心が枯れるその時まで
「ヴィンセント様、こちらに置いておきます」
「あぁ、マヤありがとう」
主人の部屋、ヴィンセント様に紅茶を運ぶ。私の主人はめんどくさそうに届いた手紙に眼を通してして、要らないと判断したのかゴミ箱に捨てた。
「私、ヴィンセント様のメイドではないのですが……」
「え、良いじゃない。メイド服可愛いよ」
タナカさんから紹介され、この女王の番犬の護衛を任せられている。最初は彼の行く先々に着いて警護していたのだが、最近はメイドのような仕事も任せられてしまっている。しまいにはメイド服まで着させられているのだ。
「常に怖い顔してなくていいよ、もっとニコニコしていなさい」
「……っ」
そういう事を、サラリと言ってしまうヴィンセント様。
私は幼い頃からダンスよりも武道の稽古に勤しんできた。だからなのか、年頃の女の子がするような可愛い笑顔や、可愛いらしい遊びが苦手だった。
「はぁ、これも行かない」
またひとつ、ゴミ箱に手紙が吸い込まれていく。その手紙を見て、私は慌てて拾い上げる。
「これ公爵家主催の舞踏会じゃないですか、行った方が良いんじゃないですか!?」
「いいんだよ、その公爵の話はつまらないんだ」
公爵家さえ、何かあればこの女王の番犬は牙を剥くだろう。貴族の取り締まりも仕事のうちのファントムハイヴ家に近寄ろうとする貴族も少なくない。
「むやみに敵を作るのはオススメしませんよ」
「厳しいねー」
ヴィンセント様はしばらく沈黙した後、何かを閃くように立ち上がった。
「じゃあ、マヤも来てくれるなら行こう!ドレスアップしてね!」
「は?」
私は護衛だ。そんなドレスなんて着飾って行ったらヴィンセント様の護衛なんて出来ない。何より――
「私、舞踏会に行ける身分ではありません!」
「そんなの私の遠縁の親戚の娘とか適当に言えば良いんだよ」
「いやっ……私、ダンスなんてしませんから!」
「そんなの覚えれば良いじゃないか」
スラスラ私の抵抗は抜かされて行く。ヴィンセント様はニコニコして私を見てくる、そして私が行かないなら本当に行かないと、手紙を暖炉に入れようとまでした。
「わ、分かりました……行きますよ……」
「よし!じゃあ、ドレス仕立ててあげよう」
仕立てるなんて勿体無い。そう言っても彼は早速仕立て屋を呼んでしまった。
「メイド服も似合うと思うけどさ、ドレスも似合うはずだ」
話を聞かない。
でも、こんな私にも気さくで優しいご主人。
私はこの人に一生使えていく。
彼が死ぬまで。
「……あなたには敵いませんね」
どうぞよしなに
(ほら、凄く綺麗だ。ダンスは私が教えてあげる)
(え、そんな……)
(さぁ、こちらへおいで)
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