇を盗って


もう随分前からセバスチャンとは貴族と使用人という関係ではなくなっていた。
彼の不思議な魅力に引き寄せられて、彼も私を受け入れたのだ。

「今日の御召し物は初めて見ますね」
「仕立てたの、どう可愛い?」

春らしい淡いピンク色のドレス。今日はセバスチャンに逢えると思って仕立て屋に頼んだのだ。
セバスチャンに優しく引き寄せられて、彼の膝に跨るように座らされる。彼の指が頬から首筋を撫でて、くすぐったさに肩をすくめる。

「とてもお似合いですよ、でも……」

セバスチャンは手鏡を私に向ける。覗き込んで見ても私がいるだけで、何なのか分からない。セバスチャンの顔を見ると、私の首筋を指差す。そこにあったものを見て、私は顔が熱くなってしまう。

「まだ残っていましたね」
「見えちゃうのね、このドレス……」

見えるか見えないかぐらいだけれど、少し気恥ずかしい。セバスチャンは隠した私の手を取って、首元のボタンを外してしまう。

「私としては見えた方が良いんですよ」
「んっ……、セバスチャン……ッ」

肌蹴た首筋や鎖骨にセバスチャンは唇を落としていく。強く吸われて、またきっとそこに赤い華が咲いているのだろう。彼に印をつけてもらうのは別に嫌じゃないけれど、ふとこんな思いが頭をよぎる。

「ねぇ、私もつけたい……」
「私にですか?」
「嫌?」
「フフ……どうぞ、お好きになさって下さい」

セバスチャンが自分のシャツのボタンを外す。そんな行動にも思わず胸が跳ね上がってしまう。白い、でも私とはちがう男性的な首筋に目を奪われる。

「マヤ様?」
「ぁ……えっと……」

キスマークというのは、どうやるのだろう。なんとなく吸われているのは分かるのだけど、いざやろうとすると分からない。彼の首筋に唇を近づけて、控えめに吸ってみてもあの華は咲いてくれない。

「あれ……」

もう一度。それでもできなくて、首を傾げる。そんな私にセバスチャンはクスリと笑って、

「いくらでも練習して下さってよろしいのですよ?」
「難しいのね、これ……」

セバスチャンの唇が私の耳を食んで、小さな疼きが身体に走る。
くるくると私の髪は彼の手に弄ばれて、さらさらと落ちていく。

「まぁ、そんなものを付けなくとも私はとっくに貴女のものですが」
「ううん……付けたいの」

キスマークでもなんでも。
彼は急に何処かに消えてしまいそうだから。私の物だと彼に付けておきたいのだ。


残り香の行く末
(他の男に付けてはいけませんよ)
(そんな事しない、セバスチャンだけ)

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